毛孔けあな)” の例文
が、私の全身の毛孔けあなはたちまち外部へ向って開いて、そのすべてを吸収しはじめたのである。私は駐外武官ミリタリ・アタシエのようにタキシードの胸を張った。
踊る地平線:09 Mrs.7 and Mr.23 (新字新仮名) / 谷譲次(著)
ことに此のッといかりますと、毛孔けあなが開いて風をひくとお医者が申しますが、う云う訳か又く笑うのも毒だと申します。
敵討札所の霊験 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
そのうちによるもなかばになつたとおもふと、いへのあたりがにはかにあかるくなつて、滿月まんげつじつそうばいぐらゐのひかりで、人々ひと/″\毛孔けあなさへえるほどであります。
竹取物語 (旧字旧仮名) / 和田万吉(著)
姫の行くてには常に、二つの峰の並んだ山の立ち姿がはっきりとそびえて居た。毛孔けあなつようなおそろしい声を、度々聞いた。ある時は、鳥の音であった。
死者の書 (新字新仮名) / 折口信夫(著)
窓の外には乾燥し切った空気の中に、朝の光が朗かに照り、一つ一つの毛孔けあなが数えられるほど明るい。
痴人の愛 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
仙丹せんたんに練り上げて、それを蓬莱ほうらい霊液れいえきいて、桃源とうげんの日で蒸発せしめた精気が、知らぬ毛孔けあなからみ込んで、心が知覚せぬうちに飽和ほうわされてしまったと云いたい。
草枕 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
臥床ねどこに入ると、爪先から脈の音が聴えるようになりましたが、そうするとお母ろが、毛孔けあなから海の匂いを吹き入れてくれて、すっかり雲のように、わっしを包んでくれるんですよ
人魚謎お岩殺し (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
罪障深ざいしやうぶかいおまへの肌の毛孔けあなを海の風に吹かせて、わたしどもの爲に苦んでおくれ。
牧羊神 (旧字旧仮名) / 上田敏(著)
向ひには、皮膚のあらゆる毛孔けあなから脂肪を噴き出してゐるやうな、あから顔の大男が乗つてゐる。竪横たてよこしまのある茶色の背広服のぼたんが、なんだかちぎれさうなやうな気がして、心配である。
魔睡 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
あらゆる毛孔けあなが一時に息を吐いたやうだつた。明子はその秘密に気取けどられるのを嫌忌けんきするかの様にすばやく身をひるがえして自動車のステップを踏んだ。女は熱く湿つた呼吸をボアの羽根毛に埋め込んだ。
青いポアン (新字旧仮名) / 神西清(著)
「おや!」彼女は吃驚びっくりしたが、全身の毛孔けあな中から何か飛び出したような気がした。地上にはたちまち乳白色の雲煙が立ちめ、彼女はようやく気を鎮めたが、その小さいものも、もう啼きめていた。
不周山 (新字新仮名) / 魯迅(著)
葉子は思わず毛孔けあなが一本一本逆立さかだつほどの寒気さむけを感じた。
或る女:2(後編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
発汗した毛孔けあなを風に吹きまされたように、ふと
一つ一つの毛孔けあながふさがり
仏教人生読本 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
世間話しもある程度以上に立ち入ると、浮世のにおいが毛孔けあなから染込しみこんで、あか身体からだが重くなる。
草枕 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
甘いにおいのひやひやとした露が、毛孔けあなみ入る皮膚のよろこびは、格別であった。
秘密 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
旦暮あけくれ妻子眷属さいしけんぞく衣食財宝にのみ心を尽して自ら病を求める、人には病は無いものじゃ、思う念慮ねんりょが重なるによって胸に詰って来ると毛孔けあなひらいて風邪を引くような事になる、人間元来もと病なく
菊模様皿山奇談 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
穆順はゾッとして毛孔けあなをよだてた。
三国志:09 図南の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
明日の朝の八時はいつもの通り強い日が空にも山にも港にも一面に輝いていた。馬車をてて山にかかったときなどは、その強い日の光が毛孔けあなから総身そうしん浸込しみこむように空気が澄徹ちょうてつしていた。
満韓ところどころ (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
それだから毛孔けあなが横向であろうとも、下向であろうともいささか頓着なく十把一じっぱひとからげににぎっては、上の方へ引っ張り上げる。髯もさぞかし難儀であろう、所有主たる主人すら時々は痛い事もある。
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
エレーンはかすかなる毛孔けあなの末に潜みて、いつか昔しの様に帰らん。
薤露行 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)