“矯(いつは)” の例文
衞國(ゑいこく)の法(はふ)、竊(ひそか)に君(きみ)の車(くるま)に駕(が)する者(もの)は罪(つみ)、(一〇七)刖(げつ)に至(いた)る、既(すで)にして彌子(びし)の母(はは)病(や)む。人(ひと)聞(き)き、往(ゆ)いて夜(よる)之(これ)を告(つ)ぐ。彌子(びし)矯(いつは)つて君(きみ)の車(くるま)に駕(が)して出(い)づ。
君(きみ)曰(いは)く、「我(われ)を愛(あい)するかな、其口(そのくち)を忘(わす)れて我(われ)を念(おも)ふ」と。彌子(びし)色(いろ)衰(おとろ)へて愛(あい)弛(ゆる)び、罪(つみ)を君(きみ)に得(う)るや、君(きみ)曰(いは)く、「是(こ)れ嘗(かつ)て矯(いつは)つて吾(わ)が車(くるま)に駕(が)し、又(また)嘗(かつ)て我(われ)に食(くら)はすに其(その)(一〇八)餘桃(よたう)を以(もつ)てせり」