葡萄棚ぶどうだな)” の例文
それは彼が少年の頃、死別れた一人の姉の写真だったが、葡萄棚ぶどうだなの下にたたずんでいる、もの柔かい少女の姿が、今もしきりになつかしかった。
永遠のみどり (新字新仮名) / 原民喜(著)
入口の庭には葡萄棚ぶどうだながあり裏には野菜ばたけのあるような田舎風の家で、岸本は巴里の方から来た主婦や主婦の姪と一緒に成った。
新生 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
八幡やわたの町の梨畠に梨は取り尽され、葡萄棚ぶどうだなからは明るく日がさすようになった。玉蜀黍とうもろこしの茎は倒れて見通す稲田の眺望は軟かに黄ばんで来た。
草紅葉 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
柵の向うは廓外のしもたやの縁先になっていて、葡萄棚ぶどうだなやへちまの棚があって、柵には朝顔のつるなんかがからみついていた。
桜林 (新字新仮名) / 小山清(著)
隣家の葡萄棚ぶどうだな、打捨てて手を入れようともせぬ庭の雑草の中に美人草の美しく交って咲いているのも今更に目につく。
蒲団 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
これより先、じつは俺は足の先をすでにかじられかかったんだ。けれどもだ、縁の先には大きな葡萄棚ぶどうだながあって、来年新芽を吹きだしたら、俺は王侯おうこうの気持になれそうだ。
星座 (新字新仮名) / 有島武郎(著)
母屋のひさしから葉の厚い葡萄棚ぶどうだなを冠った通路を一筋隔てて、自然木に彫刻をした柱などで凝った風に建てられた湯殿は、先代からの遺物として、かなり古めかしいものであった。
かやの生立 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
僕は僕の生きている限り、あの池だの葡萄棚ぶどうだなだの緑色の鸚鵡おうむだのと一しょに、やはり夢に見る娘の姿を懐しがらずにはいられまいと思う。僕の話と云うのは、これだけなのだ。
奇遇 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
石榴ざくろの濃緑の葉が油光りして、そうしてその真紅の花が烈日を受けてかっと咲き、葡萄棚ぶどうだなの青い小粒の実も、日ましにふくらみ、少しずつ重たげな長いふさを形成しかけていた時に
薄明 (新字新仮名) / 太宰治(著)
うるわしい白雲が、眩惑げんわくせる人の眼にただ輝ける跡をのみ残して空をよぎってゆくように、流れ去る時間、春のものうさで人を包む、なま温かい息吹いぶき、肉体の金色の熱、日に照らされた愛の葡萄棚ぶどうだな
眼をかえすと、狛犬こまいぬだの、ごしょぐるまだの、百度石だの、灯籠だの、六地蔵だの、そうしたもののいろ/\並んだかげに、水行場みずぎょうばのつづきの、白い障子をたてたうちの横に葡萄棚ぶどうだなが傾いている。
雷門以北 (新字新仮名) / 久保田万太郎(著)
遥か奥のかたには、葉のやや枯れかかった葡萄棚ぶどうだなが、影をさかしまにうつして、此処ここもおなじ溜池ためいけで、門のあたりから間近な橋へかけて、透間すきまもなく乱杭らんぐいを打って、数限かずかぎりもない材木を水のままにひたしてあるが
三尺角 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
今朝大雪、葡萄棚ぶどうだなちぬ。
武蔵野 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
姉よ、あなたはいる、葡萄棚ぶどうだなの下のしたたる朝露のもとに。あんなに美しかったつかに嘗ての姿をとりもどすかのように、みんな初々ういういしく。
鎮魂歌 (新字新仮名) / 原民喜(著)
おおい冠さったような葡萄棚ぶどうだなの下には、清水があふれ流れている。その横にある高い土蔵の壁は日をうけて白く光っている。百合ゆりの花のにおいもして来る。
家:01 (上) (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
ただ勝手口につづく軒先のきさき葡萄棚ぶどうだなに、今がその花の咲く頃と見えて、あぶれあつまってうなる声が独り夏の日の永いことを知らせているばかりである。
つゆのあとさき (新字新仮名) / 永井荷風(著)
その微笑の意味が清三にはどうしてもわからなかった。学校では暑中休暇を誰もみんな待ちわたっている。暑い夏を葡萄棚ぶどうだなの下に寝て暮らそうという人もある。
田舎教師 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
その前には見事な葡萄棚ぶどうだながあり、葡萄棚の下には石をたたんだ、一丈ばかりの泉水がある。僕はその池のほとりへ来た時、水の中の金魚が月の光に、はっきり数えられたのも覚えている。
奇遇 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
外壁に取りついてる葡萄棚ぶどうだなの中には、小鳥のさえずりが起こってくる。
昔の家の裏にあった葡萄棚ぶどうだなの下にたたずんでいる少女の写真は、すぐに見つかった。これが、広島へ来るまで彼の念頭にあった、死んだ姉の面影だった。
永遠のみどり (新字新仮名) / 原民喜(著)
勝手口は葡萄棚ぶどうだなのかげになって日の光も和げられ、竹藪たけやぶの間から流れて来る風はひやりとするほどさわやかである。
つゆのあとさき (新字新仮名) / 永井荷風(著)
重い戸を閉めて置いて、三吉は蔵の石階いしだんを下りた。前には葡萄棚ぶどうだなや井戸の屋根がすずしそうな蔭を成している。横にある高い石垣の側からは清水も落ちている。
家:01 (上) (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
木小屋の前の空地あきち、池をおおう葡萄棚ぶどうだな、玉すだれや雪の下なぞの葉をたれる苔蒸こけむした石垣いしがきから、熟したくりの落ちる西の木戸の外の稲荷のほこらのあたりへかけて
夜明け前:04 第二部下 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
まだ一方には鉋屑かんなくず臭気においなどがしていた。湯場は新開の畠に続いて、硝子ガラス窓の外に葡萄棚ぶどうだなの釣ったのが見えた。青黒く透明な鉱泉からは薄い湯気が立っていた。
岩石の間 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
この家の土間は葡萄棚ぶどうだななどに続いて、その横に牛小屋が作ってある。三頭ばかりの乳牛ちちうしが飼われている。
千曲川のスケッチ (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
主婦は岸本のために何処どこからか机を借りて来て、それを二階の部屋の窓の側に置いてくれた。つるの延びて来ている葡萄棚ぶどうだなを越して窓の外にはバビロン新道が見えた。
新生 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
以前姉に連れられて見て廻った味噌倉も、土蔵の白壁も、達雄の日記を読んだ二階の窓も、無かった。梨畑なしばたけ葡萄棚ぶどうだな、お春がよく水汲みずくみに来た大きな石の井戸、そんな物は皆などうか成って了った。
家:02 (下) (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
林檎畠、葡萄棚ぶどうだななぞを渡って来る涼しい風は、私達の興を助けた。
千曲川のスケッチ (新字新仮名) / 島崎藤村(著)