捗々はかばか)” の例文
すると、十二年の夏中から師匠は脚気かっけかかりました。さして大したことはないが、どうも捗々はかばかしくないので一同は心配をいたしました。
帝展の開会が間近くなっても病気は一向に捗々はかばかしくない。それで今年はとうとう竹の台の秋には御無沙汰をすることにあきらめていた。
帝展を見ざるの記 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
便が少しよくなるかと思うと、また気になる粘液が出たり、せっかくさがった熱が上ったりして、はたで思うほど捗々はかばかしく行かなかった。
(新字新仮名) / 徳田秋声(著)
この問いに対して、お浪は捗々はかばかしい返事をしなかった。彼女はお仙が出してくれた団扇をいじくりながら、黙って俯向いていた。
半七捕物帳:19 お照の父 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
「越前守さまのお末の子——お三ツになられるのが、春には重い風邪を病み、また梅雨つゆすぎから疫痢えきりにかかって、まだ捗々はかばかしくないのでしてな」
大岡越前 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「それがどうも捗々はかばかしくございませんので……この夏から始終寝たり起きたりしていましたが、秋口からはどっと床についたきりでございますの」
四十八人目 (新字新仮名) / 森田草平(著)
その時まで、雲助どもの乱暴を、打腹立うちはらだってねたるさま、この救いに対してさえ、我ままに甘えてくねるか、捗々はかばかしく口も利かずにいたのであった。
わか紫 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
道士は、無口な方だと見えて、捗々はかばかしくは返事もしない。「成程な」とか「さようさ」とか云う度に、歯のない口が、空気を噛むような、運動をする。
仙人 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
番頭の病気が捗々はかばかしくなくて湯治とうじに出かけるというほどであったから、そのあとを主人も頼むようにし、当人も退屈まぎれの気になって、この女が今では
大菩薩峠:15 慢心和尚の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
広々とした稲日野いなびぬ近くの海を航していると、舟行が捗々はかばかしくなく、種々ものおもいしていたが、ようやくにして恋しい加古の島が見え出した、というので
万葉秀歌 (新字新仮名) / 斎藤茂吉(著)
お延の返事はいつまでっても捗々はかばかしくなかった。看護婦はとうとう下へ降りて行った。津田は疲れた人が光線の刺戟しげきを避けるような気分で眼をねむった。
明暗 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
石の間に捗々はかばかしくは流れぬような水がよどんでいる。そこに散った松葉が、これも流れずに浮んでいる。
古句を観る (新字新仮名) / 柴田宵曲(著)
勝平の言葉を聴くと、今迄いままで捗々はかばかしい返事もしなかった瑠璃子は、よみがえったように、快活な調子で云った。
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
技術も捗々はかばかしく上達しないで死んでしまったが女のことにかけては腕があったらしく、一方その女が喰いついていて離れようとしないのに自分ではひどくお園に惚れていた。
霜凍る宵 (新字新仮名) / 近松秋江(著)
娘の病気もいろいろと心配も致しましたが、何分にも捗々はかばかしく参りませんで、それに就いて誠にどうも……アア熱い、お国さま先達せんだっては誠に御馳走様に相成りましてありがとう。
怯懦きょうだで遷延して、人質を取ってから援兵を出すことにし、それも捗々はかばかしいことを得せず、相応の兵力を有しながら父を殺した光秀征伐の戦の間にも合わなかった腑甲斐無しであるから
蒲生氏郷 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
段の上の横手に佇立たたずんで居ると、下から誰やら登って来る足音がする、下僕でも起きたのかと思えば爾でも無い、此の人も余と同じく何事をか思案して居る者か歩む足が甚だ捗々はかばかしく無い
幽霊塔 (新字新仮名) / 黒岩涙香(著)
これがために堀田閣老みずから京都に到り、遊説ゆうぜいを為したるにかかわらず、遂に捗々はかばかしき事も無く、堀田の江戸より京都に往復したる時日は、五年正月より四月にわたりたれども、遂にその要領を得るあたわず。
吉田松陰 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)
従来は百姓達が馬車をいて市の方に出て行き、市内糞尿の汲取りをして居たが、自分達に肥料の必要でない時には中止する。市内に何人か居る商売人も全部馬車か牛車であって能率は捗々はかばかしくない。
糞尿譚 (新字新仮名) / 火野葦平(著)
だ、そのかわり、火の消えたように、しずまッてしまい、いとど無口が一層口をかなくなッて、呼んでも捗々はかばかしく返答をもしない。用事が無ければ下へも降りて来ず、ただにのみ垂れめている。
浮雲 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
宮がつつめる秘密は知る者もあらず、みづからも絶えてあやしまるべき穂をあらはさざりければ、その夫につかへて捗々はかばかしからぬいつはりも偽とは為られず、かへりて人にあはれまるるなんど、その身には量無はかりなさいはひくる心の内に
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
「ええ、すこし気鬱病でございまして捗々はかばかしく参りません。」
(新字新仮名) / 室生犀星(著)
両親もひどく心配して遠い熊本の城下から良い医師をわざわざ呼び迎えて、いろいろに手あつい療治を加えたが、姉妹ともにどうも捗々はかばかしくない。
青蛙堂鬼談 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
と、信盛は傲語ごうごしてったそうだが、その後は一向に捗々はかばかしい消息も聞えなかったのである。
新書太閤記:03 第三分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
しかし庭は幾日たつても、捗々はかばかしい変化を示さなかつた。池には不相変あひかはらず草が茂り、植込みにも雑木が枝を張つてゐた。殊に果樹の花の散つた後は、前よりも荒れたかと思ふ位だつた。
(新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
医師に見せてもなかなか捗々はかばかしく参らず、そこで、私は先年傷寒を病んだ時に掛かった柳橋の古川という医師が、漢法医であるけれども名医であると信じていましたから、師匠の妻君へ
悪い方じゃあないッていうが、どうも捗々はかばかしくはかぬそうだ。
黒百合 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
この海老蔵はとかく多病で、舞台の上ではあまり捗々はかばかしいこともなく、それから四、五年の後——明治十九年の冬と記憶している——この世を去った。
明治劇談 ランプの下にて (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
「その辺より、右折して、次第に大きな彎月形わんげつけいを作っておりますが、あの歩足振ほそくぶりでは、合戦が始まるにしても、さまで急に、捗々はかばかしいことには及ぶまいかと存ぜられますが……」
上杉謙信 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
年の若いお蝶はただおびえているばかりで捗々はかばかしい返事もできないのを、女はなおいろいろ慰めて、まずしばらく休息するがいいと云って、茶や菓子を持って来てくれた。
半七捕物帳:07 奥女中 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
これも、刻々甲州在陣中から、報告は手にしていたが、二月九日以来、征旅せいりょまさに七十日、そのあいだの状勢の推移は、信長の予測をやや裏切って、どうも捗々はかばかしくない感がある。
新書太閤記:06 第六分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
捗々はかばかしい矢軍やいくさも得せいで、父上の御機嫌さんざんであったを、兄上に頼んで此の頃ようように取りつくろうたほどの不覚者が、われわれの恋仲を薄々気取ったとて、ほほ
小坂部姫 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
「……どうも捗々はかばかしくなく、九分まではむずかしいそうです」
三国志:06 孔明の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「御療養はあのように行き届いているに、とかく捗々はかばかしゅうがないというは……。」
小坂部姫 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
秀吉は、大坂にいて、捗々はかばかしくない報道に、舌打ちして
新書太閤記:11 第十一分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
生きた幽霊のような彼女は、なにを聞いても要領を得るほどの捗々はかばかしい返事をしなかった。かれは恐ろしい其の夜の悪夢を呼び起すに堪えないように、唯さめざめと泣いているばかりであった。
半七捕物帳:03 勘平の死 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
など、捗々はかばかしくない戦報ばかりであった。
新書太閤記:06 第六分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)