凡下ぼんげ)” の例文
「近日は然るべき種姓は凡下ぼんげに下され、国民等は立身せしむ。自国・他国皆此くの如し。是れ併しながら下極上かごくじょう(下剋上)の至なり」
まことに唯一詞ひとこと。当の姫すら思い設けなんだことばが、匂うが如く出た。貴族の家庭の語と、凡下ぼんげの家々の語とは、すっかり変って居た。
死者の書 (新字新仮名) / 折口信夫(著)
舟が川の中ほどへ出た頃、乗合いのうちにいたひとりの侍が、小商人や百姓たちを、無智の凡下ぼんげとあわれむように見くだして云った。
新書太閤記:10 第十分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
運命が善いの惡いのと云つて、女々しい泣事を列べつゝ、他人の同情を買はんとするが如き形迹を示す者は、庸劣凡下ぼんげの徒の事である。
努力論 (旧字旧仮名) / 幸田露伴(著)
それは比べものにならぬ程凡下ぼんげの功利主義より高尚だといおうか。私にはそんな心持は通じない。高尚だといえばいう程それがうそに見える。
惜みなく愛は奪う (新字新仮名) / 有島武郎(著)
親鸞聖人しんらんしょうにん以来であり、しかもその祖師は、苦難をなされはしたが、もとが上流の出であり、いかなる場合にも凡下ぼんげとはおなじでなく、おがまれ通してきた血であることだ。
九条武子 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
凡下ぼんげや一般の庶民は別として、公家堂上家の生活は風流韻事いんじに耽けるか、仏教の信仰にうちこむか、いずれにしてもスタイルが万事を支配する形式主義の時代だったが、そういうなかにあって
無月物語 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
竹田が刻意励精はさる事ながら、俗人を感心させるには、かう云ふ事にまさるものなし。大家たいかの苦心談などと云はるるうち、人の悪き名人が、凡下ぼんげの徒を翻弄ほんらうする為に仮作したものも少くあるまい。
雑筆 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
沙羅双樹さらさうじゆしろき花ちる夕風に人の子おもふ凡下ぼんげのこゝろ
舞姫 (新字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
「おかげで獄中におる多くの凡下ぼんげどもの首が救われました。あとは楮幣ちょへいの流通をさかんにしてみせるだけが、道誉の責任にございまする」
ほしいままに放つて置いて、而も、湧然として動き来り、心を掠め去る瞬間の影である。ある態度の生活者に限つて達し得る心境ではなく、凡下ぼんげの者の飽満の上にも来る響きであつた。
そこには上品とか聡明とかいうことからはるかに遠ざかった多くの vulgarity が残っているのを私自身よく承知している。私は全く凡下ぼんげな執着に駆られて齷齪あくせくする衆生しゅじょうの一人に過ぎない。
惜みなく愛は奪う (新字新仮名) / 有島武郎(著)
法城は呪詛じゅその炎に焼かれざるはなく、百姓、商人、工匠たくみたちの凡下ぼんげは、住むべき家にもまどい、飢寒きかんに泣く。——まず、そうした世の中じゃ。
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
ぶっきら棒な答えでしかなかったが、彼ら凡下ぼんげ推量おしはかりで、殿を軽んじるようではならぬと考え直したか、また自分からこう語り初める——
私本太平記:11 筑紫帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
その間にも、輿こしを担う凡下ぼんげは姿を消し、荷を持つ小者や駕籠かごの者も次々に逃げ去り、いつか人数は半分に、またその半分に減ってしまった。
新書太閤記:06 第六分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
どんな凡下ぼんげな者でも、つまらなそうな人間からでも、彼は、その者から、自分よりまさる何事かを見出して、そしてそれをわがものとして来た。
新書太閤記:10 第十分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
だが、凡下ぼんげの興は、実質である。博奕ばくちとしてしかこれを見ない。闘う鶏のながす血に、自分にとっても血以上の、銭をかけて、かたずをのむのだ。
「なに、むかしむしろを織っていた凡下ぼんげが、ついに漢中王の名を冒したというか。憎むべき劉備の不遜ふそん、あくまで、この曹操と互角に対峙たいじせん心よな」
三国志:09 図南の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「——といって、従四位藤原朝臣あそんと、痩せても枯れても、位階があれば、雑人ぞうにんや、凡下ぼんげの娘を、妻にも持てず……」
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
水のみなぎっている雨の夜など、よく凡下ぼんげの酔っぱらいなどが落ちこんで、中には溺死した暢気者のんきものすらある濠であった。
新書太閤記:07 第七分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
いってみれば、百敷ももしき大宮人おおみやびとたちの貴族文化に張り合って、ここの人びとが身相応に誇って持つ唯一の楽園なのである。凡下ぼんげ地下人ちげびとだけの花の都なのだ。
「まあ、はっきり、仰っしゃって下さい。凡下ぼんげの私たちは、心配なんです。海と陸の両方から、この都へ、火を放って、どっと暴れこまれては堪りません」
平の将門 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
麒麟きりんの頭にもつのがある。蒼龍そうりゅうの頭にも角はある。凡下ぼんげの者が見るのは凶になるが、将軍のような大勇才度のある人が見るのは実に大吉夢といわねばならん。
三国志:11 五丈原の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
と、金鳳きんぽう御輿みこしにある人と、板ぶき小屋に生れついた凡下ぼんげとをひきくらべて、ついうらやましくも見たであろう。
私本太平記:01 あしかが帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
ちかごろ、六条、二条などの河原では、凡下ぼんげやからが、やたらに落首らくしゅをたてることが流行はやりでございますが、そのうちにこんなのもあったとか聞きおよびます……
なべて、高貴な上淫に異様な、妄念にこがれるのは凡下ぼんげのつねで、そのささやきは、餓鬼が壁をへだてて、隣の食物のにおいに美味を想像するのと異ならない。
平の将門 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
逃げるをまた追いまくられて、野鼠のおかげで全軍の三分の一しか生きて還らなかったという噂なども、——半ば、面白げに、宿駅の凡下ぼんげたちに沙汰さたされている。
源頼朝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
ただ不届きな凡下ぼんげとのみ見て、これを河原で首斬るなどは、見せしめにならんで、かえって御新政への怨嗟えんさになる——。これは、お辺のいうのが、ほんとのようだ
「おもしろい。まさしゅう、ここでは釜は鍋に先を越されたわ。だが、凡下ぼんげどものごとは、吉兆だぞ。高氏にはありがたい声だ。天が人を以ていわしめるものか」
私本太平記:01 あしかが帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
しかし、豪邁ごうまいなる天皇をお父ぎみに持った御不幸といってもよかろう。いじらしいお別れにみえたのは義良親王であった。凡下ぼんげの子なら遊びざかりの十二でしかない。
私本太平記:13 黒白帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
いや禽獣きんじゅうにすら見られないこと。なぜか人間だけにかかっている人間業にんげんごうです。これを、凡下ぼんげが演じるならまだ知らず。——朝廷おんみずからやってどうなりましょうか
私本太平記:10 風花帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
凡下ぼんげども!」竹や、棒を持ったわらじばきの役人が、汗によごれながら、群衆を、叱ってゆく。
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
そして折々、そこの門には、ぬしの知れぬくるまの着く夜などあって、口さがない町の凡下ぼんげたちは
源頼朝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
時の大臣おとどであろうが、親王、摂家せっけの高貴であろうが、片ッぱしから、ごくつぶしの、無能呼ばわりして、まるでそこらの凡下ぼんげ共より劣る馬鹿者視して、罵りやまないことだった。
平の将門 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
無智な凡下ぼんげどもの沙汰すること、取るにも足らんが、ここに居合わす中堂の方々にも一応聞いていただく必要があるし、また、汝らのいう誤った見方は、世上を害するものだ。
宮本武蔵:05 風の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
しかるに、蜀も取りながら、まだ荊州をお返しなきは、いわゆる飽くなき貪慾、凡下ぼんげだに恥ずる所業といわれても仕方がありますまい。ましてや人の師表に立つ御方ではないか。
三国志:09 図南の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
凡下ぼんげの臆測でもあるが、ここ三年つづきの法勝寺行幸やら、また、このたびの東大寺、興福寺、春日御社参ごしゃさんといったような車駕のお忙しさは、そも何のためか、理解にくるしむ。
私本太平記:02 婆娑羅帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「一城を率いる者、それは器で足りよう。一郡を治める者、それも器でよい。だが、三千世界の知識碩学せきがく、乃至、不覊狷介ふきけんかい、乃至、愚婦懦夫だふ、あらゆる凡下ぼんげまでを容れるには、器では盛りきれまい」
新書太閤記:09 第九分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
さあるからには、まつりごと諸事、心やすい。智者賢人もくるめて人はおよそ凡下ぼんげなものと思う。……が、凡下といえど、底の底には、事あらば涙ともき、怒れば天もつ、霊の泉をみな胸に持っておる。
新書太閤記:09 第九分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
すぐるとし、元亀二年の秋、叡山えいざん焼打の折には、この光秀も一手の先鋒せんぽうを命ぜられ、山上の根本中堂、山王二十一社、そのほかの霊社仏塔、ことごとくをほのおとなし、刃向う僧兵のみか、稚子ちご上人しょうにん凡下ぼんげ高僧
新書太閤記:07 第七分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
腰のひくい凡下ぼんげだ。職人ばかま烏帽子えぼしをかぶっている。
宮本武蔵:05 風の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
『この、凡下ぼんげめら、また寄るか』
「この凡下ぼんげどもめ!」
宮本武蔵:04 火の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)