狐疑こぎ)” の例文
歳子はさすがに狐疑こぎした。「これはどういふ青年なのであらう。兄がこの近所に学校の後輩の家があるといつたが、大方それだらうか。」
夏の夜の夢 (新字旧仮名) / 岡本かの子(著)
しかしながら狐疑こぎは待ちかまえていたように、君が満足の心を充分味わう暇もなく、足もとから押し寄せて来て君を不安にする。
生まれいずる悩み (新字新仮名) / 有島武郎(著)
そこに見られるえたる美、躊躇ちゅうちょなき勢い、走れる筆、悉くが狐疑こぎなき仕事の現れではないか。懐疑に強い者は、信仰に弱い。
工芸の道 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
こゝには神も人にまじはつて人間の姿人間の情をよそほつた。されば流れ出づる感情は往く處に往き、とゞまる處に止りて毫も狐疑こぎ踟蹰ちゝうの態を學ばなかつた。
新しき声 (旧字旧仮名) / 蒲原有明(著)
狐疑こぎしてるやうなその容貌ようばうとは其處そこあへ憎惡ぞうをすべき何物なにもの存在そんざいしてないにしても到底たうてい彼等かれら伴侶なかますべてと融和ゆうわさるべき所以ゆゑんのものではない。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
しかし正成はそんな狐疑こぎにとらわれているのではなかったのである。ちょっと思案のいろはあったが、後ろの蔦王へ
私本太平記:11 筑紫帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
二人の思いはただ、歩行や歌ってる血潮や吹きつける空気などの快さばかりに向いていた。アンナの舌はほどけてきた。彼女はもう狐疑こぎしてはいなかった。
私はその時自分の考えている通りを直截ちょくせつに打ち明けてしまえば好かったかも知れません。しかし私にはもう狐疑こぎという薩張さっぱりしないかたまりがこびり付いていました。
こころ (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
愚者にとりては狐疑こぎして決せざる場合にいくぶんの用ありとするも、余は古き『易経』などによるに及ばず、むしろ近世の学術上に考えて新法を作るがよいと考え
迷信と宗教 (新字新仮名) / 井上円了(著)
結局は、やればやり得る学位を、無用な狐疑こぎや第二義的な些末な考査からやり惜しみをするということが、こういう不祥事やあらゆる依怙沙汰えこざたの原因になるのである。
学位について (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
「はだしで来たわけじゃ、ないだろうね。」私はなおも、しつこく狐疑こぎした。甚だ不安なのである。
乞食学生 (新字新仮名) / 太宰治(著)
ただ彼には弱者の能力の程度がうまくみ込めず、したがって、弱者の狐疑こぎ躊躇ちゅうちょ・不安などにいっこう同情がないので、つい、あまりのじれったさに疳癪かんしゃくを起こすのだ。
そこで此歌でも、ごうもこだわりのない純粋な響を伝えているのである。もの云いに狐疑こぎが無く不安が無く、子をおもうための願望を、ただその儘に云いあらわし得たのである。
万葉秀歌 (新字新仮名) / 斎藤茂吉(著)
今まで文芸などに遊んでおった身で、これが果してできるかと自問した。自分の心は無造作にできると明答した。文芸を三、四年間放擲ほうてきしてしまうのは、いささかの狐疑こぎも要せぬ。
水害雑録 (新字新仮名) / 伊藤左千夫(著)
かりに其の詞をれて、つらつら経久がなす所を見るに、九六万夫ばんぷゆう人にすぐれ、よく士卒いくさ習練たならすといへども、九七智を用ふるに狐疑こぎの心おほくして、九八腹心ふくしん爪牙さうがの家の子なし。
一 事に臨み猶豫狐疑こぎして果斷の出來ざるは、畢竟憂國之志情薄く、事の輕重時勢に暗く、且愛情に牽さるゝによるべし。眞に憂國之志相貫居候へば、決斷は依て出るものと奉存候。
遺訓 (旧字旧仮名) / 西郷隆盛(著)
ここには何も異常な困難が呈示ていじされているのではなかった。かれをなえさせるのは、もう何物によっても満たされえぬどんよくとなって現われている厭気いやき——そこから来る狐疑こぎであった。
敵味方狐疑こぎの事、並びに薬師寺やくしじの兵城の囲みを解く事
技巧よりの解放、自然に托された創造、狐疑こぎなき自由、あの無駄なき単純、これらの美こそは多量より起る諸徳ではないか。
工芸の道 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
云い渡したが、なお狐疑こぎして、たれひとり出て来ようとはしない。眼と眼を見あわせ、仲間と仲間とささやき合い、依然、銭の山は置かれてあった。
新書太閤記:07 第七分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
すると自分の領分でない世界の中に迷い込んだ。また、みずから演劇の筋を立ててみることもあったが——(彼は何物にたいしても狐疑こぎしなかったのである)
愚者にとりては狐疑こぎして決せざる場合にいくぶんの用ありとするも、余は古き『易経』などによるに及ばず、むしろ近世の学術上に考えて新法を作るがよろしいと考え
迷信解 (新字新仮名) / 井上円了(著)
かつて叡智に輝やける眉間みけんには、短剣で切り込まれたような無慙むざんに深い立皺たてじわがきざまれ、細く小さい二つの眼には狐疑こぎほのおが青く燃え、侍女たちのそよ風ほどの失笑にも
古典風 (新字新仮名) / 太宰治(著)
敵味方狐疑こぎの事、並びに薬師寺やくしじの兵城の囲みを解く事
それにも、道誉はちょっと狐疑こぎした。が、すぐ手をあげて「みんな遠くで、暫時、休息していろ」と、いいつけた。
私本太平記:05 世の辻の帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
否、それが唯一の歩いている道路なのだ。不信や狐疑こぎは工藝に美を許さない。それは宗教においても同じである。
工芸の道 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
元来彼女には狐疑こぎ心がなかったし、嫉妬しっとの感情とはどんなものだかまだ知らなかった。彼女はすべてを与えるつもりでい、また代わりに何かを求めようとはしなかった。
お互い同じ祖先の血筋を感じ合い、同じ宿命に殉じましょうという深い諦念と理解に結ばれた愛情でもないという理由から、この王子の愛情の本質を矢鱈に狐疑こぎするのも、いけない事です。
ろまん灯籠 (新字新仮名) / 太宰治(著)
かれに、狐疑こぎ逡巡しゅんじゅんをいだかせ、その間に、われは心耳心眼をいで、いなき剣の行きどころを決する。
鳴門秘帖:03 木曾の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
そこには少しの狐疑こぎだにない。あの驚くべき筆の走り、形の勢い、あの自然な奔放ほんぽうな味わい。既に彼が手を用いているのではなく、何者かがそれを動かしているのである。
民芸四十年 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
滑稽こっけいにも、自分を理解させようとし、説明し、議論した。もとよりなんの役にもたたなかった。それには時代の趣味を改造しなければならなかったろう。しかし彼は少しも狐疑こぎしなかった。
さいごに三越にはいり、薬品部に行き、店の雑沓ざっとうゆえに少し大胆になり、大箱を二つ求めた。黒眼がち、まじめそうな細面の女店員が、ちらと狐疑こぎしわ眉間みけんに浮べた。いやな顔をしたのだ。
姥捨 (新字新仮名) / 太宰治(著)
「…………」提婆のことばには曖昧あいまいらしさがなかった。信じることをいっている眼であった。人々も彼の態度にその真剣さを見てから狐疑こぎを離れて熱心な耳を傾けだした。
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
クリストフはうれしくもあるがまだ多少狐疑こぎしながら、その様子をながめた。
……敵も、狐疑こぎしてか、急には近づかず、ただ遠巻きのうしおを、また山鳴りを、こだまにしていた。
私本太平記:08 新田帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
狐疑こぎされているのも、その作用の一波であり、丹羽長秀が調停にうごくと、北畠家の内部にも、忽ち、かれと旧縁のある人々が、和平派として排斥されたり、また、信雄自身が
新書太閤記:11 第十一分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
のみならず、眼は狐疑こぎをあらわし、あんにあんたやわれわれを、み恐れる風もみえた
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
陳登はそれより前に、城内へ帰っていたので、彼が狐疑こぎしているていを見ると
三国志:05 臣道の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「なんの狐疑こぎを」と、宇都宮公綱は、兵七百の先に立って
私本太平記:05 世の辻の帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
と、狐疑こぎしたままで、ついつい、追撃にも出ずにしまった。
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)