しばらく)” の例文
その後の相談で決まったのは「一谷双軍記いちのたにふたばぐんき」とそれに「本朝二十四孝」それへ「しばらく」と「関の戸」を加えすっかり通そうというのであった。
大鵬のゆくえ (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
その時配った半歌仙には鳥居清満が鯉の表紙画をかき、香以がしばらくのつらねに擬した序を作った。その末段はこうである。
細木香以 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
こゝで妻子を呼び迎えて、しばらく暮らして居たが、思わしい事もないので、大連だいれんに移った。日露戦争の翌年の秋である。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
泡立あはだなみ逆卷さかまうしほ一時いちじ狂瀾きやうらん千尋せんじんそこ卷込まきこまれたが、やゝしばらくしてふたゝ海面かいめん浮上うかびあがつたとき黒暗々こくあん/\たる波上はじやうには六千四百とん弦月丸げんげつまるかげかたちもなく
しばらく、死んだやうに倒れてゐた老婆が、屍骸のなかから、そのはだかの體を起したのは、それからもなくの事である。
羅生門 (旧字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
拙者せっしゃ性癖有時吸之、若而人じゃくじじん之未能、いささか因循至今、唯しばらく酒当而已歟のみか
法窓夜話:02 法窓夜話 (新字新仮名) / 穂積陳重(著)
しばらくして黄金丸は、鷲郎に打向ひて、今日朱目がもとにて聞きし事ども委敷くわしく語り、「かかる良計ある上は、すみやかに彼の聴水を、おびいだしてとらえんず」ト、いへば鷲郎もうち点頭うなず
こがね丸 (新字旧仮名) / 巌谷小波(著)
春章がしばらくの図はたちばなもん染抜きたる花道の揚幕あげまくうしろにしてだいなる素袍すおうの両袖さなが蝙蝠こうもりつばさひろげたるが如き『しばらく』を真正面よりえがきしものにて、余はその意匠の奇抜なるに一驚せり。
江戸芸術論 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
しばらく』とか『狐忠信きつねただのぶ』とか『車引』とかのごとく、絵画的舞踊的効果のために写実的な要求や戯曲の制約を全然放擲ほうてきして顧みないもの、あるいはさらに『関兵衛せきべえ』、『田舎源氏』
日本精神史研究 (新字新仮名) / 和辻哲郎(著)
わたしはよぎをかぶって蚊帳かやの中に小さくなっていると、しばらくくしてパチパチの音もんだ。これは近衛このえ兵の一部が西南えき論功行賞ろんこうこうしょうに不平をいだいて、突然暴挙を企てたものと後に判った。
綺堂むかし語り (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
烏帽子えぼしを冠り、古風な太刀たちを帯びて、芝居の「しばらく」にでも出て来そうな男が、神官、祭事掛、子供などと一緒に、いずれも浅黄の直垂ひたたれを着けて、小雨の降る町中の〆飾を切りに歩いた。
千曲川のスケッチ (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
鴎外おうがいがその撰文を書いたという、九代目団十郎の「しばらく」の銅像がある。
如何なる星の下に (新字新仮名) / 高見順(著)
そして、しばらくくしてお露は、傍にあった香箱を執って
円朝の牡丹灯籠 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
おだやかに答えられて若紳士はしばらく口籠くちごもりぬ。
食道楽:冬の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
しばらくみてありしが梅雨の漏り
六百句 (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
「成田屋のしばらく——」
鳴門秘帖:02 江戸の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
市川流荒事の根元「しばらく」の幕のあいた頃には、見物の眼はボッと霞み、身も心も上気して、溜息をさえ吐く者があった。
大鵬のゆくえ (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
私も斯様に米国から御国おくにに伝道に参って居りますが、馨子さんの働きを見れば、其働きの間は実にしばらくの間でございましたが、私は恥入る様に思います。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
明治二十八年から二十九年にわたって、歌舞伎十八番の「しばらく」と「助六すけろく」とが歌舞伎座で上演された。今にして思えば、ここらがいわゆる歌舞伎劇の最後のひかりであったかも知れない。
明治劇談 ランプの下にて (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
下つて安政大地震あんせいおおじしんの事を記載せし『安政見聞録』を見るにこの変災を報道記述するに煎薬せんやくみょうふりだし」をもぢり、または団十郎『しばらく』の台詞せりふになぞらへたるが如き滑稽の文字もんじ甚だ多し。
江戸芸術論 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
蜘蛛打つてしばらく心静まらず
五百句 (新字旧仮名) / 高浜虚子(著)
「もちろん『しばらく』は家の芸だ。成田屋の芸には相違ないが、出せないという理由もない」
大鵬のゆくえ (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
しばらくかほにも似たりかざり海老えび
自選 荷風百句 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
神秘に充ち充ちた有様と云うものは……空の光に迷うふくろの声、海の波間で閃めく夜光虫、遠い遠い沖の方から、何者とも知れぬ響がかすかに起こり、しばらくして鳴り止みますと、後は森然しんとしています。
レモンの花の咲く丘へ (新字新仮名) / 国枝史郎(著)