深傷ふかで)” の例文
後を追っかけようとしましたが、なにぶんの深傷ふかでで、どうすることも出来ません。女房は足を挫いて、これも身動きも出来ない始末。
流れは烈しいし、深傷ふかでを負っているので、曹洪の四肢は自由に水を切れなかった。見る見るうちに、下流へ下流へと押流されてゆく。
三国志:03 群星の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
仮令たとえいかなる苦難を負おうとも、一度姪に負わせた深傷ふかでや自分の生涯に留めた汚点をどうすることも出来ないかのように思って来た。
新生 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
確かに深傷ふかでを負っている。もしかしたら一命を失ったかもしれない。あの美しい顔はもう二度とほほえむことがないかもしれない。
暗黒星 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
何かよっぽどの深傷ふかでを受けていたんだろうが……いくら土砂降り雨の中だって、交番のお巡りが立っておらんことはあるまいが
蒲団 (新字新仮名) / 橘外男(著)
巌はだまって顔をそむけた、苦しさは首をのこぎりでひかれるより苦しい、しかしそれは火傷やけどの痛みではない、父をさげすむ心の深傷ふかでである。
ああ玉杯に花うけて (新字新仮名) / 佐藤紅緑(著)
かなりの深傷ふかでだが、クラパはじっとしていなかった。むりやりに天幕テントの中に寝かすと、ようやく観念したものか、眠ったようにじっとしていた。
秘境の日輪旗 (新字新仮名) / 蘭郁二郎(著)
肉がえぐられる深傷ふかでだという無慙むざんな話であるけれども、彼の方が女房の横ッ面をヒッパたいたことすらもないという沈着なる性格、深遠なる心境
悪妻論 (新字新仮名) / 坂口安吾(著)
重傷や深傷ふかではなかったが、しかし無数に傷を受けて、歩行が自由にできなかったからで、で、あちこちで身体を休めたり、井戸水などを飲んだりした。
娘煙術師 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
剣術はからっ下手ぺたにて、放蕩ほうとうを働き、大塚の親類に預けられる程な未熟不鍛錬ふたんれんな者なれども、飯島は此の深傷ふかでにては彼の刃に打たれて死するに相違なし
かもめ——ドーヴィルから適当な距離のオンフルール海岸は、ドーヴィル賭博人の敗北の深傷ふかでや遊楽者達の激しい日夜の享楽から受ける炎症をいやしに行く静涼な土地だ。
ドーヴィル物語 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
それを助け起してみると、なんのこと、艇内に残っているように命じてあった佐々さっさ記者だった。彼は深傷ふかでに気を失っていたが、ようやく正気しょうきにかえって一行にすがりついた。
月世界探険記 (新字新仮名) / 海野十三(著)
ゆるく石垣に打ち寄せる水の音、恐ろしい獣が深傷ふかでにうめくような低い工場の汽笛の声、さては電車の遠く去り近く来たるとどろきが、私の耳には今さながら夢のように聞えて
駅夫日記 (新字新仮名) / 白柳秀湖(著)
撃たれよ みづからの深傷ふかでに生きたる哄ひをあげて 千年の鉄柵に懊のやうな血を流すべし。
逸見猶吉詩集 (新字旧仮名) / 逸見猶吉(著)
快楽けらくの夢を結んだ床は血の地獄と変る。芹沢は股、腕、腹に数カ所の深傷ふかでを負うたがそれでも屈しなかった。力を極めてとうとう屏風を刎ね返して枕元の刀を抜いて立った。
いとせめての深傷ふかでには、なんの薬も賜わねば、その真白のみ手にキスをまいらせつつ、汝紙ぎれ、伝えてよ、これはこれ、病みさらばえて身も細る、エセックスよりは参りしと
「以和為貴」という思想が、太子の心に何らの安心をももたらさなかったということが肝心だ。むしろ時代の深傷ふかでから出た呻吟しんぎんの言葉であった。大切なのはその解釈ではない。
大和古寺風物誌 (新字新仮名) / 亀井勝一郎(著)
戦争でもあると、お父様はのどのひりつくようなこともあるし、深傷ふかでを負うことだってないとはいえないでしょう。でも、お父様は一言だって、苦しいと仰しゃったことはないわ。
と低くうめくのは、さすがの源三郎横腹の深傷ふかでをおさえて、よろめくようす……わが隠れている壁から、ふいに繰り出された一刀で、源三郎、脇腹から脇腹へ、刺し貫かれたとみえる。
丹下左膳:02 こけ猿の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
その間にも或る夜の畑の中で盗人を見つけた一人の村人が、永追いをして斬られ、深傷ふかでを負った。そして畑の作物はぬすみ取られ、いやがうえに村人のいきどおりをり立てることになったのである。
野に臥す者 (新字新仮名) / 室生犀星(著)
深傷ふかではうけなかったが、藤五の切ッ先には、手ごたえがきこえた。——数歩、よろめいた伝次は、当然、逆な受けに廻されていた。
私本太平記:02 婆娑羅帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
自分のためにあれほどの深傷ふかでを負わせられながら、しかも彼女自身何等なんらの償いを求めようとする気色けしきも無いような節子に対しては
新生 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
「いや、こいつは聟殿に見せる幕じゃねえ、親御の勘兵衛さんだけ入って下さい——それから町内の外科を大急ぎで頼むんだ、深傷ふかでだが、命は——」
丸木舟の旅はつづけられた——左腕の深傷ふかでをなおすために、クラパを病院のあるバンジェルマシンへ送ろうとして、英夫たちはひどく骨を折ってしまった。
秘境の日輪旗 (新字新仮名) / 蘭郁二郎(著)
「なら、だんなさま、たしかにご隠居さまはそのときの曲者にそういございません。疵は左ななめに乳の上へかけて、よほどの深傷ふかでのように見うけられました」
亡霊怪猫屋敷 (新字新仮名) / 橘外男(著)
むを得ず気の毒ながらも深傷ふかでを負わしたが、一体何う云う仔細でまア水司又市を敵と探す者か、此方こちら手負ておいで居るからせつない、これ娘お前泣かずに訳を云え
敵討札所の霊験 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
あるいは致命傷にちかい抵抗不能の状態を与えるに足る深傷ふかでであったと分るのですが、ノド笛にかみついた以上は被害者の真ッ正面から抵抗をうけなければなりません。
彼は生活力の強かったせいか、大隅の介抱の甲斐あって、深傷ふかでにも屈せず元気をもりかえしたのだった。彼こそは、いま博士邸の檻の中に収容されている河村武夫の父親であった。
地球盗難 (新字新仮名) / 海野十三(著)
自分が介抱に堪えられないほどにも深傷ふかでを負っているのであったらほかならぬ恋人の妹である、鈴江に恋人の介抱を、こだわらずに依頼するであろう。現在の自分はそうではない。
娘煙術師 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
そのころ牛込御門内に住居していた先手役さきてやく青山主膳(千五百石)の組与力同心くみよりきどうしんが召捕りに向ったところ、同心二人まで深傷ふかでを負い、与力もからき目に遭ってほうほうのていで逃げかえった。
大菩薩峠:19 小名路の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
「二人ともこれで実はそうとう深傷ふかでを負ってるのだなあ」
扉の彼方へ (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
深傷ふかでか?」
つづれ烏羽玉 (新字新仮名) / 林不忘(著)
かえって、その二人などが、真っ先に、割りつけられ、後もみな深傷ふかで薄傷うすで与惣兵衛よそべえなど、ここまで気丈に帰って来たが、ひと口、水を
宮本武蔵:06 空の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「いや、こいつは聟殿に見せる幕ぢやねえ。親御の勘兵衞さんだけ入つて下さい——それから町内の外科を大急ぎで頼むんだ、深傷ふかでだが、命は——」
さもなくば南半球特有の大颱風ハリケーンによってさすがの海の狼も海底の藻屑と消え果てたものか、もしくば英豪艦隊に負わされし深傷ふかでのためにわずかに覆没ふくぼつを免かれつつも
ウニデス潮流の彼方 (新字新仮名) / 橘外男(著)
そして岸本の神経は姪に負わせ又自分でも負った深傷ふかでに向って注ぎ集るように成って行った。
新生 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
傷口は直ちに結ばれたけれど、それは深傷ふかでにとって、何の足しにもならなかった。
恐怖の口笛 (新字新仮名) / 海野十三(著)
良「孝助殿はどうも遁れ難い剣難じゃ、なに軽くて軽傷うすで、それで済めば宜しいが、何うも深傷ふかでじゃろう、間が悪いと斬り殺されるという訳じゃ、どうもこれは遁れられん因縁じゃ」
米友の網竿あみざおは恐ろしい、死物狂いになって真剣にあばれ出されてはたまらない、深傷ふかで浅傷あさで槍創やりきずを負って逃げ退くもの数知れず、米友は無人の境を行くように槍を突っかけて飛び廻る。
大菩薩峠:06 間の山の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
致命傷はなかつたが、危く不具者になりかねない深傷ふかでを数ヶ所に受けてゐた。
不愍ふびんなれど、かくなり果つるように、所詮しょせんは、生れついておる男じゃった。助かるべくもない深傷ふかで、せめてこう致してやるが師の慈悲よ」
剣の四君子:05 小野忠明 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
捨てるのが大事な仕事の一つと覚悟していたので、深傷ふかでにも拘わらず、思わず力が入って庇の上へ投り上げてしまった、最後の一念というものだろう
と、はぎしりしながら左近将監めがけてきりつけましたが、もはやこの深傷ふかでではたまりません。
亡霊怪猫屋敷 (新字新仮名) / 橘外男(著)
さて男は其処此処そここゝと父を探して歩いた。やうやく岡の蔭の熊笹の中に呻吟うめき倒れて居るところを尋ね当てゝ、肩に掛けて番小屋迄連れ帰つて見ると、手当も何も届かない程の深傷ふかで
破戒 (新字旧仮名) / 島崎藤村(著)
うん水司又市あーア何うも彼奴あいつは兇悪な奴だ、今に悪事を重ねる事で有るか、何う致してもなア、医者を呼んで手当をして遣ろうが、中々の深傷ふかでで有るて、なれどもしっかり致せよ
敵討札所の霊験 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
思い設けぬ狼藉ろうぜきに、四人のものは深傷ふかでを負いながらも、刀を抜いてかかってみたけれどもすでに遅かった、僅かに相手を傷つけたのみで、四人もろともに田楽刺しになってその場に相果てたが
金さんは深傷ふかでで逃げ延ることが出来ないから切腹するといふ。
諦らめアネゴ (新字旧仮名) / 坂口安吾(著)
五体は傷だらけだが、致命的な深傷ふかではまずないという。まなこは一度開いたが、またすぐまぶたを閉じてしまった。もとより気息もあるやなし。
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「それが不思議なんだ。どうしても見えねえ。これだけ深傷ふかでを負はせたんだから、わざ/\引つこ拔きでもしなきア、死骸が刄物を脊負つて居る筈だ」
そればかりではない、彼女自身にも人には言えない深傷ふかでを負わせられていた。彼女は長い骨の折れた旦那の留守をした頃に、伜のよめとしばらく一緒に暮した月日のことを思出した。
ある女の生涯 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)