ちんば)” の例文
当日になると紋太夫は、ちんばの馬に乗せられて、市中一円を引き廻されたが、松並木の多い住吉街道をやがて浜まで引かれて来た。
現に夜中隣室の物音にフト眼を覺した若樣が、そつと起きて縁側へ出て見られると、右足のちんばな覆面の男が逃げるところであつたと申す。
よほど厚い石と見えて爪から余った先が一寸いっすんほどもある。したがって馬は一寸がたちんばを引いて車体を前へ運んで行く訳になる。
満韓ところどころ (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
「おふくろさまの云いつけで、おまえのちんばの治るよう、親父おやじさまの災難けも兼ねて代参してくれろ、と頼まれて来た」
ちんば盲目めくらや。」とお信さんは片足を引きずつて歩き出しながら笑つた。「そやけど、かうなると跛の方がましえな。」
乳の匂ひ (新字旧仮名) / 加能作次郎(著)
一月の刺すやうな空氣に、いびつになるほどふくれ上つてちんばを引いてゐた、あはれな私の足も、四月のやさしいいぶきを受けて、跡形もなくなほり始めた。
かようにしてアケタツの王とウナガミの王とお二方をその御子に副えてお遣しになる時に、奈良の道から行つたならば、ちんばだのめくらだのに遇うだろう。
その婆さんはでんぼでちんばであったからという人もあるが、所によっては大師様自身が生れつき跛で、それでこの晩村々をまわってあるかれるのに
日本の伝説 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
アラスカに金鉱掘りに行って雪に埋められて、一ぺんは凍死しとったげな。それで、今でも、ちんば引いちょるが、……
花と龍 (新字新仮名) / 火野葦平(著)
赤目のちぢれ毛のちんばにさえ、偶々たまたまストーブに薪を入れに来るのを呼びとめて、霊魂不滅を説ききかせたことがある。
(新字新仮名) / 小川未明(著)
しかもこのおじいさんが、その戦場から持ちかえったものとしては何一つなく、ただ、大きな傷を受けて、一生ちんばをひきずらねばならないことだけでした。
彼女は近頃纏足を始めたが、やはりもとのように七斤ねえさんの手助けをして、十六本の釘を打った飯碗を捧げて、ちんばを引きながら空地の上を往来していた。
風波 (新字新仮名) / 魯迅(著)
誰れも注意のはしにさえとめないような、みすぼらしい老人と、ふきだしたくなるようなちんばの痩せ馬の平和な交渉をながめているときくらいたのしいことはない。
キャラコさん:10 馬と老人 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
「へえ、大したこともございませんが、三頭だけどういうものかちんばになりましたんで」
そして石屋の担ぎ込むだ石だけでは何だかまだ物足りない様に思つて、いつそ石屋の主人あるじも、人夫も、門先きを通りかゝつたちんばいぬころも、みんな石になつて欲しい様な表情かほつきをした。
或る日、彼女は、昔は其処そこに水車場があったと私の教えた場所のほとりで、しばしば、背中から花籠はなかごを下ろして、松葉杖まつばづえもたれたままあせいている、ちんばの花売りを見かけることを私に話した。
美しい村 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
病犬はちんば曳きつつ舗石しきいしをゆく
東京景物詩及其他 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
ちんばの男が私に問いかけた。
霧にふねひく人はちんばか 野水
俳句への道 (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
ちんばだ 跛だ 跛だナ
十五夜お月さん (旧字旧仮名) / 野口雨情(著)
八百助は彼らのひとり息子であるが、なんとしたことか生まれながらのちんばで、二つの年に片眼をつぶし、五歳の秋から傴僂せむしになった。母親はつねに嘆いて
しばらくすると、人波にもまれながら、腰の曲った、よぼよぼのちんばのおじいさんが、やって来ました。
と、水飲み台や、ベンチや、まわりの草やにいちいち愛想よく挨拶すると、背中を丸くしてちんばをひきながら、馬のいるほうへヒョックリ、ヒョックリ戻ってゆく。
キャラコさん:10 馬と老人 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
平生へいぜいちんば充分じゆうぶんあしこと出來できないのをいきどほつて、間際まぎはに、今日けふこそおれごとくにしてせるとひながら、わるはうあし無理むりつぺしよつて、結跏けつかしたため
(旧字旧仮名) / 夏目漱石(著)
四十五六の女には時々肩負投しよいなげを喰はされる、——その年頃のしつかり者らしい女が、湯屋や寄席の歸りで履物を間違へたのなら兎も角、兩國の盛り場を、ちんばの下駄を履いて歩くわけはない
そうして私は毎朝のようにこの坂をのぼり降りしているあのちんばの花売りのことをひょっくり思い浮べ、あいつはまた何だってこんなあぶなっかしい坂道をわざわざ選んで通るのだろうかしらと
美しい村 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
ただストーブに薪を投たり、戸閉とじまりの注意位この女房にまかしてあるばかりであった。この女房というのは、二眼ふためと見ることの出来ない不具者である。頭髪かみのけは赤くちぢれて、その上すがめで、ちんばであった。
(新字新仮名) / 小川未明(著)
兎の足は ちんばだナ
十五夜お月さん (旧字旧仮名) / 野口雨情(著)
せんだって足芸のすごいところをお目にかけたらジャガイモがちんばをひいて病院へ通っているということだったが、あんなことぐらいでこれほどの反撥をするというなら
だいこん (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
平生ちんばで充分に足を組む事ができないのをいきどおって、死ぬ間際まぎわに、今日きょうこそおれの意のごとくにして見せると云いながら、悪い方の足を無理に折っぺしょって、結跏けっかしたため
(新字新仮名) / 夏目漱石(著)
傴僂せむしでめっかちでちんば、一年まえこの村から煙のように消えた玉造の八百助である。
……なるほど、すこしちんばをひくようですけど、そんなことは欠点にならないとおもいますわ。なによりだいじなのは、優しいということよ。……それはそうですわねえ、おじいさん。
キャラコさん:10 馬と老人 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
今まで訪問に出懸でかけて、年寄か、小供か、ちんばか、眼っかちか、要領を得る前に門前から追いかえされた事は何遍もある。追い還されさえしなければ大旦那か若旦那かは問うところでない。
野分 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
「どうもしない。ちんばをひいているだけだ」
だいこん (新字新仮名) / 久生十蘭(著)