頤鬚あごひげ)” の例文
それは森の大入道の尨毛の頭に生えた髪の毛だ。その首の下部したには頤鬚あごひげが水に洗はれてをり、頤鬚あごひげの下も、頭髪かみのけの上も高い青空だ。
彼は自分の頤鬚あごひげよりも、むしろその堂々たる体格の方を自慢にしている。というのが、牝山羊も頤の下にちゃんと鬚を生やしているからである。
博物誌 (新字新仮名) / ジュール・ルナール(著)
つい最近退職したばかりの軍人のよくするように、口髭くちひげだけをたくわえて、頤鬚あごひげは今のところきれいにり落としている。
ハンメル・ランクバック男爵閣下は、頬髯ほおひげ口髭くちひげとをはやし、頤鬚あごひげってる、さっぱりとした小さな老人であった。
そして毛ぶかい頤鬚あごひげ口髭くちひげをブルブルふるわせながら、低声こごえの皺がれ声で何かブツブツいっていた。どうやら警官の取扱いに憤慨しているらしかった。
蠅男 (新字新仮名) / 海野十三(著)
それにつづいては小体こがらな、元気げんきな、頤鬚あごひげとがった、かみくろいネグルじんのようにちぢれた、すこしも落着おちつかぬ老人ろうじん
六号室 (新字新仮名) / アントン・チェーホフ(著)
白い仕事着を着た頤鬚あごひげのある、年若な、面長な顏の弟子らしい人と男達の話して居る間に、自分は眞中に置かれた出來上らない大きい女の石膏像を見て居た。
巴里の旅窓より (旧字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
髪もこんなぶざまな剃髪トンシュアなどにしていないで、襟まで垂れている髪を波のようにちぢらせて、立派に伸びた頤鬚あごひげまでもたくわえて、優雅な風采でいられるのに……
頭が禿げ、額が高く、黒い頤鬚あごひげをはやし、なでつけることのできない荒い口髭くちひげをはやしてる、相当な服装をしたひとりの市民が、通行人に公然と弾薬を配っていた。
顔も大きいが身体からだも大きくゆったりとしている上に、職人上りとは誰にも見せぬふさふさとした頤鬚あごひげ上髭うわひげ頬髯ほおひげ無遠慮ぶえんりょやしているので、なかなか立派に見える中村が
鵞鳥 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
ノックして入って来たのは、モーニングを着た、頤鬚あごひげのある、四十年配の立派な紳士でした。
焔の中に歌う (新字新仮名) / 野村胡堂(著)
わけても正面敷皮の上に寛々と胡座こざした武士はひときわ威風四辺あたりを払って、一座の頭目と一眼で知れた。雪のように白い頤鬚あごひげを垂らし、頭髪を紫の茶筅ちゃせんに取り上げ茶の胴服をまとっていた。
蔦葛木曽棧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
翌日あくるひの朝種彦は独り下座敷したざしきなる竹の濡縁ぬれえんに出て顔を洗い食事を済ましたのちさえ何を考えるともなく折々毛抜けぬき頤鬚あごひげを抜きながら、昨夜ゆうべ若い男女の忍びったあたりの庭面にわもせ茫然ぼんやり眼を移していた。
散柳窓夕栄 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
なんと、棕櫚しゆろのみところに、一人ひとりちひさい、めじりほゝ垂下たれさがつた、青膨あをぶくれの、土袋どぶつで、肥張でつぷり五十ごじふ恰好かつかうの、頤鬚あごひげはやした、をとこつてるぢやありませんか。なにものともれない。
人魚の祠 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
かけた脊の高い、少し猫脊のような人で頤鬚あごひげ
真珠塔の秘密 (新字新仮名) / 甲賀三郎(著)
かれ容貌ようぼうはぎすぎすして、どこか百姓染ひゃくしょうじみて、頤鬚あごひげから、べッそりしたかみ、ぎごちない不態ぶざま恰好かっこうは、まるで大食たいしょくの、呑抜のみぬけの、頑固がんこ街道端かいどうばた料理屋りょうりやなんどの主人しゅじんのようで
六号室 (新字新仮名) / アントン・チェーホフ(著)
三人の暴徒が彼女らに手伝っていた。髪の毛が長くて頤鬚あごひげ口髭くちひげとのあるたくましい男どもで、リンネル女工のような手つきで布をり分けながら、彼女らをおびえさしていた。