野良犬のらいぬ)” の例文
桃太郎は意気揚々ようようと鬼が島征伐ののぼった。すると大きい野良犬のらいぬが一匹、えた眼を光らせながら、こう桃太郎へ声をかけた。
桃太郎 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
それは杉の低い生垣いけがきで、往来からも墓場はよく見えるばかりか、野良犬のらいぬなどが毎日くぐり込むので、生垣の根のあたりはまばらになっていた。
半七捕物帳:69 白蝶怪 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
その獰猛な犬は、その子供たちと親しい犬で、可哀そうな小犬は、そこらへ迷い込んだ、子供たちと縁のない野良犬のらいぬかなんかなのだろうか。
如何なる星の下に (新字新仮名) / 高見順(著)
それだけでなく、野良犬のらいぬかく場所ばしょでもあるのをづくと、また、そこを一こくはやるのをちゅうちょしませんでした。
どこかに生きながら (新字新仮名) / 小川未明(著)
与一との生活に、もっと私に青春があれば、きっと私は初々ういういしい女になったのだろうけれど、いつも、野良犬のらいぬのように食べる事にあせる私である。
清貧の書 (新字新仮名) / 林芙美子(著)
野良犬のらいぬどもの歯が寒さにがたがた震えている時刻に、ポアンチュウはぬくぬくと暖まり、毛を焦がし、尻を焼きながら、唸りたいのを我慢して
博物誌 (新字新仮名) / ジュール・ルナール(著)
やがて意地汚いじきたな野良犬のらいぬが来てめよう。這奴しゃつ四足よつあしめに瀬踏せぶみをさせて、いと成つて、其のあと取蒐とりかからう。くいものが、悪いかして。あぶらのない人間だ。
紅玉 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
「おのれ、野良犬のらいぬのように、こんなところへなにしにウロウロしてきやがったか。この御岳みたけでは、殺すわけにもゆかないが、うム、こうしてやる」
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
私は押入れを明けて氷のような蒲団ふとんの中へ自棄糞やけくそにもぐりこんで軒下の野良犬のらいぬのように丸く曲ってそのまま困睡した。
うつり香 (新字新仮名) / 近松秋江(著)
そうして操行からいうと、ほとんど野良犬のらいぬえらぶところのないほどに堕落していた。それでも彼らに共通な人懐ひとなつっこい愛情はいつまでも失わずにいた。
硝子戸の中 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
諸君は四月一日の夜、浅草のネオンの森を、野良犬のらいぬごとくうろついて歩いていた一人の中学生を見かけなかったか。
正義と微笑 (新字新仮名) / 太宰治(著)
右手に半ば諏訪すわ山にかくれて兀鷹はげたかの頭のように見えるまっ黒な丘をさしてこうつぶやくと、うつむきながらそこへ寄ってきた野良犬のらいぬの背をなでていた。
一月の獄中生活でかれはすっかりやせて野良犬のらいぬのようにきたなくなり目ばかりが奇妙に光っていた、かれは非常に鄭重ていちょうな態度でたたみに頭をすりつけてないていた。
ああ玉杯に花うけて (新字新仮名) / 佐藤紅緑(著)
形見の短刀と系圖が向うの手に入れば、勇太郎樣は蟲のやうに押し殺されるか、野良犬のらいぬのやうに追ひ出されるに決つて居ります。親分、お願ひで御座います。私を
善は急げと支度したくして、「見事金眸が首取らでは、再び主家しゅうかには帰るまじ」ト、殊勝けなげにも言葉をちかひ文角牡丹にわかれを告げ、行衛定めぬ草枕、われから野良犬のらいぬむれに入りぬ。
こがね丸 (新字旧仮名) / 巌谷小波(著)
しかるに実際は大ちがいで、私は書き物をする時の外、殆ど半日も家の中にいたことがない。どうするかといえば、野良犬のらいぬみたいに終日戸外をほッつき廻っているのである。
秋と漫歩 (新字新仮名) / 萩原朔太郎(著)
「そればかりぢやなかつたのね。」と私は幾らかきびしい口調で續けた。「あなたは野良犬のらいぬだつてめ出す氣にはなれないやうなひどい夜に、私を外に逐ひ出さうとなすつたのよ。」
事実は役所の帰途かえりみちいて来た野良犬のらいぬをズルズルベッタリに飼犬としてしまったので、『平凡』にある通りな狐のような厭な犬であったから、家族は誰もいやがって碌々ろくろくかまいつけなかった。
二葉亭余談 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)
野良犬のらいぬや拾い屋(バタ屋)が芥箱ごみばこをあさっているほかに人通りもなく、静まりかえった中にただ魚の生臭なまぐさ臭気しゅうきただようている黒門市場の中を通り、路地へはいるとプンプン良いにおいがした。
夫婦善哉 (新字新仮名) / 織田作之助(著)
いや、狼ではなく、飢えたる野良犬のらいぬであったかも知れない。
霊魂第十号の秘密 (新字新仮名) / 海野十三(著)
「まるで御話にも何もなりゃしない。ところで近頃僕の家の近辺で野良犬のらいぬ遠吠とおぼえをやり出したんだ。……」
琴のそら音 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
ただ自殺をするにつけても、ただ一目ひとめ会いたいのは可愛がって下すった御主人です。勿論お嬢さんや坊ちゃんはあしたにもわたしの姿を見ると、きっとまた野良犬のらいぬと思うでしょう。
(新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
野良犬のらいぬみたいにそこに寝泊りしていたのですが、その路地のさらに奥のほうに、六十過ぎの婆とその娘と称する四十ちかい大年増が、焼芋やきいもやの屋台を出し、夜寝る時は近くの木賃宿に行き
男女同権 (新字新仮名) / 太宰治(著)
私が主人を失つた野良犬のらいぬであつたとしても、あなたが今夜このの傍から追ひ出してお了ひにならないことはよく存じてをります。ですから本當に私、何んにも心配いたしてはをりません。
「前にいた書生さんは、この高窓からばかりカチカチカカチなんて拍子木ひょうしぎを打つんでしょう、そりゃアおかしい人でしたよ。自分がこわいんで近所の野良犬のらいぬを五六匹も集めたりしていたンですの……」
魚の序文 (新字新仮名) / 林芙美子(著)
村にも、人はいず、ただ野良犬のらいぬの声ばかりだ。
新書太閤記:10 第十分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「まだあすこにえているわ。ほんとうに図々ずうずうしい野良犬のらいぬね。」などと、地だんだを踏んでいるのです。坊ちゃんも、——坊ちゃんは小径こみち砂利じゃりを拾うと、力一ぱい白へ投げつけました。
(新字新仮名) / 芥川竜之介(著)