ぶき)” の例文
多くはこけらぶきの古い貧しい家みである。馬車屋の前に、乗合馬車が一台あって、もう出るとみえて、客が二三人乗り込んでいた。
田舎教師 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
ただ三日目に、柴進の眷族けんぞく十数人が、発見された。思いがけない林の中で、急造らしい板屋ぶきの監房に押しこめられていたのである。
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
住まいは昔のままの草ぶきの朽ちた百姓家である。裏の籔にも、昔のままの竹が伸びていた。村の、あの家この家も趣を変えない。
わが童心 (新字新仮名) / 佐藤垢石(著)
可笑おかしいことには、古来の屋根の一型式に従ってこけらぶきの上に石ころを並べたのは案外平気でいるそのすぐ隣に、当世風のトタン葺や
颱風雑俎 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
道悪みちわるを七八丁飯田町いいだまち河岸かしのほうへ歩いて暗い狭い路地をはいると突き当たりにブリキぶきむねの低い家がある。もう雨戸が引きよせてある。
窮死 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
窓の下はコールタのげたトタンぶきの平屋根で、二階から捨てる白粉おしろい歯磨はみがきの水のあとばかりか、毎日掃出はきだちりほこりに糸屑いとくずや紙屑もまざっている。
つゆのあとさき (新字新仮名) / 永井荷風(著)
散歩の時など横の縁側えんがわに腰をかけたことのある古いそぎぶきやしろはその奥にあった。石燈籠のそばへ往ったところで、眼の前に物の気配がして白い衣服きものが見えた。
雀が森の怪異 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
坂になった路の土が、のやうに乾いてゐる。寂しい山間の町だから、路には石塊いしころも少くない。両側りやうがはには古いこけらぶきの家が、ひつそりと日光を浴びてゐる。
点心 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
彼等は導かれて石山氏の広庭に立った。トタンぶきの横長い家で、一方には瓦葺の土蔵どぞうなど見えた。しばらくすると、草鞋ばきの人が出て来た。私が石山いしやま八百蔵やおぞうと名のる。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
トタンぶきの、あからさまな、みる影もないバラックになり果てゝは、つみ上げた番重ばんじゅうと、天井から下がった鈴生すずなり烏帽子籠えぼしかごとが、わずかにその風流みやびをみせているだけ
春泥 (新字新仮名) / 久保田万太郎(著)
足袋の裏にほこりが付いてるだらう、少しばかりの古い木屑もある、トントンぶきの庇の埃だよ、その足袋に、ほんの少しだが、血が附いて居るだらう、——心掛のある武士は
その頃はかすかな暮しで、屋根と申したところが、ああではありますまい。月も時雨しぐれもばらばらぶき
春昼 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
その家の主人と言うのは、五十がらみの体の大きなアバタづらの農夫ですが、一行を迎えると、臆病そうに幾度か頭を下げながらきたないムッとする様な杉皮ぶきの豚舎へ案内しました。
とむらい機関車 (新字新仮名) / 大阪圭吉(著)
当前あたりまへなら内へ帰るべきであらう。店賃たなちんが安いので此頃このごろ越して来た、新しいこけらぶきから雨の漏る長屋である。しかしそこは恐ろしい敵がゐる。八はいつでも友達と喧嘩けんくわをすることをはばからない。
金貨 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
「美禰子さん?」と聞きながら、柿の木のしたにある藁ぶき屋根にかげをつけたが
三四郎 (新字旧仮名) / 夏目漱石(著)
それは勾配の急なトタンぶきの屋根を作り、そして下に人間が住んでいれば、下の暖気で屋根の雪が辷り落ち、その辷り落ちた雪は丁度下にある池の中へ落ちるという工合ぐあいになっているのである。
(新字新仮名) / 中谷宇吉郎(著)
前にはコケラぶきや、古い瓦屋根に草の茂った貸長屋が不規則に並んで、その向うには洗濯屋の物干が美しい日の眼界を遮ぎる。
イタリア人 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
路傍みちばたのこけらぶきの汚ないだるま屋の二階の屋根に、襟垢えりあかのついた蒲団ふとんが昼の日ののどかな光に干されて、下では蒼白い顔をした女がせっせとものをしていたが
田舎教師 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
足袋の裏にほこりが付いてるだろう、少しばかりの古い木屑もある、トントンぶきの庇の埃だよ、その足袋に、ほんの少しだが、血が付いて居るだろう、——心掛けのある武士は
見るもみじめな貧民たちの軒かたむいた板屋ぶきの長屋やほッたて小屋だった。
平の将門 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
眼の下にはさえぎるものもなく、今歩いて来た道と空地と新開の町とが低く見渡されるが、土手の向側は、トタンぶき陋屋ろうおくが秩序もなく、はてしもなく、ごたごたに建て込んだ間から湯屋の烟突えんとつ屹立きつりつして
濹東綺譚 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
どんなにか美しいはずのこんもりした渓間たにまに、ゴタゴタと妙な家のこけらぶきの屋根が窮屈そうに押しあっているのを見下ろして、なるほどこうしたところかと思った。
雑記(Ⅰ) (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
青森湾沿岸の家の屋根の様式は日本海海岸式で、コケラぶきの上に石塊を並べてあるのが多い。汽車から見た青森市の家はほとんど皆トタン葺またはコケラ葺の板壁である。
札幌まで (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)