闇黒やみ)” の例文
道理で、辻斬りが流行はやるというのにこのごろはなお何かに呼ばれるように左膳は夜ごとの闇黒やみに迷い出る——もう一口ひとふりの刀さがしに!
丹下左膳:01 乾雲坤竜の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
四面楚歌そかのドイツのスパイだから、たちまち闇黒やみの中で処分されてしまうという段取りで、一度密偵団の上長じょうちょう白眼にらまれたが最後、どこにいても危険は同じことだ。
戦雲を駆る女怪 (新字新仮名) / 牧逸馬(著)
ほとんど闇黒やみ全體ぜんたいつゝまれてつたが、わたくし一念いちねんとゞいて幾分いくぶ神經しんけいするどくなつたためか、それともひとみやうや闇黒あんこくれたためか、わたくしからうじてその燈光ひかり主體ぬしみと途端とたん
その声が耳に止まった福太郎はフト足をめて、背後うしろ闇黒やみを振り返った。
斜坑 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
どさっと濁った音をたてて、棒が人の頭上に落ちたり、うす闇黒やみに鳶ぐちがひらめいたりするたびに、お高は、両手で顔をおおった。
巷説享保図絵 (新字新仮名) / 林不忘(著)
わたくし一心いつしん見詰みつめてあひだに、右舷うげん緑燈りよくとう左舷さげん紅燈こうとう甲板かんぱんより二十しやく以上いじやうたか前檣ぜんしやう閃々せん/\たる白色燈はくしよくとうかゝげたる一隻いつさうふねは、印度洋インドやう闇黒やみふてだん/″\と接近せつきんしてた。
一時、守人を忘れて、安が向こう側をにらんでいると、また一人、いつのまにか闇黒やみから現われて、その門前に立っている男がある。
つづれ烏羽玉 (新字新仮名) / 林不忘(著)
そうだ、意趣返しに相違ない、と一旦は景気づいてもみるが、つぎの刹那、藤吉はまた手の着け場所のない無明むみょう闇黒やみに堕ちるのだった。
土生仙之助がサッ! と顔色を変えたかと思うと、突如庭奥の闇黒やみから銀矢一閃、皎刃こうじんせいあるごとく飛来して月輪軍之助の胸部へ……!
丹下左膳:01 乾雲坤竜の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
落ちながら刀をはなさなかったので、濡れ燕を杖に、いたむ身をささえてやっと起きあがろうとすると、闇黒やみの中に声がした。
丹下左膳:02 こけ猿の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
と、もう闇黒やみの奥から笑って、来た時とおなじように庭に姿を消すが早いか、気をつけろ! と追いかけた忠相の声にもすでに答えなかった。
丹下左膳:01 乾雲坤竜の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
もう、凹地くぼちの家には水が出たらしく、あわただしく叫びかわす人声と、提灯の灯とが、物ものしく、闇黒やみに交錯していた。
あの顔 (新字新仮名) / 林不忘(著)
まっ黒な夜ぞらの下、銀の矢と降る雨、咆え狂う風の中を葛籠笠を傾けて、と、と、と——大次、たちまち闇黒やみに消えた。
煩悩秘文書 (新字新仮名) / 林不忘(著)
足が早いし、この闇黒やみの夜、ふっと消えうせるぐらい、安にとってはお茶の子さいさいだ。だからいやに鼻っぱしが強い。
つづれ烏羽玉 (新字新仮名) / 林不忘(著)
濃い小さな闇黒やみが、眼に近くしっくりと押し包んでいて、朝眼がさめたときのように、女が前後の事情を思い出すまでにはちょっとのまがあった。
つづれ烏羽玉 (新字新仮名) / 林不忘(著)
何だか知らないが、貰った物だから、礼を述べているうちに、渡した相手は、つぶてのように門を走り出て、またたく間に闇黒やみの底にまれてしまった。
魔像:新版大岡政談 (新字新仮名) / 林不忘(著)
口にすべくあまりに恐ろしい——闇黒やみにとざされて見えないが、おそらくこの時は、さすがの左膳も源三郎も、ともに顔色が変わっていたに相違ない。
丹下左膳:02 こけ猿の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
時々暗い個所ところで駕籠を停めて前棒が闇黒やみに隠れることがあったが、酒代さかてでも強請ねだりに客を追うのだろうくらいに考えて、辰は別に気にもとめなかったというが
月が隠れたから、五つ半の闇黒やみ前方まえを行く駕籠をともすれば呑みそうになる。三次は足を早めた。ひやりと何か冷たいものが頬に当った。みぞれになったのである。
愚楽老人が、全身をゆすぶって笑った時、庭の奥から闇黒やみの中を、こっちへ近づいてくる跫音が……。
丹下左膳:02 こけ猿の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
その、来いッ! が終った秒間びょうかん、フッ! 喬之助の吹く息とともに、落ちた——漆黒しっこく闇黒やみが室内に。
魔像:新版大岡政談 (新字新仮名) / 林不忘(著)
堀丹波ほりたんばの土塀に沿うてみぞれ橋という小橋があった。そのすこし手前でまたもや駕籠が停まったところを、三次は闇黒やみまぎれて追い越した。橋の上を老人らしい侍が行く。
ましてやたそがれどき、早や、清水のような闇黒やみがあたりをめはじめて、人通りはない。
魔像:新版大岡政談 (新字新仮名) / 林不忘(著)
二人で死体を運んで、三次と伊助、材木町通りのなかほどにある伊助の店江戸あられ瓦屋という煎餅屋へ帰って行った時は、冬の夜の丑満うしみつ、大川端の闇黒やみに、木枯こがらしが吹き荒れていた。
と頭をげて、大次郎は今さらのように、隣室のけはい、縁の闇黒やみへ注意を払った。
煩悩秘文書 (新字新仮名) / 林不忘(著)
その雨戸の真ん中辺へ何か固い物が外部そとからぶつかった音に相違ないのだ。初太郎は手早く桟を下ろして、雨戸を引いた。とたんに、湿気を含んだ濃い闇黒やみが、どっと音して流れ込む。
濃い闇黒やみが街を一彩ひといろき潰して、晴夜はれとともに一入ひとしおの寒気、降るようにとまでは往かなくとも、星屑が銀砂子を撒き散らしたよう、蒼白い光が漂ってはいるが地上へは届かないから
家臣らを押さえている間に、小信は闇黒やみを縫って庭伝いに屋敷を落ち延びたのだ。
煩悩秘文書 (新字新仮名) / 林不忘(著)
と叫んで、男が地団太じだんだ踏んだその刹那、程近い闇黒やみの奥から太い声がした。
病みほうけた源三郎が、片膝おこして追おうとしたとき、白鞘しらざやの刀を見るような丹下左膳の姿は、すでに部屋から、小庭から、そして木戸から、戸外そとのあかつきの闇黒やみへのまれさっていたのでした。
丹下左膳:03 日光の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
闇黒やみがひときわ濃いときがあるといいます。明け方の闇は、夜中の闇よりもいっそう深沈として——その暁闇ぎょうあんにつつまれた左膳、源三郎、萩乃の三人は、それぞれの立場で、凝然と考えこんだままだ。
丹下左膳:03 日光の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
急に立ちどまって、闇黒やみを通してお駒ちゃんの白い顔をみつめた。
巷説享保図絵 (新字新仮名) / 林不忘(著)
大川の流れが、闇黒やみに、白く泡立っていた。