“いつは”のいろいろな漢字の書き方と例文
カタカナ:イツハ
語句割合
僞37.5%
偽25.0%
詐17.5%
佯10.0%
矯2.5%
五葉2.5%
欺2.5%
欺陽2.5%
(注) 作品の中でふりがなが振られた語句のみを対象としているため、一般的な用法や使用頻度とは異なる場合があります。
取出し見れば最早(もはや)顏(かほ)に劔難(けんなん)の相(さう)顯(あらは)れたれば然ば明日は病氣と僞(いつは)り供を除き捕手(とりて)の向はぬ内に切腹(せつぷく)すべしと覺悟(かくご)を極め大膳の許(もと)へ使(つかひ)を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
今夜も、泊れない事はないが、もう、君を偽(いつは)つては悪い気がして、僕はさつきから早く帰るべきだと、自分に云ひきかしてゐた。信州へ行くのは本当なンだ。
浮雲 (新字旧仮名) / 林芙美子(著)
そを母上に語れば、母上は又友なる女どもに傳へ給ひき。そが中には、われまことにさる夢を見しにはあらねど、見きと詐(いつは)りて語りしもありき。
わが見たるところによれば彼は血と怒りの人なりき、この時罪人これを聞きて佯(いつは)らず、心をも顏をも我にむけ、悲しき恥に身を彩色(いろど)りぬ —一三二
神曲:01 地獄 (旧字旧仮名) / アリギエリ・ダンテ(著)
衞國(ゑいこく)の法(はふ)、竊(ひそか)に君(きみ)の車(くるま)に駕(が)する者(もの)は罪(つみ)、(一〇七)刖(げつ)に至(いた)る、既(すで)にして彌子(びし)の母(はは)病(や)む。人(ひと)聞(き)き、往(ゆ)いて夜(よる)之(これ)を告(つ)ぐ。彌子(びし)矯(いつは)つて君(きみ)の車(くるま)に駕(が)して出(い)づ。
君(きみ)曰(いは)く、「我(われ)を愛(あい)するかな、其口(そのくち)を忘(わす)れて我(われ)を念(おも)ふ」と。彌子(びし)色(いろ)衰(おとろ)へて愛(あい)弛(ゆる)び、罪(つみ)を君(きみ)に得(う)るや、君(きみ)曰(いは)く、「是(こ)れ嘗(かつ)て矯(いつは)つて吾(わ)が車(くるま)に駕(が)し、又(また)嘗(かつ)て我(われ)に食(くら)はすに其(その)(一〇八)餘桃(よたう)を以(もつ)てせり」
しぐれは、いまのまに歇(や)んで、薄日(うすび)がさす……楓(かへで)の小枝(こえだ)に殘(のこ)つた、五葉(いつは)ばかり、もみぢのぬれ色(いろ)は美(うつく)しい。こぼれて散(ち)るのは惜(をし)い。手(て)を伸(の)ばせば、狹(せま)い庭(には)で、すぐ屆(とゞ)く。
湯どうふ (旧字旧仮名) / 泉鏡花、泉鏡太郎(著)
ここに建振熊の命權(たばか)りて、「息長帶日賣の命は、既に崩りましぬ。かれ、更に戰ふべくもあらず」といはしめて、すなはち弓絃(ゆづら)を絶ちて、欺(いつは)りて歸服(まつろ)ひぬ。
軍(いくさ)を聚めしかども、軍をえ聚めざりしかば、仕へまつらむと欺陽(いつは)りて、大殿を作りて、その殿内(とのぬち)に押機(おし)を作りて待つ時に、弟宇迦斯(おとうかし)まづまゐ向へて、拜(をろが)みてまをさく