“身持(みもち)” の例文
又(また)かや此頃(このごろ)折(をり)ふしのお宿(とま)り、水曜會(すゐようくわい)のお人達(ひとたち)や、倶樂部(ぐらぶ)のお仲間(なかま)にいたづらな御方(おかた)の多(おほ)ければ夫(そ)れに引(ひ)かれて自(おの)づと身持(みもち)の惡(わる)う成(な)り給(たま)ふ
われから (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
その身持(みもち)や酒を飲む飲まないという特別な註まで、ちゃんと記入してある——要するに、見た眼にも気持のいいものであった。
なさず又母は樽見村(たるみむら)の百姓源兵衞の娘にて妹一人あり此妹に家を繼(つが)せ自分は傳吉の家へ嫁入(よめいり)せしに父源兵衞病死の後は妹お早身持(みもち)宜(よか)らず聟(むこ)を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
彼奴(きゃつ)め長久保(ながくぼ)のあやしき女の許(もと)に居続(いつづけ)して妻の最期(さいご)を余所(よそ)に見る事憎しとてお辰をあわれみ助け葬式(ともらい)済(すま)したるが、七蔵此後(こののち)愈(いよいよ)身持(みもち)放埒(ほうらつ)となり
風流仏 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
三月六日に優善は「身持(みもち)不行跡不埒(ふらち)」の廉(かど)を以て隠居を命ぜられ、同時に「御憐憫(ごれんびん)を以て名跡(みょうせき)御立被下置(おんたてくだされおく)」
渋江抽斎 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
嫉妬(しっと)ぶかい女というものはとかく家を乱しがちで、手におえないものであるが、反面ではそのために夫の身持(みもち)が制約され、おのずとかたくなるので、若いうちはうるさく思っていても
あの酔漢(よっぱらい)は丸山本妙寺(まるやまほんみょうじ)中屋敷に住む人で、元は小出(こいで)様の御家来であったが、身持(みもち)が悪く、酒色(しゅしょく)に耽(ふけ)り、折々(おり/\)は抜刀(すっぱぬき)などして人を威(おど)かし乱暴を働いて市中(しちゅう)を横行(おうぎょう)し、或時(あるとき)は料理屋へ上(あが)り込み
如何(どう)も身持(みもち)が善(よ)くない。
福翁自伝:02 福翁自伝 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
其方儀(ぎ)常々(つね/″\)身持(みもち)不行跡(ふぎやうせき)而已(のみ)成ず今度主税之助申付により島(しま)の死骸を弟願山と馴合(なれあひ)光明院へ捨置(すておき)に致其上主税之助に頼(たのま)れ建部郷右衞門伴(ばん)佐(すけ)十郎の兩人を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
身持(みもち)のよい者に運の実がなる程理に叶(かなっ)た幸福と無上に有難がり嬉(うれ)しがり、一も二もなく田原の云事(いうこと)承知して
風流仏 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
座敷(ざしき)へは婢女(をんな)ばかり出(だ)して私(わたし)は齒(は)が痛(いた)いの頭痛(づつう)のと言(い)つて、お客(きやく)の有無(あるなし)にかゝはらず勝手氣儘(かつてきまゝ)の身持(みもち)をして呼(よ)ばれましたからとて返事(へんじ)をしやうでもない、あれをば他人(ひと)は何(なん)と見(み)ましたか
この子 (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
其方夫(をつと)三五郎儀平生(へいぜい)身持(みもち)宜(よろし)からず重四郎と申合せ金兵衞の子分等(ら)三人を元栗橋燒場前に於て殺害(せつがい)し右死骸を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)