叡智えいち)” の例文
アダの声音は印度の夜の国境、ヒンズークシ山脈の下をアフガニスタンに向って疾走する急行列車にもまして叡智えいちがひらめくのです。
孟買挿話 (新字新仮名) / 吉行エイスケ(著)
彼女の双眼は、叡智えいちのなかに、いたずらを隠して、さかしげにまたたいていた。引きしまった白い顔に、黒すぎるほどの眼だった。
江木欣々女史 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
事件が大袈裟で出鱈目でたらめで、馬鹿々々しく見えたくせに、いやにこんがらかつて、平次の叡智えいちにも及ばない厄介さがあつたのです。
……そういう秘密の歌のことを、どうして館林様が知ったものか——ああいう叡智えいちのお方だから、どこからかお知りなされたのであろう。
十二神貝十郎手柄話 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
「おたずねは愚です。蒋幹をすら首尾よくあざむき得た周都督の叡智えいちではありませんか。今に自然おさとりになるにちがいない」
三国志:07 赤壁の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
今後これを守り育てまた高めるには、日本人が日本固有のものを敬うその情愛と叡智えいちとに便たよるよりほか仕方ないのであります。
手仕事の日本 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
私は、叡智えいちのむなしさに就いて語った。言いかえれば、作家が、このような感想を書きつづることのナンセンスに触れた。
もしそうきめられれば、なにも問題もんだいはないのであるが、はたして、この場合ばあい、だれにたいしても、こういう叡智えいちしんずることができるだろうか。
考えこじき (新字新仮名) / 小川未明(著)
こうした抽象性のない国民が、一方に於て直感的叡智えいちに発達すべきは当然である。そしてこの方では、実に驚くべき世界的の文化を創造している。
詩の原理 (新字新仮名) / 萩原朔太郎(著)
澄んだ叡智えいちとに輝いた便りを下さった時、また湖のほとりの旅館からの静かな心をこめた手紙、また母上を東京に送って行かれて帰られた時の手紙など
青春の息の痕 (新字新仮名) / 倉田百三(著)
あなたは、善と、純潔と、叡智えいちと、そして……完成の源泉です! お手をください、お手を……あなたもどうぞお手を
おつとめしたらいいのでしょうかと、真面目な顔附で言ったのだ、きみの言い分ではないけれど、叡智えいちのない水みたいな眼で、僕をおだやかに見ていた。
蜜のあわれ (新字新仮名) / 室生犀星(著)
身辺をめぐる多くの陰謀のザワメキを処理してほとんど誤っていないのだから、その生得の叡智えいちと威風は然るべきものであったに相違ないと信じうるのである。
安吾史譚:02 道鏡童子 (新字新仮名) / 坂口安吾(著)
強靱きょうじんな感情と、自然にはぐくまれた叡智えいちとをもって自然を端的に見る事のできる君のような土の子が——芸術の捧誓者ほうせいしゃとなってくれるのをどれほど望んだろう。
生まれいずる悩み (新字新仮名) / 有島武郎(著)
愛のために、そして、愛の別形である叡智えいちのために、生まれたのだった。クリストフにたいする情愛からだけでも、彼はおのれの義務を明らかに示された。
ところが中宮寺の像は、かような観音のもつ一つの面だけを美しく柔軟に理想化したのであろう。そこに輝いた作者の叡智えいちを、私も植田博士と同じく讃美したい。
大和古寺風物誌 (新字新仮名) / 亀井勝一郎(著)
尾山篤二郎おやまとくじろう氏の実証に徹した『西行法師評伝』という名著があるし、川田順氏に『俊成・定家・西行』という叡智えいちににおう好著と、『西行』(創元選書)という手頃の本がある。
中世の文学伝統 (新字新仮名) / 風巻景次郎(著)
そして、もし「自然の叡智えいち」というものが疑えないものだとするならば、次郎の心がそろそろと詩にひかれていったということは、必ずしも不似合なことではなかったであろう。
次郎物語:02 第二部 (新字新仮名) / 下村湖人(著)
それは、いかに叡智えいちにたけた彼にとっても、容易なことで解決できる謎ではなかった。
振動魔 (新字新仮名) / 海野十三(著)
この旅行は隆太郎にとっては生れて初めての意義ある見学であるのだ。幼児の叡智えいちと感情と感覚と意志との上に増大し生長し洗練さるる何物かはむしろ危険以上のものであるに違いない。
木曾川 (新字新仮名) / 北原白秋(著)
性情から、人格から、生活から、精神の高低から、叡智えいちの明暗から、何から何まで顔に書かれる。閻羅えんら大王の処に行くと見る眼かぐ鼻が居たり浄玻璃じょうはりの鏡があって、人間の魂を皆映し出すという。
(新字新仮名) / 高村光太郎(著)
全く劉子はおどろくべき一つの完成であつた。彼女は柔軟や叡智えいちや健康などのあらゆる女性の美徳を典型的に一身に具現しながら、しかもそれらの衰褪すいたいから全く免れてゐる異常な少女に異ひなかつた。
青いポアン (新字旧仮名) / 神西清(著)
私は子供の叡智えいちを信じている。
まざあ・ぐうす (新字新仮名) / 作者不詳(著)
くろぐろとけむる叡智えいちの犬
藍色の蟇 (新字旧仮名) / 大手拓次(著)
美貌びぼうであって気稟きひんがあり、叡智えいちであって冷たくない顔。そして高貴なにおいをもち、いわゆる白痴美はくちびでなく、花にも負けない人間の顔の美。
新書太閤記:11 第十一分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
恐ろしい半之丞の明察、——平次はおかぶを奪はれて暫らく默つてしまひました。が、やがて、心を落着けると、平次の日頃の叡智えいちよみがへります。
だが彼ら自身は無知であるとも、自然の叡智えいちが彼らを守った。それは無想から、自然さから生れた美だと云わねばならぬ。
工芸の道 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
ただ子供は大人とちがって、鋭い叡智えいちをもっている、それは未だくもりなき心に自然がありのまま映るからである。
子供たちへの責任 (新字新仮名) / 小川未明(著)
故に主観を排斥し、感情によって物を見ずして、冷酷透明な叡智えいちによって、真に客観的に徹しようとするのである。
詩の原理 (新字新仮名) / 萩原朔太郎(著)
忍従をさわやかにさばいて行けるだけの叡智えいちもあったし、純粋の自己犠牲の美しさも知っていたし、完全に無報酬の、奉仕のよろこびもわきまえていたのだ。
女生徒 (新字新仮名) / 太宰治(著)
時節や期限の秘密は、神の叡智えいちと、神の先見と、神の愛の中に納められておるからじゃ。
ただ筒井の叡智えいちだけがそれを教えたのだ。間もなく赤の飯はふっくりと炊かれ、小豆は赤ん坊のようにあどけなく柔らかくれて、あまい、あつさりしたあんの深いあじわいを蔵していた。
津の国人 (新字新仮名) / 室生犀星(著)
なぜなら、彼女等の叡智えいちや才気も、要するに男に愛せられるためのものであり、男に対して女の、本来差異のある感覚や叡智がその本来の姿に於て発揮せられたというだけのことだ。
道鏡 (新字新仮名) / 坂口安吾(著)
とはいえ、年少にて名をなした、美妙斎の額は、叡智えいちに輝いていた。
田沢稲船 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
必然の理法と、内心の要求と、叡智えいちの暗示とに嘘がなければいい
智恵子抄 (新字旧仮名) / 高村光太郎(著)
久しく鞍馬や奥州みちのくつちかわれてきた健全な野性と、また、血には、自分と同じ父をもって、よく野性と叡智えいちとを一身に調和している彼の性情を。
源頼朝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
伊太松といふ男は強氣で負け嫌ひであるにしても、性根は正直者で、腹の底では平次の叡智えいちに推服してゐたのです。
くわしい人智も自然の叡智えいちの前にはなお粗笨そほんだと見える。本能から生れるものには何か抗し難い力がある。あの素朴な苗代川の黒物には自然が味方している。
苗代川の黒物 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
ところでこの前の方の美、即ち「芸術のための芸術」が求めるものは、叡智えいちの澄んだ「観照的」の純美であって、正しく美術が範疇はんちゅうしている冷感の美に属する。
詩の原理 (新字新仮名) / 萩原朔太郎(著)
そいつを整理し、統一して、行為に移すのには、僕は、やっぱり教養が、必要だと思う。叡智えいちが必要だと思う。山中の湖水のように冷く曇りない一点の叡智が必要だと思う。
火の鳥 (新字新仮名) / 太宰治(著)
そして、建国以来の精神にのっとり、日本的感情と叡智えいちを一切の文化の上に輝かさなければならぬ。剛健、素朴、協和、優美、そして東洋的な憧憬と、夢幻こそは、新しい時代の童話の骨子である。
日本的童話の提唱 (新字新仮名) / 小川未明(著)
聞き入る光秀の耳はその眸とともに、彼の聡明と観察の叡智えいち象徴しょうちょうしていた。作左の一語一語にうなずきを与えながら
新書太閤記:07 第七分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
愛も情熱も、叡智えいちの羽二重に押し包んで、冷たく静かに取りなしたら、これに似た美しい人形が出来るでしょうか。
人知は賢くとも、より賢い叡智えいちが自然にひそむからです。人知に守られる富貴な品より、自然に守られる民藝品の方に、より確かさがあることに何の不思議もないわけです。
民芸とは何か (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
つくづく私は、この十年来、感傷に焼けただれてしまっている私自身の腹綿の愚かさを、恥ずかしく思った。叡智えいちを忘れた私のきょうまでの盲目の激情を、醜悪にさえ感じた。
新樹の言葉 (新字新仮名) / 太宰治(著)
近代の童話作家は叡智えいちであると共に、多感的であらねばならぬ。
時代・児童・作品 (新字新仮名) / 小川未明(著)
日吉は、うまく彼をあざむいたつもりでいたが、十兵衛の叡智えいちの眼は、何もかもぬいていることを、明らかに示していた。
新書太閤記:01 第一分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
愛も情熱も、叡智えいちの羽二重に押し包んで、冷たく靜かに取りなしたら、これに似た美しい人形が出來るでせうか。
不思議にも工藝の意義に関する深い叡智えいちや正しい見通しは未だに語られていない。ほとんどすべては断片的であって整理せられた体系がなく、かついずれも内面的意味に乏しい。
工芸の道 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
いや、と私は気を取り直して心のなかで呟く。ぼくは新しい倫理を樹立するのだ。美と叡智えいちとを規準にした新しい倫理を創るのだ。美しいもの、怜悧れいりなるものは、すべて正しい。