大溝おおどぶ)” の例文
佐内坂の崖下、大溝おおどぶ通りを折込おれこんだ細路地の裏長屋、棟割むねわりで四軒だちの尖端とっぱずれで……崖うらの畝々坂うねうねざかが引窓から雪頽なだれ込みそうな掘立一室ほったてひとま
菎蒻本 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
ひとりはそこを盗っ猫のように出て、塀のみねから外の大溝おおどぶへ飛び込み、往来の筋向いにあたる傘屋かさや三右衛門の裏へかくれた。
新編忠臣蔵 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
ただいま御当家へまいる途中で、あの鬼婆横町を通りぬけると、丁度まんなか頃の大溝おおどぶのふちに一人の婆が坐っているのです。
妖婆 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
またもう一人は、顎に膏薬を貼ったまま阿古十郎の前へ出たので、襟首をとって曳きずり廻されたうえ、大溝おおどぶに叩きこまれて散々な目に逢った。
顎十郎捕物帳:01 捨公方 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
前に大溝おおどぶの幅広い溝板が渡つてゐて、いきでがつしりしたひのきまさの格子戸のはまつた平家の入口と、それに並んでうすく照りのある土蔵とが並んでゐた。
蝙蝠 (新字旧仮名) / 岡本かの子(著)
大溝おおどぶが邪魔をして通り抜けられない露路奥ろじおくになっていたので、そんな家のあることも、そんなお婆さんのいきていることも、ほんとに幾人しかしりはしなかった。
旧聞日本橋:02 町の構成 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
第三に吝嗇りんしょくそしりさえ招いだ彼の節倹のおかげだった。彼ははっきりと覚えている——大溝おおどぶに面した貸本屋を、人の好い貸本屋の婆さんを、婆さんの内職にする花簪はなかんざしを。
八五郎に導かれて行ってみると、大溝おおどぶの中に落込んで、襤褸切ぼろぎれのようになっているのは、玉屋の番頭甚助の死骸。まだ検死が済まないので、手を付ける者もありません。
余りの事に友之助がかたりめ泥坊めと大声を放ってのゝしりますと、門弟どもが一同取ってかゝり、友之助を捕縛ほばくして表へ引出し、さん/″\打擲ちょうちゃくした揚句あげくはて、割下水の大溝おおどぶ打込うちこ
後の業平文治 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
という情けない声がして、路傍みちばた大溝おおどぶから帝釈丹三が今やはいあがるところ。
つづれ烏羽玉 (新字新仮名) / 林不忘(著)
遠くの橋を牛車うしぐるまでも通るように、かたんかたんと、三崎座の昼芝居の、つけを打つのが合間に聞え、はやしの音がシャラシャラと路地裏の大溝おおどぶへ響く。……
薄紅梅 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
三宅坂みやけざかの方面から参謀本部の下に沿って流れ落ちる大溝おおどぶは、裁判所の横手から長州ヶ原の外部に続いていて、むかしは河獺かわうそが出るとか云われたそうであるが
綺堂むかし語り (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
池は葭簾よしずおおったのもあり、露出ろしゅつしたのもあった。たくましい水音を立てて、崖とは反対の道路の石垣いしがきの下を大溝おおどぶが流れている。これは市中の汚水おすいを集めてにごっている。
金魚撩乱 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
保吉やすきち四歳しさいの時である。彼はつると云う女中と一しょに大溝の往来へ通りかかった。黒ぐろとたたえた大溝おおどぶの向うはのち両国りょうごく停車場ていしゃばになった、名高い御竹倉おたけぐら竹藪たけやぶである。
少年 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
神田から出た火事で此処ここらは一嘗ひとなめになって、みんな本所ほんじょへ逃げた時、お其は大溝おおどぶにおちて泣き叫んでいたのをあたしの父が助けあげて、かかえて逃げたので助かったといって
旧聞日本橋:02 町の構成 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
相「龜藏安受合やすうけあいするなよ、彼奴あいつと大曲で喧嘩した時、大溝おおどぶの中へ放り込まれ、水をくらってよう/\逃帰ったくらい、彼奴ア途方もなく剣術が旨いから、迂濶うっかたゝき合うとかなやアしない」
又そのなかを自動車、自転車、人力車、荷車が絶えず往来するのであるから、油断をすれば車輪にかれるか、路ばたの大溝おおどぶへでも転げ落ちないとも限らない。
綺堂むかし語り (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
震災に焼けはしなかった土地と思うが、往来ゆききもあわただしく、落着きのない店屋が並んで、湿地しけちか、大溝おおどぶを埋めたかと見え、ぼくぼくと板を踏んで渡る処が多い。
雪柳 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
「お竹倉」は僕の中学時代にもう両国停車場や陸軍被服廠ひふくしょうに変ってしまった。しかし僕の小学時代にはまだ「大溝おおどぶ」にかこまれた、雑木林や竹藪の多い封建時代の「お竹倉」だった。
本所両国 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
どことも覚えない大溝おおどぶが通つてゐて小橋がまばらにかかり、火事の焼跡に休業の小さい劇場の建物が一つくろずみ、河沿ひの青白い道には燐光りんこうを放つ虫のやうにひしやげた小家が並んでゐる。
蝙蝠 (新字旧仮名) / 岡本かの子(著)
跡に娘は泣きたおれて居りましたが、何思いましたか起上り、前なるお竹蔵の大溝おおどぶへ身をおどらして飛込もうとする様子に驚き、角右衞門は親切な男ゆえ、駈け寄って突然いきなり娘の帶際おびぎわ取って引留め
塩原多助一代記 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
右手に大溝おおどぶがあって、雪をかついで小家こいえが並んで、そして三階づくりの大建物の裏と見えて、ぼんやりあかりのついてるのが見えてね、刎橋はねばしが幾つも幾つも、まるでの花おどしよろいの袖を、こう
註文帳 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
殊に彼の家のまわりは穴蔵大工だの駄菓子屋だの古道具屋だのばかりだった。それ等の家々に面した道も泥濘の絶えたことは一度もなかった。おまけに又その道の突き当りはお竹倉の大溝おおどぶだった。
土用が明けてまだ間もない秋の朝日はきらきらと大溝おおどぶの水に映って、大きい麦藁とんぼが半七の鼻さきをかすめて低い練塀のなかへ流れるようについと飛び込んだ。その練塀の寺が妙信寺であった。
半七捕物帳:05 お化け師匠 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
挑戦は勿論一つではなかった。或時はお竹倉の大溝おおどぶさおも使わずに飛ぶことだった。或時は回向院えこういん大銀杏おおいちょう梯子はしごもかけずに登ることだった。或時は又彼等の一人と殴り合いの喧嘩けんかをすることだった。