見覚みおぼえ)” の例文
旧字:見覺
「ただ、ある所で京子さんの右の腕を見たんです。確に見覚みおぼえのある、お嬢さんの手首を見たんです。肘の所から切落きりおとされた腕丈けを」
恐怖王 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
それは小供小供した一度も二度も見たようなどこかに見覚みおぼえのあるきれいな顔であった。視線があうと女の口許くちもとに微笑が浮んだ。
雑木林の中 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
「いえ、このメリンスの模様ね、梅の花に、うぐいすがとんでいる模様なんだけど、あたし、この模様に何だか見覚みおぼえがあるわ」
爆薬の花籠 (新字新仮名) / 海野十三(著)
健三は鳥の子紙に刷った吉田虎吉よしだとらきちという見覚みおぼえのある名刺を受取って、しばらくそれを眺めていた。細君は小さな声で「御会いになりますか」とたずねた。
道草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
どうして、お前さんのその不思議な左の目の瞳子どうし見覚みおぼえがなかった日にゃあ、名告なのられたって本当に出来るもんじゃあない、その替り、こら、こんなに
黒百合 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
男はずっとかむりし手拭をり、小火鉢の向うへ坐した様子を見ると、何うも見覚みおぼえのある菅野すがの伊之助らしい。
「お見覚みおぼえありませう、あれに居る泊客とまりきやくです。無断にお座敷へ入つて参りまして、はなはだ失礼ぢや御座いますけれど、実に危い所! 貴下方はどうなすつたのですか」
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
目につかぬほどの微細な傷がその栓の頸の処にあるものと見覚みおぼえがある。品物に間違いはないが、うち見たところ、何等変った点もなく、ただ一個の水晶の栓に過ぎない。
水晶の栓 (新字新仮名) / モーリス・ルブラン(著)
その日の朝牛乳と共に女中の持って来た郵便物の中に、番地も宛名も洋字で書いた一封があったので、何心なく手にると、自分へ宛てたもので、その筆蹟にも見覚みおぼえがある。
つゆのあとさき (新字新仮名) / 永井荷風(著)
曾て赤城山から眺めて見覚みおぼえのある苗場山に相違あるまいと思ったのであるが、未だどの山にも雪の多い二、三月の頃には、あたかもセバト連嶺と一脈の峰頂であるが如くに連続して
望岳都東京 (新字新仮名) / 木暮理太郎(著)
『八十さいくらい年寄としよりでございますが、わたくしには見覚みおぼえがありませぬ……。』
そして、彼女の胸には見覚みおぼえのある例の短剣が、心臓深く突き刺さり、乳房も、腹も、太腿まで、ペンキでも塗った様に、真赤に染め上っていた。
地獄風景 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
そうして見覚みおぼえのある例の独乙字の標題に眼をつけると共に、かの文学好の友達と彼のその時の言葉とを思い出した。
彼岸過迄 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
この時までたしなんで持っていたか、懐中鏡やら鼈甲べっこう透彫すかしぼりの金蒔絵まきえ挿櫛さしぐしやら、あたりちらばった懐紙の中には、見覚みおぼえのある繿縷錦つづれにしきの紙入も、落交おちまじって狼藉ろうぜき極まる
湯島詣 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
秀夫は何人だれか他の人に云っているだろうと思ったが、それでも顔を向けた。と、牡蠣船の姝な女が立っていた。それはたしかに見覚みおぼえのある蝋細工ろうざいくのような姝な顔をした女であった。
牡蠣船 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
「懐中電燈の光と、黒い影の様な姿の外、何も見覚みおぼえがない」と答えたよしである。それを私は結城夫人から聞いた。
何者 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
一週間ばかりって、小宮山が見覚みおぼえのあるかの肌に着けた浴衣と、その時着ておりました、白粉垢おしろいあかの着いたあわせとを、小包で送って来て、あわれお雪はなくなりましたという添状。
湯女の魂 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
納戸なんどから取り出して貰って、明るい所でながめると、たしかに見覚みおぼえのある二枚折であった。
(新字新仮名) / 夏目漱石(著)
そこにはあかり取りも何にもないから、ほのか星明ほしあかり辿たどれないが、昼の見覚みおぼえは違うまい。
沼夫人 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
「服装が田舎いなかめいているから、多分この附近の女だろう。停車場もないこの村へ、旅人がさまよって来るわけはないからね。君この女のどっかに見覚みおぼえはないか。多分S村の住人だろうと思うが」
(新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
質屋の前にまばらなかこいをして、その中に庭木が少し植えてあった。三本の松は、見る影もなく枝を刈り込まれて、ほとんど畸形児きけいじのようになっていたが、どこか見覚みおぼえのあるような心持を私に起させた。
硝子戸の中 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
と立ったまま手を引くように致しましたが、いつの間にやら私の体は、あの壁を抜けて戸外おもてへ出まして、見覚みおぼえのある裏山の方へ、冷たい草原の上を、貴方、跣足はだしですたすた参るんでございます。
湯女の魂 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
さうして金縁きんぶち眼鏡めがねを掛けて、物をるときには、あごまへして、心持こゝろもち仰向あほむくせがあつた。代助はこの男を見たとき、何所どこ見覚みおぼえのある様な気がした。が、ついに思ひさうとつとめても見なかつた。
それから (新字旧仮名) / 夏目漱石(著)
かねて見覚みおぼえのある家がくしゃりとつぶれていたそうである。
思い出す事など (新字新仮名) / 夏目漱石(著)