稲荷様いなりさま)” の例文
聖天様しょうでんさまには油揚あぶらあげのお饅頭まんじゅうをあげ、大黒様だいこくさまには二股大根ふたまただいこん、お稲荷様いなりさまには油揚をげるのは誰も皆知っている処である。
その打囃うちはやす鳴物が、——向って、斜違すじかいの角を広々と黒塀で取廻わした片隅に、低い樹立こだちの松をれて、朱塗しゅぬりの堂の屋根が見える、稲荷様いなりさまと聞いた、境内に
陽炎座 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
稲荷様いなりさまへ伺いを立てたら、こりゃ、もう熊本をたっているという御託宣であったので、途中でどうかしはせぬだろうかと非常に心配していたのだと言う。
三四郎 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
おまえあって、あたし、というより、勿体もったいないが、おまえあってのお稲荷様いなりさま滅多めった怪我けがでもしてごらん、それこそ御参詣おさんけいが、半分はんぶんってしまうだろうじゃないか。
おせん (新字新仮名) / 邦枝完二(著)
細君が指輪ゆびわをなくしたので、此頃勝手元の手伝てつだいに来る隣字となりあざのおすずに頼み、きちさんに見てもらったら、母家おもやいぬい方角ほうがく高い処にのって居る、三日みっか稲荷様いなりさまを信心すると出て来る、と云うた。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
柿の木もあり、枇杷びわもあり、裏には小さな稲荷様いなりさまほこらもありました。竹の格子から外を見ているのと違って、ここでは勝手に遊ばれるので、学校の少し遠くなった位何でもないと思いました。
鴎外の思い出 (新字新仮名) / 小金井喜美子(著)
その女が中津に来て、お稲荷様いなりさまを使うことをしって居ると吹聴ふいちょうするその次第は、誰にでも御幣ごへいを持たして置て何か祈ると、その人に稲荷様が憑拠とっつくとか何とかいって、しきりに私のうちに来て法螺ほらふいて居る。
福翁自伝:02 福翁自伝 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
稲荷様いなりさまのは狐色と申すではないけれども、大黒天のは黒く立ちます……気がいたすのでございます。少し茶色のだの、薄黄色だの、曇った浅黄がございましたり。
菎蒻本 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
有難ありがとうはござんすが、おやませるおくすり人様ひとさまにおねがもうしましては、お稲荷様いなりさまばちあたります」
おせん (新字新仮名) / 邦枝完二(著)
「お稲荷様いなりさまのお賽銭さいせんに。」と、少しあれたが、しなやかな白い指を、縞目しまめの崩れた昼夜帯へ挟んだのに、さみしい財布がうこん色に、撥袋ばちぶくろとも見えずはさまって、腰帯ばかりがべにであった。
小春の狐 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
伊豆石いずいし御手洗みたらしあらったを、くのをわすれた橘屋たちばなや若旦那わかだんな徳太郎とくたろうが、お稲荷様いなりさまへの参詣さんけいは二のぎに、れの隠居いんきょ台詞通せりふどおり、つちへつかないあしかせて、んでたおせんの見世先みせさき
おせん (新字新仮名) / 邦枝完二(著)
しゅうおもいのおはしたはお稲荷様いなりさまへお百度を踏みにと飛出して、裏町へ回り焼芋を二銭買い、たもとれて御堂みどうに赴き、お百度をいいまえに歩行あるきながらそれをむしゃむしゃ、またと得難き忠臣なり。
貧民倶楽部 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
……わざとお賽銭箱さいせんばこを置いて、宝珠の玉……違った、それはお稲荷様いなりさま、と思っているうちに、こんな風に傘をさして、ちらちらと、藤の花だか、鷺だかの娘になって、踊ったこともあったっけ。
神鷺之巻 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)