“深傷:ふかで” の例文
“深傷:ふかで”を含む作品の著者(上位)作品数
吉川英治30
野村胡堂12
中里介山4
坂口安吾4
島崎藤村4
“深傷:ふかで”を含む作品のジャンル比率
芸術・美術 > 演劇 > 大衆演芸6.5%
文学 > 日本文学 > 小説 物語2.0%
(注)比率=対象の語句にふりがなが振られている作品数÷各ジャンルの合計の作品数
わき腹に、致命的な深傷ふかでをうけている源六、やぶれかぶれ、共に死の淵へ抱き込んでやろうと乳を狙ってきた怖ろしい短刀。
江戸三国志 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「ちッ……ちッ……」と深股ふかももの傷を押さえながら一心に、脇差をとりに行こうとするらしいが、何せよ深傷ふかでだ。
鳴門秘帖:01 上方の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
深傷ふかでだ、ひとみ虚空こくうにすわってうごかない、だが、何か言いたそうに、唇がかすかにゆがむ……。
鳴門秘帖:05 剣山の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
流れは烈しいし、深傷ふかでを負っているので、曹洪の四肢は自由に水を切れなかった。見る見るうちに、下流へ下流へと押流されてゆく。
三国志:03 群星の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
石井戸の陰には、二人が背負って来た深傷ふかでの門人が、もう一名、今にも息をひきとりそうに、うめいていた。
宮本武蔵:06 空の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
あかりを呼んで調べると、頸筋を後ろから引っ切った見事な深傷ふかで、多分、声も立てずに死んだことでしょう。
けれど、信玄の子だ。信玄の全部をうけず、信玄の一面だけを持った子である。そんな深傷ふかで長篠ながしのにこうむりながらも、なお、
新書太閤記:05 第五分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「あの者のほうは、捕える時に深傷ふかでを負わせてございませんから、まず御懸念ごけねんには及びませぬ」
鳴門秘帖:01 上方の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
身に深傷ふかでを負うて、お歩きもできないので、それがしの馬をおすすめ申しましたが、否とよ、和子を護ってたもれと、ひと声、仰せられながら
三国志:07 赤壁の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
もとより身動きもできない深傷ふかでばかりだが、気が立っているので、口だけは、各〻、今も戦っているように、怒号もすれば、歯ぎしりもする。
新書太閤記:03 第三分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
彼は生活力の強かったせいか、大隅の介抱の甲斐あって、深傷ふかでにも屈せず元気をもりかえしたのだった。
地球盗難 (新字新仮名) / 海野十三(著)
後から追いついて来た十騎ばかりの将士がある。味方の毛玠もうかいだった。さきに深傷ふかでを負った文聘ぶんぺいがその中に扶けられて来る。
三国志:08 望蜀の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
郎従たちは自分の疲労や深傷ふかでは忘れて、跛行びっこをひいて歩く正成の一歩一歩をいたわりつつんだ。
私本太平記:12 湊川帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「傷口が二つあるよ。二つとも深傷ふかでだ——並んでゐるから、見えないかも知れない。拭いて見るが宜い」
彼の声に、枯草をかぶって潜んでいた貴夫人は、児を抱いたまま逃げ走ろうとした。しかし身に深傷ふかでを負っているとみえて、すぐばたりと仆れた。
三国志:07 赤壁の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「いや、こいつは聟殿に見せる幕ぢやねえ。親御の勘兵衞さんだけ入つて下さい——それから町内の外科を大急ぎで頼むんだ、深傷ふかでだが、命は——」
死骸となって、床に伏す者八名、深傷ふかでを負い、うめき這う者四人、あとはみな逃げ散ってしまった。
剣の四君子:05 小野忠明 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
若い前途を、いたく脅かしたこの不安不平は、以来、小次郎の胸に、えがたい深傷ふかでとなった。
平の将門 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
と、事の発覚を早合点し、身の深傷ふかでにも顛倒てんとうして、城内から逃げ出して来たのであった。
新書太閤記:02 第二分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
やうやく岡の蔭の熊笹の中に呻吟うめき倒れて居るところを尋ね当てゝ、肩に掛けて番小屋迄連れ帰つて見ると、手当も何も届かない程の深傷ふかで
破戒 (新字旧仮名) / 島崎藤村(著)
むを得ず気の毒ながらも深傷ふかでを負わしたが、一体何う云う仔細でまア水司又市を敵と探す者か、此方こちら手負ておいで居るからせつない
敵討札所の霊験 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
巌はだまって顔をそむけた、苦しさは首をのこぎりでひかれるより苦しい、しかしそれは火傷やけどの痛みではない、父をさげすむ心の深傷ふかでである。
ああ玉杯に花うけて (新字新仮名) / 佐藤紅緑(著)
自分が介抱に堪えられないほどにも深傷ふかでを負っているのであったらほかならぬ恋人の妹である、鈴江に恋人の介抱を、こだわらずに依頼するであろう。
娘煙術師 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
「それが不思議なんだ。どうしても見えねえ。これだけ深傷ふかでを負はせたんだから、わざ/\引つこ拔きでもしなきア、死骸が刄物を脊負つて居る筈だ」
その間にも或る夜の畑の中で盗人を見つけた一人の村人が、永追いをして斬られ、深傷ふかでを負った。
野に臥す者 (新字新仮名) / 室生犀星(著)
昼と夜とは長い瞬間のように思われるように成って行った。そして岸本の神経は姪に負わせ又自分でも負った深傷ふかでに向って注ぎ集るように成って行った。
新生 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
撃たれよ みづからの深傷ふかでに生きたる哄ひをあげて 千年の鉄柵に懊のやうな血を流すべし。
逸見猶吉詩集 (新字旧仮名) / 逸見猶吉(著)
最前、お十夜が走りだした時、足にかけられて、草の根にうめいていた天堂一角だった。かれには、深傷ふかでながら、まだ這うだけの気力と意識があった。
鳴門秘帖:05 剣山の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
しかも一万の残兵も、その三分の一は、深傷ふかで浅傷あさでを負い、続々、落伍してしまう。
三国志:06 孔明の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
傷口は直ちに結ばれたけれど、それは深傷ふかでにとって、何の足しにもならなかった。
恐怖の口笛 (新字新仮名) / 海野十三(著)
——すると、地にうめいていた深傷ふかでの男が、彼と二人の友の足元から苦しげに訴えた。
宮本武蔵:06 空の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「どうって、まあ、一時のはじはしのんでも深傷ふかでを負わぬうちに、和睦するんだな」
三国志:04 草莽の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
不愍ふびんなれど、かくなり果つるように、所詮しょせんは、生れついておる男じゃった。助かるべくもない深傷ふかで、せめてこう致してやるが師の慈悲よ」
剣の四君子:05 小野忠明 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「その深傷ふかででは、酒はのめまいが、杯だけを持て。新右衛門、兄の手へ持たせてやれ」
私本太平記:08 新田帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
こりゃア不便ふびんな事を致した、手がはずんだから、余程深傷ふかでのようだ
敵討札所の霊験 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
次男の袁煕えんきは、ここで深傷ふかでを負い、甥の高幹こうかんも、重傷を負った。
三国志:06 孔明の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
右近の傷口は、かなり深傷ふかでであった。ただ致命をれてはいた。しかし彼は、
新書太閤記:02 第二分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
そればかりではない、彼女自身にも人には言えない深傷ふかでを負わせられていた。
ある女の生涯 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
致命傷はなかつたが、危く不具者になりかねない深傷ふかでを数ヶ所に受けてゐた。
とんでもない——良人はそれどころか、小豆坂あずきざかいくさ深傷ふかでを負って、きょうかあすかを案じている重態。おまえなどに会っていられるものではない。
新書太閤記:01 第一分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
あれほどの深傷ふかでを負わせられながら、彼女は全く悔恨を知らない人である。
新生 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
次の間は深傷ふかでを負はされた新助が寢て居る、納戸なんど兼用の六疊です。
「侍の分際として卑怯な奴どもではある。虚無僧、深傷ふかでは受けなかったか」
剣難女難 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
次の間は深傷ふかでを負わされた新助が寝ている、納戸なんど兼用の六畳です。
「もう少し参れば山科やましなです。お傷もさして深傷ふかでではありませぬ」
新書太閤記:08 第八分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
それも、馬は傷つき、身は深傷ふかでを負い、共に歩けぬ者さえ加えてである。
三国志:03 群星の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「旦那が殺されて、新助どんが深傷ふかでを負はされました。すぐ親分に——」
「旦那が殺されて、新助どんが深傷ふかでを負わされました。すぐ親分に——」
と、深傷ふかでを負った一角を抱えて、旅川周馬がよろよろと立ち上がった。
鳴門秘帖:02 江戸の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「一番の深傷ふかではここだ。けれど、この深傷は大したことにはなるまい」
鳴門秘帖:04 船路の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
飯島は深傷ふかでを負いたる事なれば、ふるえる足を踏み止めながら、
祖母のためにと父の造った屏風なぞができて見ると、彼女はその深傷ふかでの底からたち直ろうとして努めるもののごとく平素の調子に帰って、娘らしい笑い声で父の心までも軽くさせる。
夜明け前:04 第二部下 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
快楽けらくの夢を結んだ床は血の地獄と変る。芹沢は股、腕、腹に数カ所の深傷ふかでを負うたがそれでも屈しなかった。力を極めてとうとう屏風を刎ね返して枕元の刀を抜いて立った。
深傷ふかではうけなかったが、藤五の切ッ先には、手ごたえがきこえた。
私本太平記:02 婆娑羅帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
と低くうめくのは、さすがの源三郎横腹の深傷ふかでをおさえて、よろめくようす……わが隠れている壁から、ふいに繰り出された一刀で、源三郎、脇腹から脇腹へ、刺し貫かれたとみえる。
丹下左膳:02 こけ猿の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
金さんは深傷ふかでで逃げ延ることが出来ないから切腹するといふ。
諦らめアネゴ (新字旧仮名) / 坂口安吾(著)
良「孝助殿はどうも遁れ難い剣難じゃ、なに軽くて軽傷うすで、それで済めば宜しいが、何うも深傷ふかでじゃろう、間が悪いと斬り殺されるという訳じゃ、どうもこれは遁れられん因縁じゃ」
むしろ時代の深傷ふかでから出た呻吟しんぎんの言葉であった。
大和古寺風物誌 (新字新仮名) / 亀井勝一郎(著)
太陽、大河口。かもめ——ドーヴィルから適当な距離のオンフルール海岸は、ドーヴィル賭博人の敗北の深傷ふかでや遊楽者達の激しい日夜の享楽から受ける炎症をいやしに行く静涼な土地だ。
ドーヴィル物語 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
「二人ともこれで実はそうとう深傷ふかでを負ってるのだなあ」
扉の彼方へ (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
「荊州の敗れた折、私は身に深傷ふかでを負い、鮑氏ほうしの家にかくまわれておりました。今日丞相が南蛮へご進発あるという噂を聞いて、昼夜わかちなくこれまで馳せつけて来たわけです」
三国志:10 出師の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
それを助け起してみると、なんのこと、艇内に残っているように命じてあった佐々さっさ記者だった。彼は深傷ふかでに気を失っていたが、ようやく正気しょうきにかえって一行にすがりついた。
月世界探険記 (新字新仮名) / 海野十三(著)
「一角だ、一角が深傷ふかでを負ってしまった」
鳴門秘帖:02 江戸の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
棍棒で幾所か叩かれたり、倒された時に幾所か打ったり、重傷や深傷ふかではなかったが、しかし無数に傷を受けて、歩行が自由にできなかったからで、で、あちこちで身体を休めたり、井戸水などを飲んだりした。
娘煙術師 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
『かなり深傷ふかでの御様子でございますな』
夕顔の門 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「自分の喉を切って、すぐお政が投り出した。最初から刃物を捨てるのが大事な仕事の一つと覚悟していたので、深傷ふかでにも拘わらず、思わず力が入って庇の上へ投り上げてしまった、最後の一念というものだろう」
「刑部は、深傷ふかでを負っていたのか」
新書太閤記:08 第八分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
そこへ彼の娘まで深傷ふかでを負った。
夜明け前:04 第二部下 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
六疊の半分をひたす血の海の中に俯向きになつて居る梅吉の死骸を引起して見ると、二十七八の小肥りの男で、脇差で横から首筋を縫はれ、そのまゝ前へのめつたらしく、急所の深傷ふかでに、聲も立てずに死んだ樣子です。
さすればノド笛をかみきられたのが先にできた致命傷、あるいは致命傷にちかい抵抗不能の状態を与えるに足る深傷ふかでであったと分るのですが、ノド笛にかみついた以上は被害者の真ッ正面から抵抗をうけなければなりません。
根岸の闇で、法月弦之丞にやられた太刀傷たちきずが致命にいたらなかったまでも、かなり深傷ふかでであったとみえて、いまだに左手を首に吊っているのが、いかにも暴勇な剣客らしく目立って、往来の者が必ず、ふりかえってゆく。
鳴門秘帖:03 木曾の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「そんな深傷ふかでか」
私本太平記:08 新田帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
信長の一族中だけでも、従兄いとこ信成のぶなり、伊賀守仙千代せんちよ、又八郎信時など、いずれも戦死し、織田大隅守おおすみのかみ同苗どうみょう半左衛門なども深傷ふかでを負ってしりぞいたが、後まもなく死んだ。
新書太閤記:05 第五分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
肉がえぐられる深傷ふかでだという無慙むざんな話であるけれども、彼の方が女房の横ッ面をヒッパたいたことすらもないという沈着なる性格、深遠なる心境、まさしく愛猫家や愛妻家の心境というものは凡俗には理解のできないものだ。
悪妻論 (新字新仮名) / 坂口安吾(著)
深傷ふかでか?」
つづれ烏羽玉 (新字新仮名) / 林不忘(著)
深傷ふかでか』
山浦清麿 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
都を落ちる時は、それでも同勢三、四十人は連れていたが、人目立つため、いとまをやって別れたり、討たれたり……、深傷ふかでのため落伍する者もあったりして——勢多せたを越え渡った頃には、父子と主従、わずか八騎となっていた。
源頼朝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
悪行いよいよ募って、そのころ牛込御門内に住居していた先手役さきてやく青山主膳(千五百石)の組与力同心くみよりきどうしんが召捕りに向ったところ、同心二人まで深傷ふかでを負い、与力もからき目に遭ってほうほうのていで逃げかえった。
大菩薩峠:19 小名路の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
曲芸気取りでやっていてさえ、米友の網竿あみざおは恐ろしい、死物狂いになって真剣にあばれ出されてはたまらない、深傷ふかで浅傷あさで槍創やりきずを負って逃げ退くもの数知れず、米友は無人の境を行くように槍を突っかけて飛び廻る。
大菩薩峠:06 間の山の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
潮が満ちたのであろう、ゆるく石垣に打ち寄せる水の音、恐ろしい獣が深傷ふかでにうめくような低い工場の汽笛の声、さては電車の遠く去り近く来たるとどろきが、私の耳には今さながら夢のように聞えて、今見た千代子の姿が何となく幻影のように思いなされた。
駅夫日記 (新字新仮名) / 白柳秀湖(著)
四人とも芋刺し。思い設けぬ狼藉ろうぜきに、四人のものは深傷ふかでを負いながらも、刀を抜いてかかってみたけれどもすでに遅かった、僅かに相手を傷つけたのみで、四人もろともに田楽刺しになってその場に相果てたが、残る六人の者は主謀にあらず、罪状軽しとあって
不意の深傷ふかでに、傅次郎は聲も立てずに死んだことだらう、——塀越しに傅次郎を刺し殺した下手人は、切戸をあけて出て來て、死骸を向うの方に移した上、夜中ながら塀についた血を洗つて、その上念入りに、塀の割け目を、新しい板でふさいだ——板は商賣物だが、少し新し過ぎたし
「軍評定には、いつもこの信玄に向って、良い師言を吐く老人、小畑おばた山城入道は病んで死し、原美濃守もまた先年の割ヶ嶽の取潰しに当って深傷ふかでし、ここ、この時に、ふたりの言を聞かれぬは、何やら淋しい。——この上は、道鬼にたずねよう。道鬼、そちの所存は」
上杉謙信 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
いやいや、おとといの晩、ひそかに出した大物見の一隊が、ただ今、ひどく射ちへらされて、残る七、八名もみな浅傷あさで深傷ふかでを負い、城門まで立帰って来たのでした。——あの様子では、よほど深入りして、上杉勢の前哨に取囲まれ、からくも馳せ返ってきたものでしょう。
上杉謙信 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「——今朝、池の下口での合戦では、宇喜多どのの家士の中、戦死傷あわせて五百余名とかぞえられ、城兵の損害は約百に足らず。うち八十余名はことごとく討死。のこる数名のみ生捕いけどりましたが、それらもみな全身に深傷ふかでを持ち、はや五体もきかぬまま捕われた者どもでありました」
新書太閤記:07 第七分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「お福は深傷ふかでだが、折角此處まで運んだ祝言、息のあるうちに盃事がしたいと言ふのだよ。しをらしい望みぢやないか。父親の勘兵衞は、涙乍なみだながらにその支度をしてゐる。幸ひ聟の錦太郎は淺傷あさでだ、子刻こゝのつ前に祝言の盃事をして、死んで行く娘に安心させようと言ふのだ」
本国大海艦隊劣勢のため急速所属鎮守府へ廻航したものか、さもなくば南半球特有の大颱風ハリケーンによってさすがの海の狼も海底の藻屑と消え果てたものか、もしくば英豪艦隊に負わされし深傷ふかでのためにわずかに覆没ふくぼつを免かれつつも、はてしなき洋上に敗残の身を漂わせつつあったか?
ウニデス潮流の彼方 (新字新仮名) / 橘外男(著)
いま名ざした面々は、それぞれ国に多くの老若を抱えている者、またはここに再起の望みなき深傷ふかでの子息や兄弟をのこしておる者、いずれにもあれ、正成の眼で、死ぬにおよばず、なお長らえ、あとをしょくしたい者ばかりなのだ。……そちたちが、生きてすることはなお果てなく多かろう。落ちてくれい。
私本太平記:12 湊川帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「丈吉は声を立てたかも知れないが、なにぶんの深傷ふかでで、井戸端へ行くのが精々だった。釣瓶の水で眼を冷そうとしたが、急に力が抜けて井戸端に突っ伏して死んでしまった。眼を洗わなかった証拠には丈吉の右の眼には少しばかり墨が付いていた、たったそれだけの事で俺は何もかも見破ったような気がした」
「丈吉は聲を立てたかも知れないが、何分の深傷ふかでで、井戸端へ行くのが精々だつた。釣瓶つるべの水で眼を冷さうとしたが、急に力が拔けて井戸端に突つ伏して死んで了つた。眼を洗はなかつた證據には丈吉の右の眼には少しばかり墨が附いて居た、たつたそれだけの事で俺は何も彼も見破つたやうな氣がした」
その儀は、構いなしとの仰せでしたが、今日の合戦に御一族の光忠様にも、二条の東門で深傷ふかでを負われておりますし……かたがた、日向守様にも甚だしいおつかれにあらるる由で、まことに御足労ながら、妙心寺の営内まで、御来診ごらいしん下さるまいかとのおことばです。……お乗物もそなえて参りました。
新書太閤記:07 第七分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
私お父様に、悲しくてもこらえるってお約束したの。まだ私もきっと耐え通すつもりよ。誰でも耐えなければならないのね。兵隊さんたちの我慢なんか大変なものだわ。私のお父様は軍人なのよ。戦争でもあると、お父様はのどのひりつくようなこともあるし、深傷ふかでを負うことだってないとはいえないでしょう。
後を追っかけようとしましたが、なにぶんの深傷ふかでで、どうすることも出来ません。女房は足を挫いて、これも身動きも出来ない始末。ようやく朝になって御近所の方が来てくれましたので、増屋へ知らせて、御主人と番頭さんに来て頂いたようなわけでございます。あの茶釜がなくなっては、私は首でも吊らなきゃなりません。
「急げ、紙ぎれ、わがふみぎれよ。さちうすくわが追われたる、幸多きかのおん側に急ぎゆけ。よろずを癒やし給う真白のみ手は、わがかりそめの傷に膏薬は塗らせど、いとせめての深傷ふかでには、なんの薬も賜わねば、その真白のみ手にキスをまいらせつつ、汝紙ぎれ、伝えてよ、これはこれ、病みさらばえて身も細る、エセックスよりは参りしと」こうこられては
さてきょうは、雨かとも思うたが、一天は晴れわたり、遠山の桜も見え、死ぬにはすぎるほどな日和ひよりとなった。とはいえ、われら何ぞ、浮雲の富をのぞんで名を捨てんや。……ただ五郎信盛、一昨日の防戦に、見るとおり片脚に深傷ふかでを負い、進退もままならぬゆえ、まず、各〻が最後のいくさを見とどけた後、悠々ゆるゆると、ここに敵を待ちうけて存分合戦の後まいるぞ。
新書太閤記:06 第六分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)