香奠こうでん)” の例文
半七はすぐに紋七をよび出して訊くと、いま来た男はかの根岸の叔母の使で、紋作の香奠こうでんとして金五両をとどけて来たのだと云った。
半七捕物帳:38 人形使い (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
そして二つの白い棺の前にうやうやしく礼拝らいはいしたのち、莫大な香奠こうでんを供えた。彼がそのまま帰ってゆこうとするのを、人々はたって引留めた。
(新字新仮名) / 海野十三(著)
墓地の入費などは不明ですが、今度の当座の入費と御香奠こうでんがえしぐらいは、よそから来た分と私たちの分とで十分にすむと考えられます。
「だから主人も、持って逃げた金は、香奠こうでんにして、示談になったに違いないよ。そうすれば、娘を身売りすることもないからね」
雲霧閻魔帳 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
それでも、砂利会社からの慰藉金いしゃきんや、同僚達からの香奠こうでんなどを寄せると、伝平夫婦の手には、百円ばかりの金が残った。
(新字新仮名) / 佐左木俊郎(著)
「一職人に対して、前例のないことじゃが、」用人は、つづけて、「百両の香奠こうでん、ありがたくお受けしまするように。」
「いくら不景気の世の中でも、二円の香奠こうでんは包めなくなった。お前たちのかあさんが達者たっしゃでいた時分には、二円も包めばそれでよかったものだよ。」
分配 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
私は先生が死んだら香奠こうでんを沢山出すことに決心して辞し去った。しかし先生も抜け目がない。翌日、維持会加入の勧誘を活版刷りの手紙で寄越した。
ガラマサどん (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
たがいによくも辛抱したものだと、我ながら仏様のめえで感心しているところなんだ、——おっとどっこい、拝むのは御自由だが、香奠こうでんを忘れちゃいけねえよ
香奠こうでんや出産見舞に職工が一々「礼状」を書かせられて、食堂の入口に貼られるカラクリが嘲笑された……。
工場細胞 (新字新仮名) / 小林多喜二(著)
赤坊が死んでから村医は巡査にれられてようやくやって来た。香奠こうでん代りの紙包を持って帳場も来た。提灯ちょうちんという見慣れないものが小屋の中を出たり這入はいったりした。
カインの末裔 (新字新仮名) / 有島武郎(著)
戦争いくさで死ぬかもしれんから香奠こうでんと思って餞別せんべつをくれろ、その代わり生命いのちがあったらきっと金鵄きんし勲章をとって来るなんかいって、百両ばかり踏んだくって行ったて。
小説 不如帰  (新字新仮名) / 徳冨蘆花(著)
彼等の一人なるYから、亡父の四十九日というので、彼の処へも香奠こうでん返しのお茶を小包で送って来た。
子をつれて (新字新仮名) / 葛西善蔵(著)
と皆に挨拶をして香奠こうでんと書いた白紙しらかみの包みを仏前に供えうやうやしく礼拝して帰ったので皆顔を見合わせた。
近世快人伝 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
それもいが、蝋燭だの線香だの香奠こうでんだのと云ってうちうち一杯いっぺいに積んで山のようになりました、金でも持って来ればいに、食えもしねえ蝋燭なんぞを持って来て
業平文治漂流奇談 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
そこで、帳面や香奠こうでんをしまつしていると、向こうの受付にいた連中が、そろってぞろぞろ出て来た。そうして、その先に立って、赤木君が、しきりに何か憤慨している。
葬儀記 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
死ねば頓死とんしさ。そうなりゃ香奠こうでんになるんだね。ほほほほほ。香奠なら生きてるうちのことさ。此糸さん、初紫さん、香奠なら今のうちにおくんなさいよ。ほほ、ほほほほ
今戸心中 (新字新仮名) / 広津柳浪(著)
いくらにでも金にすればよいので、時価なぞにかまっていないよいお得意なのだから、彼らの番頭はうやうやしく町人ばかまをはき、手代をともにつれて香奠こうでんをもって悔みにくる。
多額の香奠こうでんをまき上げられるし、警察からはひどく叱られた上に、探偵狂扱いにされるし、諸戸はこの事件にかかり合ったばっかりに、散々な目に会わされたのであるが、併し
孤島の鬼 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
杢若がその怪しげなる蜘蛛くもの巣を拡げている、この鳥居の向うの隅、以前医師いしゃの邸の裏門のあった処に、むかし番太郎と言って、町内の走り使人つかいとき、非時の振廻ふれまわり、香奠こうでんがえしの配歩行くばりある
茸の舞姫 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
香奠こうでんを送りましたら、弟からの便りに、長年世話になったことの礼を述べ、終り間際にもお宅のことばかりいっていて、あなた様方の御寿命の長久を祈りますと遺言して、安らかに息を引取った
鴎外の思い出 (新字新仮名) / 小金井喜美子(著)
なまじっかな見舞金や香奠こうでん金子きんす百円とか、葡萄酒ぶどうしゅ三本位を片足代とか何んとかいって番頭長八が持参したりしては、全く仏壇からぬっと青い片足を出して気絶でもさせてやりたくなりはしないか。
お柳のが来たときに、お増からも別にいくらかの香奠こうでんを贈ったのであったが、兄はそのころ、床についた妹を、ろくろくいい医者にかけることも出来ないほど、手元が行き詰っているらしかった。
(新字新仮名) / 徳田秋声(著)
「お俊、係り合いだから、香奠こうでんを包んでくんねえ」
香奠こうでんをやると、おぼしめして——」
南国太平記 (新字新仮名) / 直木三十五(著)
用意して来た線香の箱に香奠こうでんの紙包みを添えて出すと、女房は嬉しそうに、気の毒そうに受け取って、これも丁寧に礼を述べた。
「左太松にはさんざんな目に逢っているから、香奠こうでんの外には百も出せない——あべこべに、千両近い金を返して貰いたいくらいのものだ、とこう言うんです」
この坊ちゃんをわたしに売って頂戴。千円上げます。ちょうど今日中の上りだかぐらいあるでしょ。親方へ上げる妾の香奠こうでんよ。ね……いいでしょ……いけないの……。いいわ。
超人鬚野博士 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
なんでもこの記事に従えば、喪服もふくを着た常子はふだんよりも一層にこにこしていたそうである。ある上役うわやくや同僚は無駄むだになった香奠こうでんを会費に復活祝賀会を開いたそうである。
馬の脚 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
おぬしの香奠こうでんとして進ぜますゆえ、これをお心残りの年寄りがあるならその年寄りへ、また回向えこうとして、先祖の寺へ納めてくれというならばそのお寺へ、必ずお届け申しておくが
宮本武蔵:05 風の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
そして二十三日午前に逝去せいきょした。かつて知人の死去のおりに持参する香奠こうでんがないとて
樋口一葉 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
うっかり持ってくな、香奠こうでんにやるのだ、手前の命の手付にやるのだからそう心得ろ
業平文治漂流奇談 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
香奠こうでん金四拾円)
海野十三敗戦日記 (新字新仮名) / 海野十三(著)
独り者であるから、仲間の友達や近所の者があつまって葬式とむらいを出すことになった。関口屋でも自分の家作内かさくないであるから、店の者に香奠こうでんを持たせて悔みにやった。
半七捕物帳:55 かむろ蛇 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
昨日きのう、東京の近江屋おうみやの御主人からお香奠こうでんに添えてこのようなお手紙(略)が参りました。
ドグラ・マグラ (新字新仮名) / 夢野久作(著)
あっしは財布をたたいて香奠こうでんを置いて来ましたがね、昨夜ばかりはこの財布にせめて三両でも五両でも入っていたらと、情けなくなりましたよ——穴のあいたのが、五、六枚じゃ
おなじ穴のむじな友達が出て殊勝らしく応待して、包んで来た香奠こうでんの包みをもってはいると、そんな事は知らない姉じゃ人が、日頃厄介をかける札差の番頭が来たというので挨拶に出て
哀悼くやみのことばを申しあげ、香奠こうでんも用意いたして
新編忠臣蔵 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
この上は正面から魚屋へ押し掛けて、徳蔵夫婦の様子を探るよりほかは無いと思ったので、半七はそこらの紙屋へ寄って、黒い水引みずひきと紙とを買って香奠こうでんの包みをこしらえた。
半七捕物帳:13 弁天娘 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
それから、忌中の家へ手ブラで行く法はないから、これは少しばかりだが香奠こうでんの印だ
「新聞で見てビックリしました。香奠こうでん十円送ります」
父杉山茂丸を語る (新字新仮名) / 夢野久作(著)
「それじゃ、これだけでも受けて下さい。ほんの私の寸志、香奠こうでんの代りだが——」
「線香の側、——香奠こうでんじゃありませんよ」