“存(のこ)” の例文
世は彼等の名の存(のこ)るをゆるさず、慈悲も正義も彼等を輕んず、我等また彼等のことをかたるをやめん、汝たゞ見て過ぎよ 四九—五一
神曲:01 地獄 (旧字旧仮名) / アリギエリ・ダンテ(著)
余「何うも私には爾まで明白に解釈する事が出来ません」秀子「では私が此の家に存(のこ)って居る記録や古来人の口に存って居る所などを ...
幽霊塔 (新字新仮名) / 黒岩涙香(著)
三峰、武光、八日見山を首とし、秩父には尊の通り玉いし由のいい伝え処々に存(のこ)れるが、玉川の水上即ち今の甲斐路にも同じようの伝説(いいつたえ)なきにあらず。
知々夫紀行 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
平常(ふだん)のときには弱い人も強い人と違いません。疾病(やまい)に罹(かか)って弱い人は斃(たお)れて強い人は存(のこ)るのであります。そのごとく真に強い国は国難に遭遇して亡びないのであります。
「爾曹もし瞽(めしい)ならば罪なかるべし然(さ)れど今われら見ゆと言いしに因りて爾曹の罪は存(のこ)れり。」
野ざらし (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
疑いは小歌の方に深く存(のこ)り、存りながら小歌ではあるまいように断定(きめ)てしまいたく、打明けて云えば、小歌に情郎(おもうひと)でもあるように考えられて、そしてそんなことの無いのを肚で祈って居たのだ。
油地獄 (新字新仮名) / 斎藤緑雨(著)
勢(いきほ)ひよく引入(ひきい)れしが客(きやく)を下(お)ろして扨(さて)おもへば恥(はづ)かしゝ、記憶(きおく)に存(のこ)る店(みせ)がまへ今(いま)の我(わ)が身(み)には往昔(むかし)ながら世(よ)の人(ひと)は未(ま)だ昨日(きのふ)といふ去年(きよねん)一昨年(をとゝし)、同商中(どうしやうちゆう)の組合曾議(くみあひくわいぎ)或(あるひ)は何某(なにがし)の懇親曾(こんしんくわい)に登(のぼ)りなれし梯子(はしご)なり
別れ霜 (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
先生は嘲笑う様な調子で「何うです、最う迷いが醒めましたか」余「ハイ全く醒めました、少しの疑いも存(のこ)りません」先生
幽霊塔 (新字新仮名) / 黒岩涙香(著)
恐れ尊めるよりの称(となえ)なれば、おもうに我邦のむかし山里の民どもの甚(いた)く狼を怖れ尊める習慣(ならわし)の、漸くその故を失ないながら山深きここらにのみ今に存(のこ)れるにはあらずや。
知々夫紀行 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
ユトランドの荒地は今やこの強梗(きょうこう)なる樹木をさえ養うに足るの養分を存(のこ)しませんでした。
何(なん)と御覽(ごらん)じて何(なん)とお恨(うら)みなさるべきにや過(す)ぎし雪(ゆき)の夜(よ)の邂逅(かいごう)に二(ふた)つなき貞心(ていしん)嬉(うれ)しきぞとてホロリとし給(たま)ひし涙(なみだ)の顏(かほ)今(いま)も眼(め)の前(さき)に存(のこ)るやうなりさりながら思(おも)ふ心(こゝろ)は幽冥(ゆうめい)の境(さかひ)にまでは通(つう)ずまじきにや無情(つれな)く悲(かな)しく引止(ひきと)められし命(いのち)を
別れ霜 (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
お浦が夕衣(いぶにんぐどれす)を着けて居るとき余は其の草花の外囲いが歴々(ありあり)と存(のこ)って居るのを見た、殊に余のみではなく、お浦の知人中には折々之を見た人が有ろう、根西夫人なども確かに其の一人だ
幽霊塔 (新字新仮名) / 黒岩涙香(著)
此事を看過して福音は福音で無くなるのである、而して終末の審判はノアの大洪水の如くに大水大風を以て臨むとのことである、而して之に堪える者は存(のこ)り之に堪えざる者は滅ぶとのことである
夫(それ)は爾(そう)だけどが書物で読むのと実際とは少し違うからナア小説などに在る曲者は足痕が残ッて居るとか兇器を遺(わす)れて置くとか必ず三ツ四ツは手掛りを存(のこ)して有るけどが是ばかりは爾(そう)で無い
無惨 (新字新仮名) / 黒岩涙香(著)
聖書を使うて自己の主張を説くのである、願くば余も亦彼等の一人として存(のこ)ることなく、神の道を混(みだ)さず真理を顕わし明かに聖書の示す所を説かんことを、即ち余の説く所の明に来世的ならんことを