死屍しし)” の例文
そういう時にいつでも結局いちばん得をするのは、こういう犠牲者の死屍ししにむちうつパリサイあたりの学者と僧侶そうりょたちかもしれない。
自画像 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
山は焼け、渓水たにみず死屍ししで埋もれ、悽愴な余燼よじんのなかに、関羽、張飛は軍をおさめて、意気揚々、ゆうべの戦果を見まわっていた。
三国志:07 赤壁の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
そこで今晩彼女らが、死体公示所へ行って諸君の死屍ししを見分けんとするのを、初めからさせないようにしてはどうか。
さびしい海岸の一角に、まだ生あたゝかい死屍ししを、たゞ一人で見守っていることは、無気味な事に違いなかった。
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
「かような始末ではござる。死屍しし鞭打むちうつようで心苦しいが、申さなければかえって疑惑を増すであろう」
附近の草木は枯死こしし、鳥獣の死屍しし累々るいるいたるのが見えた。不図ふと、死の谷へ下りようという峠のあたりに人影が見えた。人間らしくはあったがまさしく怪物であった。
科学時潮 (新字新仮名) / 海野十三佐野昌一(著)
矢よりもこのほうが確実に漢軍の死傷者を増加させた。死屍しし纍石るいせきとでもはや前進も不可能になった。
李陵 (新字新仮名) / 中島敦(著)
それには同じく従軍した知名な画家が死屍ししのそばに菖蒲あやめが紫に咲いているところを描いていた。
田舎教師 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
すると、その戦後の状態がまた大変で、三枚橋のあたりから黒門くろもんあたりに死屍ししが累々としている。
すべての感覚が解放され、物の微細な色、におい、音、味、意味までが、すっかり確実に知覚された。あたりの空気には、死屍ししのような臭気が充満して、気圧が刻々にたかまって行った。
猫町:散文詩風な小説 (新字新仮名) / 萩原朔太郎(著)
歪んだ鉄格子の空に、きょうも外の空地に積みあげた死屍ししからの煙があがる。
原爆詩集 (新字新仮名) / 峠三吉(著)
この時ようよう起き上ったのが土方歳三で、彼は悲憤の涙で男泣きのていです。打ち落された刀を拾い取って同志十三人の死屍しし縦横たる中へ坐り直し、刀を取り直して腹に突き立てようとする。
今年の元旦の『大阪朝日』に笠原かさはら医学博士が前野良沢まえのりょうたくとゲエテとの事を書かれた美しい一文を読むと、良沢が明和八年四月四日に千住せんじゅ骨ヶ原こつがはら杉田玄白すぎたげんぱく中川淳庵なかがわじゅんあんと、婦人の死屍ししの解剖に立会い
新婦人協会の請願運動 (新字新仮名) / 与謝野晶子(著)
そしてその花のかたまりの中にむずと熱した手を突っ込んだ。死屍ししから来るような冷たさが葉子の手に伝わった。葉子の指先は知らず知らず縮まって没義道もぎどうにそれをつめも立たんばかり握りつぶした。
或る女:2(後編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
言わんか、「死屍ししに鞭打つ。」言わんか、「窮鳥を圧殺す。」
HUMAN LOST (新字新仮名) / 太宰治(著)
その死屍ししは古井戸の中に捨てられたのであった。
怪異黒姫おろし (新字新仮名) / 江見水蔭(著)
死屍しし水かかずしてよく浮く
渾沌未分 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
見えるかぎりのものは、残雪の泥土と、るいるいたる死屍ししだった。破れた旗、いたずらにむなしき矢柄やがら、折れたやり、すべては泊兵の残骸ではないか。
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
大体彼は建築道楽で、寛正かんしょうの大飢饉に際し、死屍しし京の賀茂川を埋むる程なのに、新邸の造営に余念がない。
応仁の乱 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
「斯樣な始末では御座る。死屍ししむちうつやうで心苦しいが、申さなければかへつて疑惑を増すであらう」
つまり、共にひどく死に、そして傷ついて、この海底は死屍ししるいるいとなるであろう。
海底都市 (新字新仮名) / 海野十三(著)
少女をえがき、空想を生命とした作者が、あるいは砲煙ほうえんのみなぎる野に、あるいは死屍ししの横たわれる塹壕ざんごうに、あるいは機関砲のすさまじく鳴る丘の上に、そのさまざまの感情と情景をじょした筆は
田舎教師 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
堀秀政がいうと、秀吉は、さもあろうとうなずいた。そしてそれらの死屍ししのあいだを歩いて、すぐ山を降って行きながら、こう連歌れんがの上の句を口誦くちずさんだ。
新書太閤記:08 第八分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
死屍ししはずかしめず」ということわざを忘れたわけではなかったが、非戦闘員である彼等市民の上に加えられた昨夜来さくやらいの、米国空軍の暴虐振りに対して、どうにも我慢ができなかったのだった。
空襲葬送曲 (新字新仮名) / 海野十三(著)
光安入道は、味方の死屍ししのあいだを駈けながら、なお、生き残って防いでいる兵や将を見るたびにいった。
新書太閤記:02 第二分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
橋上すでに渦巻いて、血はおばしまにとび、ほりにながれ、死屍ししを踏む者、また死屍へ重なり合うとき、明智方は彼方のほりばたから、銃をそろえて城兵を狙撃そげきし出した。
新書太閤記:07 第七分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
こういう新兵器は朝廷の禁軍ならでは持っていないもので——実際に見舞われたのも初めてなほどだった。泊軍はただなだれを打ち、はや累々るいるい死屍ししを出して
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
謙信みずから死屍ししをこの地へうずめに来たとあれば、信玄もこころよく思い残りなき一戦をして見しょう。——道鬼、その戦いに、啄木たくぼくの戦法を試みんと思うがどうじゃ
上杉謙信 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
硝煙は蜿蜒えんえんたるさくをつつみ、まるで蚊の落ちるように、その下に甲軍の兵馬は死屍ししを積みかさねた。
新書太閤記:05 第五分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
甘寧は、鐘鼓しょうこを鳴らして、船歌高く引きあげたが、戦がやんでも、黄濁な大江の水には、破船の旗やら、焼けたかじやら、無数の死屍ししなどが、洪水のあとのように流れていた。
三国志:07 赤壁の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
三番大隊・四番大隊・五番大隊、どこを歩いても酸鼻さんびを極めていた。意気はなおさかんなものがあったが、一戦ごとに、一日何度となく、死屍しし負傷者は運ばれてくるし、病人はふえる。
日本名婦伝:谷干城夫人 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
山下の木戸や、せいぜいが仁王堂附近まで進んでは、死屍ししに死屍を積み、もう黒バミめた山紅葉より可惜あたらに、たくさんな兵を散り急がせては、どっと退却を繰返すにすぎなかった。
私本太平記:04 帝獄帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
草は食えるが、敵の死屍ししかてにならない。ここ魏の陣気をはるかにうかがうに、おそらく大敗のこと、洛陽に聞えて、敵は思いきった大軍をもって、ここをたすけにくるにちがいない。
三国志:11 五丈原の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
いくさんだといっても、まだ素槍や素刀は、この辺を中心に、附近の山野を残党狩りに駈けまわっているし、死屍ししは、随所に、横たわっていて、鬼哭啾々きこくしゅうしゅうといってもよい新戦場である。
宮本武蔵:02 地の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
彼は、賢いので、こういう噂に対しても、自分から先に口を出して、死屍しし鞭打むちうつようなことばは決して吐かなかったが、近習の同輩が、あれこれと、佐久間父子のうわさをしてわらうと
新書太閤記:06 第六分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
蕭々しょうしょうたる戦野の死屍ししは、いたずらに、寒鴉かんあを歓ばすのみであった。
三国志:03 群星の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「無数の死屍ししとむろうて来たせいか、すこし酒気が欲しい」
新書太閤記:05 第五分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)