薄闇うすやみ)” の例文
我が生ける間の「明」よりも、今ま死するきはの「薄闇うすやみ」は我に取りてありがたし。暗黒! 暗黒! 我が行くところはあづかり知らず。
我牢獄 (新字旧仮名) / 北村透谷(著)
そのときだれしのあしに、おれのそばたものがある。おれはそちらをようとした。が、おれのまはりには、何時いつ薄闇うすやみちこめてゐる。
藪の中 (旧字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
秋の日の夕暮近いころで、電車を幾つも乗り換え北沢へ着いたときは、野道の茶の花が薄闇うすやみの中にきわ立って白く見えていた。
睡蓮 (新字新仮名) / 横光利一(著)
安岡は、自分自身にさえ気取けどられないように、木柵に沿うて、グラウンドのちり一本さえ、その薄闇うすやみの中に見失うまいとするようにして進んだ。
死屍を食う男 (新字新仮名) / 葉山嘉樹(著)
老人は薄闇うすやみの中で、何かゴトゴトいわせていたが、やがて、バタンと大きな音がしたかと思うと、部屋の中が、突然まっ暗になってしまった。
人間豹 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
行きつけの美容院へ行って、すっかりお化粧をして来たものらしく、彼女の顔の白さが薄闇うすやみのなかに匂いやかにほのめいた。
仮装人物 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
何分、薄闇うすやみの中で、余り柄の良くない若僧の一隊が、天下の摂政の行列にぶつかってきたのだから、基房の家来達は
銃声が轟然と真夜中の薄闇うすやみを揺り動かした。どこからか急に犬がえだして、そしてその一匹の犬が鳴きやむと、またどこからか別の犬が吠えだした。
恐怖城 (新字新仮名) / 佐左木俊郎(著)
その揺めく炎は、消えかかった蒼白あおじろい明るみとぶつかって、室の重々しい薄闇うすやみをいっそう沈鬱ちんうつになしていた。メルキオルが窓のそばにすわって、声をたてて泣いていた。
それはただ、自分が一生けんめい薄闇うすやみの中で見きわめようとむなしい努力をしている、見知らぬ、美しい、しかも物凄ものすごい顔のように、わたしをおびえさせるだけであった。
はつ恋 (新字新仮名) / イワン・ツルゲーネフ(著)
がらんとして何もない石畳と絨氈じゅうたんの奥まった薄闇うすやみへ、高い窓からし入る陽の光がステンドグラスの加減で、虹ともつかず、花明りともつかない表象の世界を幻出させている。
河明り (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
ただ一体安置されるにしても、おそらく一切の装飾を去って、薄闇うすやみの中にすらりと立たしめるのが最もふさわしいであろうと私は考えていた。かような構想はむろんむずかしい。
大和古寺風物誌 (新字新仮名) / 亀井勝一郎(著)
眼が薄闇うすやみれるにつれて彼女の眼は、ある一点に落ちて、動かなくなってしまった。
紅毛傾城 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
しめやかなおとあめはなほつゞいてゐる。すこしばかりえとするさむさは、部屋へやなか薄闇うすやみけあつて、そろ/\と彼女かのぢようつゝ心持こゝろもちにみちびいてく。ぱつと部屋へやがあかるくなる。
(旧字旧仮名) / 水野仙子(著)
電圧はきわめて高く、時々に異常なあらゆる光がひらめき出した。その次にはまた薄闇うすやみが落ちてきた。間を置いては深い遠いとどろきが聞こえて、雲のうちにある多量の雷電を思わした。
御袖みそでくくりかへりますかの薄闇うすやみ欄干おばしま夏の加茂川の神
みだれ髪 (新字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
そこともわかぬ森かげの鬱憂メランコリア薄闇うすやみ
邪宗門 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
その草もない薄闇うすやみの路に、銃身を並べた一隊の兵が、白襷しろだすきばかりほのめかせながら、静かにくつを鳴らして行くのは、悲壮な光景に違いなかった。
将軍 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
そして、りんほのおが燃えるかと疑われる、爛々らんらんたる四つの眼が薄闇うすやみに飛び違い、すさまじい咆哮が部屋の四壁をゆるがした。
人間豹 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
島田に結って、白襟に三枚襲さんまいがさねを着飾ったお今の、濃い化粧をした、ぽっちゃりした顔が、黄昏時たそがれどき薄闇うすやみのなかに、ほろの隙間から、微白ほのじろく見られた。その後から浅井夫婦が続いた。
(新字新仮名) / 徳田秋声(著)
妙に白っぽい姿が薄闇うすやみのなかにすらりと立っていて、昨年の秋感じたようなほのぼのとした暖さがみられない。私は全く無感動のまま、これはどうしたことだろうと自分の心を疑ってみた。
大和古寺風物誌 (新字新仮名) / 亀井勝一郎(著)
金色のこまやかな薄闇うすやみの中に、種々の面影が怪しくも浮き出してきた。その見知らぬ魅力と無言の喜びとが、クリストフの眼と心とをひきつけた。彼はそれらの面影に執着し、その方へ耳を澄ました。
薄闇うすやみににほひゆく赤きくもり
邪宗門 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
薄闇うすやみの中に、きばのようなまっ白な歯が、浮き出して見えた。二つの燐光が油を注いだように、爛々らんらんと燃え立った。
人間豹 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
が、おれのまわりには、いつか薄闇うすやみが立ちこめている。誰か、——その誰かは見えない手に、そっと胸の小刀さすがを抜いた。同時におれの口の中には、もう一度血潮があふれて来る。
藪の中 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
濡れ濡れて薄闇うすやみに入る……
邪宗門 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
薄闇うすやみの中に一郎のあの美しい顔が血に染まって浮き上がって見え、肩から胸にかけて手傷を受けたらしく、その辺を血まみれにして、身をくねらせて横たわっていた。
暗黒星 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
少し行くと、廊下がかぎの手になっていた。怪物はその角を曲がりながら、背を丸めて、ヒョイとこちらを振り返った。黒布の二つの切れ目が、薄闇うすやみの中にキラリと光った。
暗黒星 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)