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大森
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おほもり
四十一
年一
月二十一
日の
午前九
時頃、
水谷氏と
余とは、
大森の
兒島邸を
訪問した。
然るに
翁は、
熱海の
方へ
行つて
居られて、
不在。
妹も一
度逃げだしたんですけれど、やつぱり
掴まつてしまひました。ちやうど
大森の
鉱泉宿へつれられて
行つたときのことでした。
モールス
先生は、
三四年前アメリカで
亡くなられましたが、
近頃この
大森に
先生の
記念碑が
建てられました。
……
品川へ
來て
忘れたる
事ばかり——なんぞ
何もなし。
大森を
越すあたりであつた。……
手間取大森の邊りに來りし頃は
早夜も
亥の
刻なれば
御所刑場の
邊りは
往來の者も有まじと
思ひ
徐々來懸りしに
夜更と云殊に右の方は
安房上總の
浦々迄も
渺々たる
海原にして岸邊を
ところが
大森驛の
附近において
線路の
上に
白い
貝殼が
多く
散亂してゐるのを
見つけまして、これはきっと
石器時代の
貝塚があるのに
違いないと
思ひ、それから
間もなくこの
大森へ
發掘に
出かけました。
電車は
無し、
汽車で
大森まで
行く。それから
俥で
走らせるなど、
却々手間取るのだが、それでも
行く。
水谷氏と
顏を
見合せて『
何も
出ないでも
好いです。
大森の
貝塚を
一鍬でも
堀つたといふ
事が、
既に
誇るに
足るのですから』など
負惜しみを
言つて
見たが、
如何もそれでは
實の
處、
滿足が
出來ぬ。