梧桐あおぎり)” の例文
末造の据わっている所からは、二三本寄せて植えた梧桐あおぎりの、油雑巾で拭いたような幹が見えている。それから春日燈籠かすがどうろうが一つ見える。
(新字新仮名) / 森鴎外(著)
梧桐あおぎりの葉などは、いつもならば、黒くしなびてカラ/\と一風に散つて了ふのであるが、今年はそれすら美しく黄ばんだ色を見せてゐる。
初冬の記事 (新字旧仮名) / 田山花袋田山録弥(著)
袖やすそのあたりが、恰度ちょうどせみころものように、雪明りにいて見えて、それを通して、庭の梧桐あおぎり金目かなめなどの木立がボーッと見えるのである
雪の透く袖 (新字新仮名) / 鈴木鼓村(著)
が、日は無心に木犀もくせいにおいをかしている。芭蕉ばしょう梧桐あおぎりも、ひっそりとして葉を動かさない。とびの声さえ以前の通り朗かである。
戯作三昧 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
梧桐あおぎりの緑をつづる間から西に傾く日がまだらにれて、幹にはつくつく法師ぼうしが懸命にないている。晩はことによると一雨かかるかも知れない。
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
最初に軒端の廻燈籠まわりどうろう梧桐あおぎりに天の河を配した裏絵を出したら幸運にそれが当選した。その次に七夕棚たなばただなかなんかを出したら今度は見事に落選した。
明治三十二年頃 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
築山風なかえでの樹の間へも持って行き、すっかり葉が落ちて幹肌みきはだのあらわな梧桐あおぎりの根元のところへも持って行った。
桜の実の熟する時 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
「あの木は暫く見ないうちに随分大きくなったもんだね。」と云って青々とした芽を出している梧桐あおぎりを指した。
恩人 (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
種は柔かな綿のようなものに包まれて静かにこぼれている。そうして梧桐あおぎりのようなあの大きな葉は、がらがらならともかくも、ささやく音は立てようとも思われぬのである。
長塚節氏の「春雨になまめきわたる庭の内に愚かなりける梧桐あおぎりの木か」という歌は、その芽立の遅いところ、他の木におくれてなお芽吹かずにいる有様をんだのであるが
古句を観る (新字新仮名) / 柴田宵曲(著)
加山と波越は、目で語りながら、火除地ひよけちの道を木蔭から木蔭へ縫っていた。江戸の火除地には、梧桐あおぎりがたくさん植え付けてあって、俗に、桐畠ともいうくらい樹が多かった。
牢獄の花嫁 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
土庇が出ている茶がかった客間なので、庭の梧桐あおぎりの太い根元にその根をからめて咲き出ている山茶花さざんかの花や葉のあたりを暖かく照らしている陽は、座敷の奥まで入って来ない。
二人いるとき (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
梧桐あおぎりの影深く四方竹の色ゆかしく茂れるところなどめぐめぐり過ぎて、ささやかなる折戸を入れば、花もこれというはなき小庭のただものさびて、有楽形うらくがた燈籠とうろうに松の落葉の散りかかり
五重塔 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
その隣——一番奥のお滝の部屋は、四通八達で窓には格子もなく雨戸を開けると鼻の先に梧桐あおぎりが一本あって、丈夫な男ならそれを伝わって二階の奥の六畳に行けないこともありません。
銭形平次捕物控:245 春宵 (新字新仮名) / 野村胡堂(著)
それならこれはたしかに一種の名誉の戦死だと思い、すぐ私は二階へ上って加藤家の方を見降した。しかし、家中は葉を落した高い梧桐あおぎりの下でひっそりと物音を沈めているばかりだった。
睡蓮 (新字新仮名) / 横光利一(著)
梧桐あおぎりの広葉が眼の下に見え、灰色にくすんだ運動場は雨の底にしぶいていた。
白い壁 (新字新仮名) / 本庄陸男(著)
今朝けさ起きて見ると、裏庭うらにわ梧桐あおぎりの下に犬が一ぴき横になって居る。寝たのかと思うと、死んで居るのであった。以前もと時々内のピンに通って来たきつね見た様な小柄こがらの犬だ。デカがみ殺したと見える。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
それは木が揺れてこの石燈籠を倒すのを恐れたからである。この梧桐あおぎりは画面の外にあるか、それとももうとうの昔になくなっているかもしれない。
庭の追憶 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
日の光をいっぱいに浴びた庭先には、葉の裂けた芭蕉ばしょうや、坊主になりかかった梧桐あおぎりが、まきや竹の緑といっしょになって、暖かく何坪かの秋を領している。
戯作三昧 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
豊三郎はすわったまま手をのばして障子しょうじを明けた。すると、つい鼻の先で植木屋がせっせと梧桐あおぎりの枝をおろしている。
永日小品 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
長い廊下の縁は足の裏に冷やかに、本堂のそばの高い梧桐あおぎりからは雨滴あまだれが泣くように落ちた。
田舎教師 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
庭は一隅ひとすみ梧桐あおぎりの繁みから次第に暮れて来て、ひょろまつ檜葉ひばなどにしたた水珠みずたまは夕立の後かと見紛みまごうばかりで、その濡色ぬれいろに夕月の光の薄く映ずるのは何ともえぬすがすがしさをえている。
太郎坊 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
お粂は、新見弥七郎のために、襟がみをつかまれ、ずるずると、大きな梧桐あおぎりのしたへ引きずられていた。新見は、その樹の根へ、彼女をくくり附けてしまうつもりらしい。両手をじ上げて
新編忠臣蔵 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
こう敷石があって、まん中に何だか梧桐あおぎりみたいな木が立っているんです。両側はずっと西洋館でしてね。
片恋 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
それからまた低気圧が来て風が激しくなりそうだと夜中でもかまわず父は合羽かっぱを着て下男と二人で、この石燈籠のわきにあった数本の大きな梧桐あおぎりを細引きで縛り合わせた。
庭の追憶 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
二階の階段、長い廊下、教室の黒板、硝子窓から梢だけ見える梧桐あおぎり、一つとして追懐ついかいの伴わないものはなかった。かれらはその時分のことを語りながらあっちこっちと歩いた。
田舎教師 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
宵々よいよいに見る星の光が夜ごとに深くなって来た。梧桐あおぎりの葉の朝夕風に揺ぐのが、肌にこたえるように眼をひやひやと揺振ゆすぶった。自分は秋に入ると生れ変ったように愉快な気分を時々感じ得た。
行人 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
日吉は、梧桐あおぎりの幹から、背を横へすべらして、びっくりした眼をひらいた。
新書太閤記:01 第一分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
梧桐あおぎりが坊主になったある朝、彼は突然自分をとらえて、「君の兄さんは近頃どうだね」とまた聞いた。こう云う彼の質問に慣れ切っていた自分も、その時ばかりは余りの不意打にちょっと返事を忘れた。
行人 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
梧桐あおぎりの下に、りかかって、日吉は居眠っていた。
新書太閤記:01 第一分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)