自然薯じねんじょ)” の例文
「きのう木村様が、おらっちの山の自然薯じねんじょめてくれたで、けさ早く、おっ母にも手伝ってもらって、山芋を掘って持って来たんさ」
宮本武蔵:08 円明の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
それも、少し成長しすぎた奴は、中から妙な粉(胞子だろう)を吹いて、とても咽喉へ通らない。自然薯じねんじょも採れる。
ある偃松の独白 (新字新仮名) / 中村清太郎(著)
とうとい処女を自然薯じねんじょ扱い。蓼酢たです松魚かつおだ、身が買えなけりゃ塩でんで蓼だけかじれ、と悪い虫めら。
白花の朝顔 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
「僕か、そうさな僕なんかは——まあ自然薯じねんじょくらいなところだろう。長くなって泥の中にうまってるさ」
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
その辺の山で掘られた自然薯じねんじょが、新鮮な山里らしい感じを出しているのを快く思召おぼしめされて、宮へお贈りになるのであったが、いろいろなことをお書きになったあとへ
源氏物語:37 横笛 (新字新仮名) / 紫式部(著)
休之助もぶっきらぼうではあるが、礼を云ったうえ、若干の金を包んで二人にやり、伝右衛門の若い妻は、寒さしのぎにといって、自然薯じねんじょ入りの雑炊をもてなしたりした。
風流太平記 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
隣字となりあざの仙左衛門が、根こぎの山豆柿やままめがき一本と自然薯じねんじょを持て来てくれた。一を庭に、一をにわとりさくに植える。今年ことし吾家うち聖護院しょうごいん大根だいこが上出来だ。種をくれと云うから、二本やる。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
参右衛門は山へ自然薯じねんじょを掘りに行く。彼のする仕事の中でこれほど愉しみなことはないそうだ。私の妻は腹痛で寝ており、参右衛門の妻はまた泥田の中で唐芋を掻き廻している。
貞子の部屋から見える広い庭の隅の木犀もくせいの繁みにい上っている自然薯じねんじょの葉が黄色く紅葉し、かえでのもみじと共にときわ木を背景にして美しい友ぜん模様を染め出しているのだった。
妻の座 (新字新仮名) / 壺井栄(著)
村内には松のの皮を米にまぜ、自然薯じねんじょなぞを掘って来て飢えをしのぐものもできた。
夜明け前:02 第一部下 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
この時の料理は、自然薯じねんじょをゆで、別に枝豆もゆで、これを摺り潰してまぶし、多少の味をつけたものであった。言わば、自然薯のきんとんの外皮を体裁よろしく枝豆で色どったものである。
道は次第に狭し (新字新仮名) / 北大路魯山人(著)
ある侍今日は殊に日和ひよりよしとて田舎へ遊山ゆさんに行き、先にて自然薯じねんじょもらい、しもべに持せて還る中途とびつかみ去らる、僕主に告ぐ、油揚あぶらあげならば鳶も取るべきに、いもは何にもなるまじと言えば、鳶
只一人かゝる山の中に居って、みずか自然薯じねんじょを掘って来るとか、あるいきのこるとか、たきゞを採るとか、女ながら随分荒い稼ぎをしてかすかに暮しておるという独身者ひとりものさ、見れば器量もなか/\
菊模様皿山奇談 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
背に二貫三貫の自然薯じねんじょを背負っている。杖にしている木の枝には赤裸に皮をがれたまむしが縛りつけられている。食うのだ。彼らはまた朝早くから四里も五里も山の中の山葵沢わさびざわへ出掛けて行く。
温泉 (新字新仮名) / 梶井基次郎(著)
別に変った作り方でもなかったが、き立ての麦飯の香ばしい湯気に神仙の土のような匂いのする自然薯じねんじょは落ち付いたおいしさがあった。私は香りを消さぬように薬味の青海苔のりらずにわんを重ねた。
東海道五十三次 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
先刻さっきからつるの根を掘り下げ、折れ易い自然薯じねんじょを折らないように、芋のまわりを大事にかばって、片腕が地へはいり込んでしまうほど、もう深い穴を作り合っていた。
宮本武蔵:08 円明の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
修善寺の奥の院の山の独活うど、これは字も似たり、独鈷とっこうどととなえて形も似ている、仙家の美膳びぜん、秋はまた自然薯じねんじょ、いずれも今時の若がえり法などは大俗で及びも着かぬ。
半島一奇抄 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
目籠めかご背負せおって、ムロのおかみが自然薯じねんじょを売りに来た。一本三銭宛で六本買う。十五銭にけろと云うたら、それではこれがめぬと、左の手で猪口ちょこをこさえ、口にあてがって見せた。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
みんなで酒とさかなこしらえて持っていって、酒も手づくりだし、肴も山女魚やまめあゆかじかなんかの煮浸しとか、茸とか自然薯じねんじょとか、野菜の煮たのぐらいで、そこらのちょっとした旦那なんかでも
それにの時喰った大根でいこさ、此方こっちの大根は甘味があってうめえ、それに沢庵もおつだ、細くって小せえが、甘味のあるのは別だ、自然薯じねんじょも本場だ、こんな話をするとなんか喰いたくなって堪らねえ
名人長二 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
馬にさえ「馬の温泉」というものがある。田植で泥塗れになった動物がピカピカに光って街道を帰ってゆく。それからまた晩秋の自然薯じねんじょ掘り。夕方山から土に塗れて帰って来る彼らを見るがよい。
温泉 (新字新仮名) / 梶井基次郎(著)
雑木林の楢にから自然薯じねんじょつるの葉が黄になり、やぶからさし出る白膠木ぬるでが眼ざむる様なあかになって、お納戸色なんどいろの小さなコップを幾箇もつらねて竜胆りんどうが咲く。かしの木の下は、ドングリがほうきで掃く程だ。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)