湯治とうじ)” の例文
それなら、湯治とうじにゆきなさるといい。ここから十三ばかり西にし山奥やまおくに、それはいいがあります。たに河原かわらになっています。
石をのせた車 (新字新仮名) / 小川未明(著)
云うのであろうそのうちには本音をくであろうともうそれ以上の詮議せんぎめて取敢とりあえず身二みふたつになるまで有馬へ湯治とうじにやることにした。
春琴抄 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
傷にきくという話であるが、別に病人が湯治とうじにきているのも見かけたことがない。かすかに特異の臭気はあるが、それも、強烈なものではない。
不連続殺人事件 (新字新仮名) / 坂口安吾(著)
その外にも、身体中に数ヶ所の刀傷があり、それが冬になると痛むので、こうして湯治とうじに来るのだといって、肌を脱いでその古傷を見せたりした。
二癈人 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
人力車から落されて少々怪我をいたし、打撲うちみで悩みますから、或人の指図で相州そうしゅう足柄下郡あしがらしもごおり湯河原ゆがわら温泉へ湯治とうじに参り、温泉宿伊藤周造いとうしゅうぞう方に逗留中
名人長二 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
まだ春が浅く、それにこんな淋しいところなので湯治とうじの客もすくなく、静かに勉強するにはうってつけの場所だった。
キャラコさん:03 蘆と木笛 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
「まだ四十両残るが、これはお静と俺が湯治とうじに行って、溜めた店賃たなちんを払って、残ったら大福餅の暴れ喰いでもするか」
箱根の湯本で湯治とうじしている時にかれた二人の縁が、本郷の妻恋坂の雨やどりで芽ぐみ、その後、自分は京の島原の生活から花園のわび住居ずまい、京都
大菩薩峠:21 無明の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
その頃は箱根へ湯治とうじに行くなんていうのは一生に一度ぐらいの仕事で、そりゃあ大変でした。いくら金のある人でも、道中がなかなか億劫おっくうですからね。
半七捕物帳:14 山祝いの夜 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
節穴の長四郎と私は湯治とうじに行くてえような有様で……そこで去年、その敵討というので、すっかり準備をして、長四郎と二人でね、暗闇祭に来ましたがね
怪異暗闇祭 (新字新仮名) / 江見水蔭(著)
そうして遠くから見ると、砂の中へ生埋いきうめにされた人間のように、頭だけ地平線の上に出していた。支那人の中には、実際生埋になって湯治とうじをやるものがある。
満韓ところどころ (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
ぬすんでいる時勢ではありませんでした。御僧はどうぞ、ごゆるりと湯治とうじしてお戻り下さい。それがしは、急に思い立つこともありますゆえ、一足先に立ちますから
新書太閤記:03 第三分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
娘さんは、隣りの宿屋に、病身らしい小学校二、三年生くらいの弟と一緒に湯治とうじしているのである。
俗天使 (新字新仮名) / 太宰治(著)
萎縮腎は一時くなりましたので、大晦日おおみそかには米や野菜を持って箱根へ湯治とうじにまいりました。
鴎外の思い出 (新字新仮名) / 小金井喜美子(著)
主翁はひどく碁が好きであったが、それは所謂いわゆ下手へた横好よこずきで、四もくも五目も置かなければならなかった。それでも三左衛門は湯治とうじの間の隙潰ひまつぶしにその主翁を対手あいてにしていた。
竈の中の顔 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
散歩のたのしみ、旅行の楽、能楽演劇を見る楽、寄席に行く楽、見せ物興行物を見る楽、展覧会を見る楽、花見月見雪見等に行く楽、細君を携へて湯治とうじに行く楽、紅燈こうとう緑酒りょくしゅ美人の膝を枕にする楽
墨汁一滴 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
小児こどもの病気とはいいながら、旅館と来ると湯治とうじらしく、時節柄人目に立つ。
沼夫人 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
(千里駒にはお龍が書生を伴ひて登山し逆鋒を抜き、後ち龍馬に叱られたりとあれど事実然らず)小松さんが霧島の湯治とうじに行つて居りまして私等も一処でしたが、或日私が山へ登つて見たいと云ふと
千里駒後日譚 (新字旧仮名) / 川田瑞穂楢崎竜川田雪山(著)
医師に勧められて三度湯治とうじに行った。そしてこの間彼の精神の苦痛は身体の病苦と譲らなかったのはすなわち彼自身その不健康なるだけにいよいよ将来の目的を画家たるに決せんともがいたからである。
小春 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
ここの地獄は、ただ一ヶ所であるが、地獄の大きくて湯の豊富なことは雲仙第一で、共同浴場ではあるが、そこに湯滝の設備があり、清潔でもあり、湯治とうじの目的には相応ふさわしいところであると思われた。
雲仙岳 (新字新仮名) / 菊池幽芳(著)
湯治とうじなどということばは、あみだ沢にはないのだった。
煩悩秘文書 (新字新仮名) / 林不忘(著)
ひややかや湯治とうじ九旬の峰の月
五百句 (新字旧仮名) / 高浜虚子(著)
番頭の病気が捗々はかばかしくなくて湯治とうじに出かけるというほどであったから、そのあとを主人も頼むようにし、当人も退屈まぎれの気になって、この女が今では
大菩薩峠:15 慢心和尚の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
二人の男は、夏の末からずっとこの宿に居続けの湯治とうじ客だ。一人は三十五六歳の、青白い顔が少し間延びして見える程面長で、従って、せ型で背の高い中年紳士。
吸血鬼 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
ぼくも、一かあさんを、湯治とうじにやってあげたいと、おもっているうちになくなられて、もう永久えいきゅう機会きかいがなくなってしまった。」と、正吉しょうきちは、歎息たんそくをもらしました。
世の中へ出る子供たち (新字新仮名) / 小川未明(著)
「御冗談で——三月になったら箱根へ湯治とうじに行く約束はしましたが、その話を小耳に挟んで、とんだことを言い触らした者があるのでしょう。本当に奉公人達というものは——」
旦那が手前てめえの病気は薬や医者では治らねえから、れからすぐ湯治とうじけ、おれが二十両るとおっしゃってお金を下すった、其の時分の弐拾両はたいしたものだ、其の金を貰って草津へ
ここでゆっくり湯治とうじしながら、よくよく将来のことを考えてみるがいい。おまえは、おまえの祖先のことを思ってみたことがあるか。おれの家とは、較べものにならぬほど立派な家柄である。
火の鳥 (新字新仮名) / 太宰治(著)
「はい、二十八丁と申します。旦那だんな湯治とうじ御越おこしで……」
草枕 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
思い立っているんですよ。あのね、盲目めくらの先生を湯治とうじに連れて行って上げたいと、そう思い立ったのが先で、それから冬物の仕度にとりかかりましたのです
大菩薩峠:21 無明の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
三階にいて私は、これから草津に湯治とうじにゆく、此の哀れな女の身の上のことなどを空想せられたのである。草津の湯は、皮膚のただれるように熱い湯であると聞いている。
渋温泉の秋 (新字新仮名) / 小川未明(著)
それを、旦那様に見せるのが、いやさに、こうして湯治とうじに来ているのだ。
白髪鬼 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
私はそのあくる日、信州の温泉地に向って旅立ったが、先生はひとり天保館に居残り、傷養生のため三週間ほど湯治とうじをなさった。持参の金子は、ほとんどその湯治代になってしまった模様であった。
黄村先生言行録 (新字新仮名) / 太宰治(著)
熱海から湯治とうじ帰りと聞いたもんですから、恐る恐る伺ってみますと、そこは江戸ッ児ですから、さらりとしたもので、以前のことなんぞは忘れて下すって、金公
大菩薩峠:26 めいろの巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
「いや、おぬしこそどうしていた、この物騒ものさわがしい世の中に悠々として湯治とうじとは」
大菩薩峠:08 白根山の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
熱海へ湯治とうじといっても、この女の仕事と、気性では、そう長く湯につかっているわけにゆかないから、今日でようやく一週間——早くも帰りの旅について、これはちょうど、根府川ねぶかわあたりでの物語。
大菩薩峠:26 めいろの巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)