濶達かったつ)” の例文
男は、樺桜かばざくら直垂ひたたれ梨打なしうち烏帽子えぼしをかけて、打ち出しの太刀たち濶達かったついた、三十ばかりの年配で、どうやら酒に酔っているらしい。
偸盗 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
そこには枝葉を繁らす樹木もなく濶達かったつな青空もない。すべては発火点に達して、夢中になって狂躁曲を奏しているようにしか見えない。
こうして若い時から世の辛酸を嘗めつくしたためか、母の気性には濶達かったつな方面とともに、人を呑んでかかるような鋭い所がある。
私の父と母 (新字新仮名) / 有島武郎(著)
こういう自然の風物の中で強いて一つの作業をさせられるのは、さすがに濶達かったつな千歳にも俳優のロケーション染みて気がさした。
呼ばれし乙女 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
眼前の不可思議かくの如し、疑はしくは其刀を棄て、悪心をひるがえして仏道に入り、念々に疑はず、刻々に迷はざる濶達かったつ自在の境界に入り給へ。
ドグラ・マグラ (新字新仮名) / 夢野久作(著)
自由濶達かったつに、意見の開陳など、とてもできないのである。ええとか、はあとか、生返事していて、まるっきり違ったことばかり考えている。
酒ぎらい (新字新仮名) / 太宰治(著)
龍造寺主計はそういって、濶達かったつ哄笑こうしょうした。龍造寺主計の熱心な顔、黒味のふかい正直なが、お高の胸を苦痛にあえがせた。
巷説享保図絵 (新字新仮名) / 林不忘(著)
ならぬ、ならぬ、ならぬ、——長六閣下の濶達かったつな文字は、ひとつひとつ八字髯じひげをはやし、キッと口を結んでキャラコさんをにらみつけていた。
キャラコさん:03 蘆と木笛 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
この青根へ来てからの、疲れたような、力のぬけた表情はきれいに消え、以前のままの、濶達かったつさと明るさがあらわれてきた。
ここで旅の武松の姿を追って行くと、彼の大股は濶達かったつそのもの。日をへて、すでに陽穀県ようこくけんの一山の裾にさしかかっている。
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
ああ、濶達かったつ豪放なる滝の白糸! 渠はこのときまで、おのれは人に対してかくまで意気地いくじなきものとは想わざりしなり。
義血侠血 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
内藤駿河守正勝は初老を過ごすこと五つであったが、性濶達かったつ豪放で、しかも仁慈じんじというのだから名君の部に属すべきお方、しかし、欠点は豪酒にあった。
八ヶ嶽の魔神 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
津田は服装に似合わない思いのほか濶達かったつなこの爺さんの元気に驚ろくと同時に、どっちかというと、ベランメーに接近した彼の口の利き方にも意外を呼んだ。
明暗 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
あの温順おとなしい女にも、中々濶達かったつな所がある、所謂近江商人の血が流れて居る、とあとで彼等は語り合った。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
無邪気で明朗濶達かったつな一面があったことを證するに足りるのであるが、その一例として滑稽こっけいな逸話がある。
少将滋幹の母 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
同じ感慨にふけっていたからだろう。お長柄組ながえぐみにこの人ありと知られていた濶達かったつな大沼喜三郎は、深い呼吸を吐きだして、人々の思いを言葉にしたに過ぎないのだ。
石狩川 (新字新仮名) / 本庄陸男(著)
そういえば高木千恵子も疲れると男のように濶達かったつなイビキをかいていた。千恵子の夫はそれをどう思っているだろう。貞子のはずっとしずかないかにも女らしいイビキだった。
妻の座 (新字新仮名) / 壺井栄(著)
そこへゆくと久兵衛はまったく違い、性濶達かったつであり、その明快な性格にひとはおのずかられ込んで、彼の店にお百度ひゃくどを踏みつつあるのが現状だ。寿司屋久兵衛の魅力は大したものである。
握り寿司の名人 (新字新仮名) / 北大路魯山人(著)
濶達かったつ明朗で、智識と趣味も豊かに人生の足取りをさわやかに運んで行く、この青年紳士は、結婚して共に暮して行くのに華々しく楽しそうだった。
明暗 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
そこへ濶達かったつにはいって来たのは細い金縁の眼鏡をかけた、血色の好い円顔の芸者だった。彼女は白い夏衣裳なついしょうにダイアモンドを幾つも輝かせていた。
湖南の扇 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
たいそう豪放濶達かったつな人らしく、江戸でなにか乱暴な事をしたため、国許へ蟄居ちっきょさせられたのだ、などといううわさもあった。
風流太平記 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
妹の鈴江も濶達かったつの気象で、かつは風雅を好んだので、兄と一緒に弟子入りをしたが、女同士のことであって泉嘉門の娘お菊と、すぐに親しい仲となった。
娘煙術師 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
わば口重く舌重い、無器用な田舎者いなかものでありますから、濶達かったつな表現の才能に恵まれているはずもございません。
風の便り (新字新仮名) / 太宰治(著)
「ははははは……」と、それまで黙っていた阿波守は、いじけずにして濶達かったつで、若々しい居候の言葉が気に入ったらしく哄笑こうしょうした。そしてすぐに真顔になり
鳴門秘帖:01 上方の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
古い旗本はたもとの家で、ずっと濶達かったつなくらしをして来たせいで、六十を越えたこの年になっても、相変らず、派手で大まかで、元気いっぱいに、男のような口調でものをいう。
キャラコさん:06 ぬすびと (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
心はあかしてのたまわねど、いたくものおもいに沈ませたまい、軽快濶達かったつなりし昨日きのうに似ず、憂鬱ゆううつ沈痛になりたまえば、どうして良かろうと、ご家来も呆れ果ててぞいられける。
貧民倶楽部 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
が、顔よりもむしろ肌合が忰とは全く反対で、忰のみのるは陽気で濶達かったつな方であるが、父の広親は陰性の、謹厳と云う方の人であるらしく、つまり典型的な「京都人」なのであった。
細雪:03 下巻 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
直孝は明敏で濶達かったつな気性と、すぐれた健康にめぐまれていた、直政はこれこそ井伊家の世継ぎと思い、ひそかに伝来の采配さいはいを与えていたくらいである。
青竹 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
四十年の荒野の意識は、流石さすがに、たっぷりしています。君の感興を主として、濶達かったつに書きすすめて下さい。君ほどの作家の小説には、成功も失敗も無いものです。
風の便り (新字新仮名) / 太宰治(著)
養われている大気濶達かったつな風であり、悪くいえば財力を背景とし、経済的に訓練されたするどい智能が、どんな場合にも肚の底に人を喰った観察をなすほどな余裕をもっていることだった。
新書太閤記:07 第七分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「あの濶達かったつな若殿様が、そのためご苦労するようではお気の毒というものだ」
八ヶ嶽の魔神 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
すこし浪曼的ロマンチックで、自分の気に入ったことなら、なんでもすぐ夢中になってしまうという欠点があるが、お父さまはたいへん濶達かったつな方だし、兄弟もみな率直ないいひとたちばかりなので、その影響で
と、時平が持ち前の濶達かったつな笑いで打ち消した。
少将滋幹の母 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
津留がこのように活眼でみぬいているにも拘らず、泰三は依然として自由濶達かったつにとびまわっていた。彼は城の中でも外でも、殆んど全藩中の人と知り合った。
思い違い物語 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
いくらでも濶達かったつに書けるのだが、と一箇月まえから腹案中の短篇小説を反芻はんすうしてみて何やら楽しく、書くんだったら小説として、この現在の鬱屈の心情を吐露したい。
作家の像 (新字新仮名) / 太宰治(著)
御父の法皇がおられる方へと、やや濶達かったつに廊を渡っておいでだった。
私本太平記:08 新田帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
御弓矢槍奉行おゆみややりぶぎょう丹後守忠長たんごのかみただながはすぐに伺候した。家綱はまだ十九歳であるが、三代家光いえみつ濶達かったつな気性をうけてうまれ、父に似てなかなか峻厳しゅんげんなところがおおかった。
日本婦道記:箭竹 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
僕はあなたを、もっと濶達かったつな文化人だと思っていた。もっと軽快な、ものわかりのいい人だと思っていました。やがては僕の味方になってくれる人だろうとさえ思っていました。
新ハムレット (新字新仮名) / 太宰治(著)
長男が夭折ようせつしたため家督になおったのであるが、二男らしい濶達かったつな気性と、二十八歳という若さと藩主になってようやく五年、そろそろなにか始めそうなけぶりとで
いさましい話 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
濶達かったつなものだった。
帰去来 (新字新仮名) / 太宰治(著)
よくいえば濶達かったつな、悪くいえば粗暴な青年だった、江戸屋敷でもてあまされた結果、この国許の湖畔の館へ蟄居ちっきょさせられている、藤六もたびたび遠くから姿を見たことがあるが
足軽奉公 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
額や頬のあたりがとがって、以前のような濶達かったつさや、明るさが感じられない。席次の争いが、いかに彼を疲らせたかということがわかる。彼は神経をすり減らし、つねにいらいらと怒りやすくなった。