喀血かっけつ)” の例文
喀血かっけつがないので急激な変化は見せなかったが、暑気がひどくこたえたらしく、衰弱が日ましに加わって行くのが誰の眼にも見えた。
次郎物語:01 第一部 (新字新仮名) / 下村湖人(著)
眼前に喀血かっけつの恐ろしきを見るに及び、なおその病の少なからぬ費用をかけ時日を費やしてはかばかしき快復を見ざるを見るに及び
小説 不如帰  (新字新仮名) / 徳冨蘆花(著)
ところで、わしたち一家は、寒い部屋に間借りしてるので、女房はこの冬風邪をひきましてな、せきがひどく、果ては喀血かっけつするまでになった。
アパリに居る時も、夕刻になるとひどく疲れたり肩がったりしたが、カガヤン渓谷を上るあの難行軍の途中、彼は思いがけぬ喀血かっけつをした。
日の果て (新字新仮名) / 梅崎春生(著)
「実は——」と正太は沈痛な語気で、「熱田あつたへ遊びに参りましたら、その帰り道で洗礼を受けました——二度、喀血かっけつしました」
家:02 (下) (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
そして私ははじめて節子がけさ私の知らない間に少量の喀血かっけつをしたことを聞かされた。彼女は私にはそれを黙っていたのだ。
風立ちぬ (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
無理に、——この執拗しつような咳と喘鳴と、関節の疼痛とうつうと、喀血かっけつと、疲労との中で——生を引延ばすべき理由が何処にあるのだ。
光と風と夢 (新字新仮名) / 中島敦(著)
辰弥が十三になった年の冬、父は喀血かっけつをして倒れた。医者の診察によると、古い肺結核の再発で、すぐに入院しなければだめだ、ということであった。
季節のない街 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
私のわめいたのと、隣室から二人の看護婦のけ込んで来たのが、同時であった。続いて真っ赤なものがまたどっと! 喀血かっけつであった。大喀血であった。
墓が呼んでいる (新字新仮名) / 橘外男(著)
数年前、菱山修三が外国へ出帆する一週間ぐらい前に階段から落ちて喀血かっけつし、生存を絶望とされたことがあった。
青春論 (新字新仮名) / 坂口安吾(著)
その途中あんまり疲れたので、とある丘の上の青い麦畑の横に腰をおろすと不意に眼がクラクラして喀血かっけつした。
あやかしの鼓 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
彼がき入つて叫んだ。明子が枕許まくらもとのコップを口に当てがつてやると彼は待ち兼ねたやうに二度目の多量の喀血かっけつをした。血がコップをあふれて明子の手の甲を汚した。
青いポアン (新字旧仮名) / 神西清(著)
渡辺君にはこの二日間が精神的にも肉体的にも非常に影響したと思いますが、一月十四日とかに喀血かっけつし、一か月の間に四十回も喀血して、つい二、三日前召された。
この間は喀血かっけつなさったし、あまりかんばしいお体ではないんだけど。アダリンと膏薬を買ってくる。
「そのまま喀血かっけつでもして死んだら余りにみじめだと思って心配しましたが、いい工合におさまって」
優しいはずの湖水の眺めが、まっ暗な幻影でおおわれていた。ほとんど自殺未遂者のような顔つきで、彼はそのひとり旅から戻って来た。すると、間もなく彼の妻が喀血かっけつしたのだった。
秋日記 (新字新仮名) / 原民喜(著)
喀血かっけつしたのである。彼はその夜から熱を発して、十日あまり陣屋のうちに寝込んでいた。
黒田如水 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「あなた、おからだを悪くしていらっしゃるんじゃない? 喀血かっけつなさったでしょう」
斜陽 (新字新仮名) / 太宰治(著)
実に盛大な喀血かっけつをしたのである。身体の調子がどうもおかしいとは思っていたが、肺がそんなに悪くなっているとは知らなかった。これで俺もお陀仏だぶつか。病院にかつぎこまれた俺は
いやな感じ (新字新仮名) / 高見順(著)
「敏子が十ぐらいの時に二三度喀血かっけつした経験があ」り、「肺結核の症状が二期に及んでいると云われ」たのは事実であるが、それでも「医師の忠告を無視して不養生の限りを尽し」て
(新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
六畳の座敷は、畳がほけて、とんと打ったら夜でもほこりが見えそうだ。宮島産の丸盆に薬瓶くすりびん験温器けんおんきがいっしょに乗っている。高柳君は演説を聞いて帰ってから、とうとう喀血かっけつしてしまった。
野分 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
五分刈ごぶがりに刈った頭でも、紺飛白こんがすりらしい着物でも、ほとんど清太郎とそっくりである。しかしおとといも喀血かっけつした患者かんじゃの清太郎が出て来るはずはない。いわんやそんな真似まねをしたりするはずはない。
春の夜 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
昂奮こうふんたたったのか、寒い夜気がこたえたのか、帰途につこうとしていた清逸はいきなり激しい咳に襲われだした。喀血かっけつの習慣を得てから咳は彼には大禁物だった。死のおびやかしがすぐ彼には感ぜられた。
星座 (新字新仮名) / 有島武郎(著)
武男が艦隊演習におもむける二週の後、川島家より手紙して山木を招ける数日前すじつぜん逗子ずしに療養せる浪子はまた喀血かっけつして、急に医師を招きつ。
小説 不如帰  (新字新仮名) / 徳冨蘆花(著)
幕府はすでにはばかるべき人と、憚るべきじつとがない。井伊大老はたおれ、岩瀬肥後は喀血かっけつして死し、安藤老中までも傷ついた。
夜明け前:01 第一部上 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
秋のはじめ、ちょうど去年と同じころに喀血かっけつして、冬いっぱい重態が続いた。春さきに医者から「これはいけない」と云われたこともあったそうである。
おばな沢 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
その若い娘がそれから五六日後の或夜中に突然喀血かっけつして死に、その白いスウェタア姿の青年も彼女の知らぬ間に療養所から姿を消してしまった事を知ったとき
菜穂子 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
その間に、カチェリーナはやや落ち着いて、喀血かっけつも一時とまった。彼女は病的な、けれど心の底までしみこむような目で、哀れなソーニャをじっとみつめていた。
しかし、少しの過労が直ぐにこたえて、倒れたり喀血かっけつしたりするのには、彼も閉口した。如何に彼が医者の言を無視しようとも、之ばかりはどうにもならぬ現実である。
光と風と夢 (新字新仮名) / 中島敦(著)
既に少くも二回は喀血かっけつを経験している男が、雪どけの氾濫はんらん泥濘でいねいと闘い単身がた馬車に揺られどおしで横断して、首尾よく目的地に着いて冷静きわまる科学的データの蒐集しゅうしゅうに従い
突然に私が喀血かっけつ致しまして、程近い綜合病院に入院致しますと、その夜のうちに行方ゆくえ不明になりました事にきまして、新聞社や、そのほかの皆様から寄せて頂いております御同情の勿体もったいなさ。
押絵の奇蹟 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
敏子が十ぐらいの時に二三度喀血かっけつした経験があり、肺結核の症状が二期に及んでいると云われ、医師に注意を促がされたことがあったが、案ずるほどのこともなく自然に治癒ちゆしてしまったので
(新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
僕たちは結核患者だ。今夜にも急に喀血かっけつして、鳴沢さんのようになるかも知れない人たちばかりなのだ。僕たちの笑いは、あのパンドラのはこ片隅かたすみにころがっていた小さな石から発しているのだ。
パンドラの匣 (新字新仮名) / 太宰治(著)
大屋五郎と別れると間もなく、それがぐッとこたえたんでしょうね、稽古の晩、舞台で喀血かっけつしちまって、——それからしばらく病院にいましたが、それきり立ち上れないで、死んじまったんです。
如何なる星の下に (新字新仮名) / 高見順(著)
喀血かっけつの前にはきっとこの感じが先駆のようにやってくるのだった。
星座 (新字新仮名) / 有島武郎(著)
まさは下働きのお吉ばあさんを医者へ走らせ、おしのをしずめようと手を尽したが、そのうちおしのは激しくせきこみ、絶息するかと思われたとき喀血かっけつした。
五瓣の椿 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
数度の喀血かっけつ、その間々あいあいには心臓の痙攣けいれん起こり、はげしき苦痛のあとはおおむね惛々こんこんとしてうわ言を発し、今日は昨日より、翌日あすは今日より、衰弱いよいよ加わりつ。
小説 不如帰  (新字新仮名) / 徳冨蘆花(著)
でも、もうかれこれ一年になるんですからね……ねえ、叔母さん、僕ね、去年二回喀血かっけつしたでしょう。……最初の時は、どういうもんだか気持がよかったくらいでしたよ。
恢復期 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
実際イエールでの喀血かっけつ後、すべてのものに底が見えて来たように感じた。私は最早何事にも希望を抱かぬ。死蛙の如くに。私は、凡ての事に、落着いた絶望を以て這入って行く。
光と風と夢 (新字新仮名) / 中島敦(著)
旅が終りに近づきかけた或る朝、村瀬が突然ホテルのベッドの上で喀血かっけつした。
青いポアン (新字旧仮名) / 神西清(著)
それは自分の最初の喀血かっけつでした。雪の上に、大きい日の丸の旗が出来ました。自分は、しばらくしゃがんで、それから、よごれていない個所の雪を両手ですくい取って、顔を洗いながら泣きました。
人間失格 (新字新仮名) / 太宰治(著)
園君に託してお届けいたしそうろう連日の乾燥のあまりにや健康思わしからず一昨日は続けて喀血かっけついたし候ようの始末につき今日は英語の稽古けいこ休みにいたしたくあしからず御容赦ごようしゃくださるべく候なお明日は健康のいかんを
星座 (新字新仮名) / 有島武郎(著)
龍助は帰朝してから半年ほど、東京で画の仲間と生活をもったが、佐知子はチロルで喀血かっけつして以来ずっと健康をとりもどせずにいると云って須磨の家に残っていた。
正体 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
気圧なんかが急に変ったりすると、あんな人達の中からも喀血かっけつしたりする人がすぐ出るのよ。
菜穂子 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
そして今度は結核性の喀血かっけつもたらすことになったのである。
チェーホフの短篇に就いて (新字新仮名) / 神西清(著)
喀血かっけつした。」
パンドラの匣 (新字新仮名) / 太宰治(著)
父は座蒲団を並べた上に寝ていたが、喀血かっけつをしたのだろう、口のまわり、着物のえり、そして畳の上まで血が飛び散ってい、それを店の者たちがき取っているところだった。
五瓣の椿 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
私ははげしい喀血かっけつ後、かつて私の父と旅行したことのある大きな湖畔に近い、或る高原のサナトリウムに入れられた。医者は私を肺結核だと診断した。が、そんなことはどうでもいい。
燃ゆる頬 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
自分でも気づかなかったが、あの夜、高雄に闇討をしかけて、顛倒したとき、ふいに喀血かっけつしたという。高雄が去ってから四半ときも動くことができず、這うようにして宿所へ帰った。
つばくろ (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
が、その晩、勤めから帰って来ていつものように何事もなさそうにしている夫を見ると、突然その夫を狼狽ろうばいさせたくなって、二人きりになってからそっと朝の喀血かっけつのことを打明けた。
菜穂子 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)