真中まなか)” の例文
旧字:眞中
余は空を仰いで町の真中まなかたたずんだ。二週間の後この地を去るべき今の余も、病むからだよこたえて、とこの上にひとり佇ずまざるを得なかった。
思い出す事など (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
しかしてわれ今、しいて自らこの乙女を捨てて遠く走らんとす。この乙女を沙漠さばく真中まなかにのこしゆかんとす。これまことにわれの忍び得ることなるか。
わかれ (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
かおにさしたるくれないの色まだあせぬに、まばゆきほどなるゆう日の光に照されて、苦しき胸をしずめんためにや、このいただきの真中まなかなる切石に腰うちかけ
文づかい (新字新仮名) / 森鴎外(著)
今は恐ろしき沈黙はすでにとく破れて、雷鳴りでんひらめき黒風こくふう吹き白雨はくうほとばしる真中まなかに立てる浪子は、ただ身をして早く風雨の重囲ちょういを通り過ぎなんと思うのみ。
小説 不如帰  (新字新仮名) / 徳冨蘆花(著)
縁前ゑんまへのついそのもりに、朽木くちきついば啄木鳥けらつゝきの、あをげら、あかげらを二ながら、さむいから浴衣ゆかた襲着かさねぎで、朝酒あさざけを。——当時たうじ炎威えんゐ猛勢もうせいにして、九十三度半どはんといふ、真中まなかだんじたが
十和田湖 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
その自動車王が昨年だつたか、夏の真中まなかに友達のいくたりかと一緒に、自分の持地もちちである華盛頓ワシントン州のある森へ野宿に出かけたことがあつた。森に着くと、自動車王はすぐにシヤツ一枚になつた。
田植留守庭の真中まなかくわ置いて
六百五十句 (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
夜はことにはなはだしい。隣りの部屋も、下の風呂場も、向うの三階も、裏の山もことごとく静まり返った真中まなかに、余は絶えずこの音で眼を覚ました。
思い出す事など (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
われ近ごろ、たけ獅子しし巨蠎おろちと、沙漠の真中まなかにて苦闘するさまを描ける洋画を見たり。題して沙漠の悲劇というといえどもこれぞ、すなわちこの世の真相なるべきか。
わかれ (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
お村は昨夜ゆうべの夜半より、藪の真中まなか打込うちこまれ、身動きだにもならざるに、酒のしたひて寄来よりくの群は謂ふもさらなり、何十年を経たりけむ、天日てんじつ蔽隠おおひかくして昼なほくらき大藪なれば
妖怪年代記 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
空気きとおりたれば、残るくまなくあざやかに見ゆるこの群れの真中まなかに、馬車一輛とどめさせて、年若き貴婦人いくたりか乗りたれば、さまざまの衣の色相映じて、花一そう、にしき一団
文づかい (新字新仮名) / 森鴎外(著)
砲台の真中まなかに破裂せし敵の大榴弾だいりゅうだんの乱れ飛ぶにうたれて、尻居しりいにどうと倒れつつはげしき苦痛に一時われを失いしが、苦痛のはなはだしかりしわりに、脚部の傷は二か所とも幸いに骨をけて
小説 不如帰  (新字新仮名) / 徳冨蘆花(著)
真中まなか高々としてれし声
五百五十句 (新字旧仮名) / 高浜虚子(著)
しんしんとして、木蓮もくれん幾朶いくだ雲華うんげ空裏くうりささげている。泬寥けつりょうたる春夜しゅんや真中まなかに、和尚ははたとたなごころつ。声は風中ふうちゅうに死して一羽の鳩も下りぬ。
草枕 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
空気透徹すきとおりたれば、残るくまなくあざやかに見ゆるこの群の真中まなかに、馬車一輛いちりょうめさせて、年若き貴婦人いくたりか乗りたれば、さまざまのきぬの色相映じて、花一叢いっそう、にしき一団、目もあやに
文づかひ (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
しばらくして君とわれの間にあまれる一尋ひとひろ余りは、真中まなかより青き烟を吐いて金の鱗の色変り行くと思えば、あやしきにおいを立ててふすと切れたり。
薤露行 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
ほとんど憎げなる栗うり、やさしくいとほしげなるすみれうり、いづれもむれゐる人の間を分けて、座敷の真中まなか帳場ちょうばの前あたりまで来し頃、そこに休みゐたる大学々生らしき男の連れたる、英吉利種イギリスだね大狗おおいぬ
うたかたの記 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
かくすべての人に十の九まで見放された真中まなかに、何事も知らぬ余は、曠野こうやに捨てられた赤子あかごのごとく、ぽかんとしていた。苦痛なき生は余に向って何らの煩悶はんもんをも与えなかった。
思い出す事など (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
闇のひくか、光りの進むか、ウィリアムの眼の及ぶ限りは、四面空蕩くうとう万里の層氷を建て連らねたる如くほがらかになる。頭を蔽う天もなく、足を乗する地もなく冷瓏れいろう虚無の真中まなかに一人立つ。
幻影の盾 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)