ゆず)” の例文
大菩薩峠を下りて東へ十二三里、武州の御岳山みたけさんと多摩川を隔てて向き合ったところに、ゆずのよく実る沢井という村があります。
柚餅子ゆべしのやうな菓子には、鉄斎が洒脱しやだつな趣をもつたゆずの絵を描いて居た。柿羊羹を台にした菓子の中の紙には、石埭せきたいが柿の画に詩を添へて居た。
菓子の譜 (新字旧仮名) / 岩本素白(著)
柿の傍には青々としたゆずの木がもう黄色い実をのぞかせていた。それは日にんだ柿に比べて、眼覚めるような冷たさで私の眼を射るのだった。
闇の書 (新字新仮名) / 梶井基次郎(著)
「いき」な味とは、味覚の上に、例えば「きのめ」やゆずの嗅覚や、山椒さんしょ山葵わさびの触覚のようなものの加わった、刺戟しげきの強い、複雑なものである。
「いき」の構造 (新字新仮名) / 九鬼周造(著)
ゆずの中に餅を入れて作ります。形よく色よく、あじわいよくかおり高く、それに長い月日によくえます。この町をおとなうことがあったら忘れずに味って下さい。
手仕事の日本 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
すき透るような新しい湯は風呂いっぱいにみなぎって、輪切りのゆずがあたたかい波にゆらゆらと流れていた。
ゆず湯 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
好い時分に取出して水の中で紙を取ってよく洗って指で根元から裂いて皿へ入れてそれへお醤油したじ橙酢だいだいずをかけて戴きます、橙がなければゆず醤油でも構いません。
食道楽:冬の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
ちょうどその辺に大きななつめの木とゆずの木とがあったので、両方の根を痛めないようにと頼んだのでした。
鴎外の思い出 (新字新仮名) / 小金井喜美子(著)
「でも、ゆずは九年の花ざかりっていうじゃないの。元気出しなさいよ。来年は花が咲くかもしれん。」
雑居家族 (新字新仮名) / 壺井栄(著)
奥庭には、松やかや木檞もっこくや、柏もゆずの木も、梅も山吹も海棠もあって、風に桜の花片は飛んで来ることはあっても、外通りは堅気一色な、花の木などない大問屋町であった。
同じ大根おろしでも甘酢あまずにして、すりゆずの入れ加減まで、和尚の注意も行き届いたものであった。塩ゆでの枝豆、串刺くしざしにした里芋の味噌焼みそやきなぞは半蔵が膳の上にもついた。
夜明け前:04 第二部下 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
ゆずは九年の花盛りと、ずい分長いが、十内乗りかかった船である。何も判らぬ清十郎に
相馬の仇討 (新字新仮名) / 直木三十五(著)
「水が綺麗で、風景が好くて、鮎の名所です。彼処あすこのはうろこ金色きんいろで、あぎゃんした甘か鮎は日本国中何処にもなかと申します。焼いてゆずをかけておあがったら頬が落ちますぞ」
ぐうたら道中記 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
ゆずを関西ではただユウといい、九州ではユース、東の方ではユズという者が多いのは、柚子という漢語の音読ではなく、この果実から最も簡単に酢が取れるからの名であったことが
食料名彙 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
町々辻々は車をとめ、むしろを敷いて、松、注連縄しめなわ歯朶しだ、ゆずり葉、だいだいゆず……。
丹下左膳:01 乾雲坤竜の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
占地茸しめじを一かご、吸口のゆずまで調えて……この轆轤ろくろすぼめたさまの市の中を出ると、たちまち仰向あおむけにからかさを投げたように四辻がひろがって、往来ゆききの人々は骨の数ほど八方へ雨とともに流れ出す。
卵塔場の天女 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
ゆず子が浸礼しんれいを受けた、あの年の四月七日も、霜柱の立つ寒い春だったなどと考えているところへ、伊沢陶園とうえんの伊沢忠がすんのつまったモーニングを着こみ、下っ腹を突きだしながらやってきた。
春雪 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
ゆずだいだいの如きはこれである。その他の一般の菓物はほとんど香気を持たぬ。
くだもの (新字新仮名) / 正岡子規(著)
ゆずや秋もふけ行く夜のぜん
自選 荷風百句 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
すき透るような新しい湯は風呂いっぱいにみなぎって、輪切りのゆずがあたたかい波にゆらゆらと流れていた。
綺堂むかし語り (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
これから少し西へ出るとゆずがいいな。この土地は、山間やまあいの石のある地味が、柚というものにかなっているらしい。これから二三里下ると、柿にいいところがある。
大菩薩峠:29 年魚市の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
一人前に二つずつ位生レモンか橙酢だいだいずかあるいはゆずでもかけて出しますとなかなか結構です。これが二十銭位もかかりましょう。第三番目が赤茄子あかなすの詰物でチキンシタフトマトと申します。
食道楽:秋の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
八百屋のおゆずの(釈縁応信女。)——喧嘩にもならず、こまっちまいます。
露萩 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
私はその光がはるばるやって来て、闇のなかの私の着物をほのかに染めているのを知った。またあるところでは溪の闇へ向かって一心に石を投げた。闇のなかには一本のゆずの木があったのである。
闇の絵巻 (新字新仮名) / 梶井基次郎(著)
ゆずの大馬鹿
雑居家族 (新字新仮名) / 壺井栄(著)
ここではこしと日の出湯というのにかよって、十二月二十二、二十三の両日は日の出湯でゆず湯にはいった。わたしは二十何年ぶりで、ほかの土地のゆず湯を浴びたのである。
綺堂むかし語り (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
玉子ソースは先ずバターを鍋で溶かして米利堅粉をいためてそれへスープと玉子の黄身と塩と酢を交ぜて弱火とろびでよく掻き廻しながら濃くなった時火からおろしてゆずの絞り汁を加えるのです。
食道楽:春の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
京都の知積院ちしゃくいんの草花の屏風びょうぶを見て見給え、あのかやの幹と、野菊の葉を見て見給え、飛雲閣の柳の幹と枝のいかに悠大にして自然なるかを見て見給え、西教寺の柿とゆずの二大君子の面影おもかげに接して
大菩薩峠:31 勿来の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
五月節句の菖蒲しょうぶ湯、土用のうちのもも湯、冬至のゆず湯——そのなかで桃湯は早くすたれた。
綺堂むかし語り (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)