扇子おうぎ)” の例文
清葉は前刻さっきから見詰めた扇子おうぎで、お孝の魂が二階から抜けて落ちたように、気を取られて、驚いて、抱取る思いがしたのである。
日本橋 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
「此処らは最早もう在所ざいしょだもの。竹藪は多い筈さ——京都は団扇うちわ扇子おうぎの産額が日本一だからね。藪が大財源だから枯らさないように竹専門の産業技師を置いてある」
ぐうたら道中記 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
それに汝は屋敷を出る時七軒町の曲り角で中根善之進を討って立退たちのいたるは汝に相違ない、其の方の常々持って居た落書らくがき扇子おうぎが落ちて居たから、たしかに其の方と知っては居れど
敵討札所の霊験 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
置忘れた紫の女扇子おうぎ銀砂子ぎんすなごはしに、「せい」としたのを見て、ぞっとした時さえ、ただはるかにその人の面影をしのんだばかりであったのに。
神鷺之巻 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
たしかに其の浪人が持って居りました扇子おうぎで見覚えが有ります、どうか先生を武術修行のお方とお見受け申して、お頼み申しますが、助太刀をなすってかたきを討たして下さいませんか
菊模様皿山奇談 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
連れて不忍しのばず蓮見はすみから、入谷いりやの朝顔などというみぎりは、一杯のんだ片頬かたほおの日影に、揃って扇子おうぎをかざしたのである。せずともいい真似をして。
栃の実 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
私が改めてお頼み申す訳ではないが、山平殿、中根善之進殿を討ったは水司又市と私は考える、の日逐電して行方知れず、落書らくがきだらけの扇子おうぎが善之進殿の死骸の側に落ちて有ったが
敵討札所の霊験 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
扇子おうぎを開いてふたをした。紺青こんじょうにきらきらと金が散る、こけに火影の舞扇、……極彩色の幻は、あの、花瓶よりも美しい。
卵塔場の天女 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
焼火箸を脇の下へ突貫つきぬかれた気がしました。扇子おうぎをむしってちょうとして、勿体ない、観音様に投げうちをするようなと、手がしびれて落したほどです。
神鷺之巻 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
紅葉こうよう先生は、その洋傘が好きでなかった。さえぎらなければならない日射ひざしは、扇子おうぎかざされたものである。従って、一門のたれかれが、大概たいがい洋傘を意に介しない。
栃の実 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
と、さし俯向うつむいて、畳んだ扇子おうぎで胸をおさえた。撫肩なでがたがすらすらと、すすきのように、尾上の風になびいたのである。
と言うとともに、手錬てだれは見えた、八郎の手は扇子おうぎを追って、六尺ばかり足が浮いたと思うと、宙で留めた。墓石台に高く立って、端然と胸を正したのである。
卵塔場の天女 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
お千世が、その膝を抱くように附添って、はだけて、のすくお孝の襟を、掻合かきあわせ、掻合せするのを見て、清葉は座にと着きあえず、扇子おうぎで顔を隠して泣いた。
日本橋 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
……地蔵が化けて月のむら雨に托鉢たくはつをめさるるごとく、影おぼろに、のほのほと並んだ時は、陰気が、毛氈もうせんの座を圧して、金銀のひらめく扇子おうぎの、秋草の、露も砂子も暗かった。
木の子説法 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
扇子おうぎかなめで、軽く払うにつれて、弱腰に敷くこぼれ松葉は、日にあか曼珠沙華まんじゅしゃげの幻を描く時、打重ねた袖の、いずれ綿薄ければ、男のかすりも、落葉に透くまで、すすきかんざししずかである。
今圧えた手は、帯がゆるんだのではなく、その扇子おうぎを、一息探く挿込んだらしかった。
妖術 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
扇子おうぎをつかって、トントンと向うの段を、天井の巣へ、鳥のようにひらりと行く。
開扉一妖帖 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
扇子おうぎだけ床几に置いて、渋茶茶碗を持ったまま、一ツつまもうとした時であった。
草迷宮 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
と、何の苦労も、屈託も無さそうなその清葉が、扇子おうぎとともに、身を震わした。
日本橋 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
仏蘭西フランスの港で顔を見たより、瑞西スウィッツルの山で出会ったのより、思掛けなさはあまりであったが——ここに古寺の観世音の前に、紅白の絹に添えた扇子おうぎの名は、築地の黒塀を隔てた時のようではない。
灯明之巻 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
扇子おうぎかざし、胸を反らしてじっと仰いだ、美津の瞳は氷れるごとく、またたさもせずみはるとひとしく、笑靨えくぼさっと影がさして、爪立つまだつ足が震えたと思うと、唇をゆがめた皓歯しらはに、つぼみのような血をんだが
南地心中 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
と胸を斜めに、帯にさし込んだ塗骨の扇子おうぎも共に、差覗さしのぞくようにした。
婦系図 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
丘の周囲まわりを、振袖の一行——稚児髷ちごまげに、友染ゆうぜんの袖、たすきして、鉄扇まがいの塗骨の扇子おうぎを提げて義経袴よしつねばかま穿いた十四五の娘と、またおなじ年紀としごろ……一つ二つは下か、若衆髷わかしゅまげに、笹色の口紅つけて
が、それは天気模様で、まあ分る。けれども、今時分、扇子おうぎは余りお儀式過ぎる。……踊の稽古けいこ帰途かえりなら、相応したのがあろうものを、初手しょてから素性のおかしいのが、これで愈々いよいよ不思議になった。
妖術 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
その、そのお悦の姿が、くっきりとやや小さく見えた時と、かさなり合って、羽衣の袖が扇子おうぎとともに床に落ちて、天人のハタと折敷く、その背を、お悦が三つ四つ平手で打った……と私は見たが。……
卵塔場の天女 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
紫の袖が解けると、扇子おうぎが、柳の膝に、ちょうと当った。
貝の穴に河童の居る事 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
もの書いて扇子おうぎへぎ分くる別哉わかれかな 芭蕉
河伯令嬢 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
と、扇子おうぎを抜いて、風をくれつつ
開扉一妖帖 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)