苛烈かれつ)” の例文
けれどその処分の苛烈かれつが、醜類の敵だけに止まらず、かよわい妻子眷族けんぞくにまで及んだので、世人はそのむごたらしさに、みなおもておおった。
新書太閤記:06 第六分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
ふい討ちであり苛烈かれつであった。削封が申し渡されて、はッと頭をあげたとき彼らの身分はてのひらをひるがえすように失墜していた。無になっていた。
石狩川 (新字新仮名) / 本庄陸男(著)
おい、戦争がもっと苛烈かれつになって来て、にぎりめし一つを奪い合いしなければ生きてゆけないようになったら、おれはもう、生きるのをやめるよ。
たずねびと (新字新仮名) / 太宰治(著)
独軍の空襲は、分けても倫敦周辺の地区に於いて苛烈かれつを極めるであろうから、あの豪壮なカタリナの邸宅なども一朝にして灰燼かいじんに帰するであろう。
細雪:03 下巻 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
人間の、一番大切なものを失うことによって、そんな生活を確保するわけですね。思えば、こんな苛烈かれつな人生ってありますか。人間を失って、生活を得る。
桜島 (新字新仮名) / 梅崎春生(著)
何を? 何か、こう苛烈かれつなことを。自分の柄にもないことを。世界は一つの誤謬ごびゅうであることに就いて、など。何故の誤謬? 別に仔細しさいはない。私が作品をうまく書けないから。
光と風と夢 (新字新仮名) / 中島敦(著)
なるほど戦局は苛烈かれつであり、空襲は激化の一路にあります。だが、いかなる危険といえども、それに対する確乎かっこたる防備さえあれば、いささかもおそるには足りないのであります
壊滅の序曲 (新字新仮名) / 原民喜(著)
日本は天災の多い国というが、まだまだ私たちの祖国の土は温順なのであって、アジアの大陸の奥地では、土地はもっと狂暴であって、自然はもっと苛烈かれつな面をいつも見せているのである。
『西遊記』の夢 (新字新仮名) / 中谷宇吉郎(著)
身もだえするごとく右肩を内側にひきしめ、全身の筋肉がふしくれだってそのまま凝結したようにみえる。あの写真をみて私のうけた感じを一口に云えば、思惟の苛烈かれつさということだった。
大和古寺風物誌 (新字新仮名) / 亀井勝一郎(著)
「満州行きはやめか。クロポトキンの『相互扶助論』に出てくる北満の動物、あれにお目にかかれると思ったのになあ。北満の苛烈かれつな自然のなかでお互いに助け合いながら生きてる動物……」
いやな感じ (新字新仮名) / 高見順(著)
しかし有り難いことに、普通の義務教育の小学校は、決して乱臣賊子の家族かぞくをも拒否しないのである。日本に生れて幸だと思った。それで順当じゅんとうに進むかと思っていると、その中戦争は苛烈かれつになった。
親は眺めて考えている (新字新仮名) / 金森徳次郎(著)
いま、多年苛烈かれつむちの下に農奴を泣かせて富み栄えてきた祝家をここにぶッつぶしたのも、天に代ってしたものとしなければなりません。
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
一日、一日、僕には、いまのこの世の中の苛烈かれつが、身にしみる。みじんも、でたらめを許さない。お互い、の目、たかの目だ。いやなことだ。いやなことだが、仕方がない。
火の鳥 (新字新仮名) / 太宰治(著)
だからあの日、朋輩ほうばいの玉目三郎に向ってずいぶんいさめたものだ。——時期を見なければならない。たといどれほど苛烈かれつな新政権とは云え、無から有を生ずるわけはないのだ。
石狩川 (新字新仮名) / 本庄陸男(著)
彼はかさぶたを一気に剥ぐような苛烈かれつな快よさを感じながら、一言ずつ力をこめて言った。
日の果て (新字新仮名) / 梅崎春生(著)
ついに勝家は保留として即答をこばんだ。それには、異議はない。夕陽もさして来て暑さはいよいよ苛烈かれつだ。第一日は閉じられた。
新書太閤記:08 第八分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
序唱 神のほのお苛烈かれつを知れ
二十世紀旗手 (新字新仮名) / 太宰治(著)
洛中の者は、詮議の苛烈かれつを予想して恟々きょうきょうとしていたが、このことについては、存外、その後さしたる余波もなかった。
新書太閤記:08 第八分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
て、小愛の仁は、衆民によろこばれますが、余りな苛烈かれつ峻厳しゅんげんは、うけ容れられません。たとえそれが、わが殿の大愛から出たものでありましょうとも
新書太閤記:04 第四分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
曹植そうしょくの詩、七歩ノ詩さながらに、釜の中の豆と豆とは煮られていた。毎日毎日が苛烈かれつな激戦の連続だった。
私本太平記:12 湊川帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
問「だのになぜ一面では、権謀術策、無情苛烈かれつ、血も涙もない政略家のように誤られたのでございましょうか」
私本太平記:13 黒白帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
すぐ“検封けんぷう”という処分に出たり、ぶちこわして追い立てるなどの苛烈かれつな官権をいうものだったが、尊氏はこれも、貧民いじめの悪政として、かたく禁じた。
私本太平記:12 湊川帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
苛烈かれつな人斬りをしたむくいよと、とむらう人もありません。輪廻りんねとや申しましょうか。ごうめぐりといいましょうか
源頼朝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
苛烈かれつな破壊をやったように、近年の茶事流行の弊風へいふうに対しても、また、極端な強圧をやり出すのではないかと、世の茶道者流はみな怖れおののいたのであった。
新書太閤記:06 第六分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
以来、信長の出現により、一時はなお社会苦は苛烈かれつだったが、半面に、庶民生活の明るみと歓びも伴ってきた。この人によって、真の平和がくるかとおもわれた。
新書太閤記:10 第十分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
護送役の二人の小吏も、途々みちみち、武松をいたわって、苛烈かれつふうは少しもない。武松もまた、餞別物せんべつものから持ち金まで、ことごとけてやって、あくまで淡々たるものだった。
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
苛烈かれつな処置をとったり、手許にある質子ちし虐待ぎゃくたいを与えたりしたら、当然、内部の異変はまぬかれ難い。
新書太閤記:05 第五分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
苛烈かれつなる永禄えいろく元亀げんき天正てんしょうの世にかけて、彼女も良人に遅れぬものを日々に学んでいたのである。
新書太閤記:09 第九分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
彼らはすでに苛烈かれつな実戦を経験し、そして家や郷土もすてている者だけに、その闘志はつよく、すべてがこの一挙——後醍醐奪回の今日——にるかるかを賭けていた者どもだ。
私本太平記:05 世の辻の帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
頼朝に対する清盛の仮借かしゃくない気もちをそれとなく聞いていたので、常磐に対しては、なおさら主人のむねにかなうように苛烈かれつに扱ったのであったが、案に相違したので非常に狼狽し
源頼朝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
敵性の牙城がじょう大坂までがに入ったこの時に会して、何も、ふた昔も前の臣下の罪や過失を罰しなくてもよいであろうに——と、恐怖をとおり越して、臣はいささかその苛烈かれつな追求に対して
新書太閤記:06 第六分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
大塔ノ宮へは手が出せず、日野俊基の居所は知れぬ、とだけで、むなしく手をこまぬいているわけはない。むしろそれだけに、苛烈かれつなあせりが、他へ向って、日夜、獄をたしていたのであった。
私本太平記:03 みなかみ帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
彼の無残苛烈かれつな性格の一面をえぐり、また叡山えいざん焼打のこと、義昭追放の件、そのほか彼の覇道的はどうてきな猛進をもって、信長こそ道義の敵、文化の破壊者、制度と伝統をみだす国の賊子ぞくしであるとなして
新書太閤記:07 第七分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
孔明はついに自身陣頭に出て、苛烈かれつなる総攻撃を開始した。
三国志:11 五丈原の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
前にもまして、苛烈かれつなムチをふるったのはいうまでもない。
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)