粉黛ふんたい)” の例文
初更しよかういたるや、めるつまなよやかにきて、粉黛ふんたい盛粧せいしやう都雅とがきはめ、女婢こしもとをしてくだん駿馬しゆんめ引出ひきいださせ、くらきて階前かいぜんより飜然ひらりる。
唐模様 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
いささか粉黛ふんたいを施し、いささか彩色を加えていて、上品な皮肉をたたえ、媚態に富み、崇拝に価する——そういう婦人たちのだれかに。
神の剣 (新字新仮名) / パウル・トーマス・マン(著)
今なら女優というようなまぶしい粉黛ふんたいを凝らした島田夫人の美装は行人の眼を集中し、番町女王としての艶名は隠れなかった。
三十年前の島田沼南 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)
また、えり元から胸の守りというものを掛けて、それをふところに抱いていた。他には、金釵きんさい銀簪ぎんしんのかざりもないし、濃い臙脂えんじ粉黛ふんたいもこらしていなかった。
新書太閤記:02 第二分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
三時か四時ごろのカフェーにはまだ吸血鬼の粉黛ふんたいの香もなく森閑としてどうかするとねずみが出るくらいであった。
コーヒー哲学序説 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
彼女は生れつきの娥※がぼう靡曼びまんに加えて当時ひそかに交通のあった地中海沿岸の発達した粉黛ふんたいを用いていたので、なやましき羅馬ローマ風の情熱さえ眉にあふれた。
荘子 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
しかし、その人たちは、近代の華麗な軽佻けいちょうな歪められ過ぎたバッハを聞き馴らされ、バッハの粉黛ふんたいを施した一面だけを見ていたことを反省しなければならない。
この豊原一の宏壮な旅館だからかとも思ったが、まるで芸妓げいしゃのような美服を著、粉黛ふんたいしている。内地の何処の旅館に泊ったってこんな事はない。一々嬌笑する。
フレップ・トリップ (新字新仮名) / 北原白秋(著)
粉黛ふんたいをも施し例のはかまなども穿いておる、下々しもじものものが取乱したような醜態ではないに相違ない。
俳句はかく解しかく味う (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
「雨を帯びたるよそほひの、太液たいえきの芙蓉のくれなゐ、未央びおうの柳のみどりも、これにはいかでまさるべき、げにや六宮ろくきゅう粉黛ふんたいの、顔色がんしょくのなきもことわりや、顔色のなきもことわりや」
盲目物語 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
時のみかど中宮ちゆうぐう、後に建禮門院と申せしは、入道が第四のむすめなりしかば、此夜の盛宴に漏れ給はず、かしづける女房にようばう曹司ざうしは皆々晴の衣裳に奇羅を競ひ、六宮りくきゆう粉黛ふんたい何れ劣らずよそほひらして
滝口入道 (旧字旧仮名) / 高山樗牛(著)
人間の仲間入りをして社会の羈絆きはんの中に暮そうと思えばこそ、そこには粉飾もあれば粉黛ふんたいもあり、恥もあれば忍辱もあり、私の四十何年の憂鬱至極な生活の鬱積があり、感情の跼蹐きょくせきがあった。
陰獣トリステサ (新字新仮名) / 橘外男(著)
六宮リクキウ粉黛ふんたいも色を失はむ孔雀一たび羽尾はねひろげなば
河馬 (旧字旧仮名) / 中島敦(著)
と、豪奢ごうしゃをこらした城内の一室へ迎え入れたのです。多くの、後宮の女には、粉黛ふんたいをさせ、珠をかざらせ、がくそうし、ばんには、山海の珍味を盛って。
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
凝脂ぎょうし粉黛ふんたい、——そう言った言葉を私はプシホダの演奏から連想する。それは楊貴妃や姐妃だっきの美しさだ。粉飾と技巧の限りを尽して、外から美しさを盛り上げる方法だ。
白々とした粉黛ふんたいの顔に、パッと桃色の灯をうけながら、十四、五人の侍女こしもとたち、皆一つずつの燭台をささげ、闇を払って長廊下から百畳敷じょうじきの菊の間へ流れこんだ。
鳴門秘帖:01 上方の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
神ながらの声とも言うべきバッハの音楽が、粉黛ふんたいほどこされ、劇的ジェスチュアを与えられて、我々の耳に踊る世紀末的な姿はまことに我慢のならぬことであったのである。
かんむりには、插頭花かざしを付け、藤花ふじかおりをたもとに垂れ、おもてに、女のような粉黛ふんたいをなすくって、わいわいいっている公卿朝臣たちの——その何分の一かの人間は、要するに
「神仙の仙女とは、実に、この貂蝉のようなのをいうのだろうな。いま、郿塢城びうじょうにもあまた佳麗はいるが、貂蝉のようなのはいない。もし貂蝉が一笑したら、長安の粉黛ふんたいはみな色を消すだろう」
三国志:03 群星の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
粉黛ふんたいよそおらした美女が、彼のこぶのように厚い肩の肉をんでいる。
増長天王 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
烏帽子えぼしのかたちにも、衣服の色にも、洗練された神経が見られ、強装束こわしょうぞくという一種の風を作ったのも、鳥羽院からの流行であり、また、男性が、おもて粉黛ふんたいをほどこしたり、たもとにこうめるなども