匕首あひくち)” の例文
眞新しい紅白の鈴ので縛り上げられた中年者の男が、二た突き三突き、匕首あひくちされて、見るも無慙むざんな死にやうをして居るのです。
彼女はその匕首あひくちを身辺から離さないで、最後の最後の用意としてゐた。さうした最後の用意が、如何なる場合にも、彼女を勇気付けた。
真珠夫人 (新字旧仮名) / 菊池寛(著)
わしはその時これまでついぞ経験したことのない得体の知れない悪魔が、わしの心の奥で匕首あひくちのやうな白い歯を見せて笑つてゐるのを見つけたのだ。
独楽園 (新字旧仮名) / 薄田泣菫(著)
初め剃刀かみそりいぢつてゐたのを看護婦がだまして取り上げたんやが、其の次ぎにまた匕首あひくちを弄つてたのを見付けたんで、取り上げて了ふと、それからあばれ出したんだすな。
天満宮 (旧字旧仮名) / 上司小剣(著)
あんないけない奴だし、——それに始終匕首あひくちを持つてゐると言ふんぢや無いの。なんしろ昨日の今日だからね。又、しよびかれたりしたんぢや始まらないからね。いゝね?
疵だらけのお秋 (新字旧仮名) / 三好十郎(著)
すぐ風呂敷ふろしきの結び目がずつとけてしまつて、うしろへ荷物をはふり出し、すぐ匕首あひくちいて追剥おひはぎたゝかふくらゐでなければ、とて薬屋くすりや出来できませぬ、わたしけば大丈夫でございます
塩原多助旅日記 (新字旧仮名) / 三遊亭円朝(著)
高島田たかしまだ前髮まへがみつめたやいばあり、まどつらぬくはすだれなす氷柱つらゝにこそ。カチリとおとしてつてかしぬ。ひとのもしうかゞはば、いとめてほとばしらす匕首あひくちとやおどろかん。新婦よめぎみくちびるふくみて微笑ほゝゑみぬ。
婦人十一題 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
壻この約を婦に聞きて、婦の衣裳を纏ひ、婦の面紗おもぎぬを被りて出でぬ。好くこそ來つれと引き寄せ給ふ殿の胸には、匕首あひくちの刃深く刺されぬ。これは昔がたりなり。われも此の如き貴人を知りたり。
君もし血気の壮士なりとせんか、まさ匕首あひくちを懐にして、先生を刺さんと誓ひしなるべし。その文を猥談と称するもの明朝に枝山しざん祝允明しゆくいんめいあり。允明、字は希哲きてつをさなきより文辞を攻め、奇気はなはだ縦横なり。
八宝飯 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
覆面も 麻藥も やすりも 匕首あひくちも 七つ道具はそろつてゐる
駱駝の瘤にまたがつて (旧字旧仮名) / 三好達治(著)
東照公の横ツ腹に匕首あひくちを加へたものである。
努力論 (旧字旧仮名) / 幸田露伴(著)
匕首あひくちさやが一本、蝋塗ろぬりのありふれた品で、あんなのは何處にでもありますが、——それが六七間離れた橋板の上に棄ててありました」
一句一句鋭い匕首あひくちの切先で、抉られるやうに、読み了つた直也は最後の一章に来ると、鉄槌で横ざまに殴り付けられたやうな、恐ろしい打撃を受けた。
真珠夫人 (新字旧仮名) / 菊池寛(著)
「大事の/\匕首あひくちがない。腎張じんばりさんが盜んだんやろ、お父さんに申譯おまへん。」
天満宮 (旧字旧仮名) / 上司小剣(著)
匕首あひくちでも脇差でも出刄庖丁でもなく、おほかみきばでないとすれば、その武器は佐太郎には想像も出來なかつた種類のものらしいのです。
……この匕首あひくちはなあ、阿母さんのお父さん……竹ちやんの祖父おぢいさんの記念かたみや、これをお前にあげるよつてなア、……阿母さんが死んだら、これを阿母さんやと思うて、大事にするんやで。
天満宮 (旧字旧仮名) / 上司小剣(著)
匕首あひくちで相手を刺し殺す代りに、精神的にあの男を滅ぼして御覧に入れますから。
真珠夫人 (新字旧仮名) / 菊池寛(著)
「それから取つ組合ひが始まつたが、恐ろしく強い野郎で、その上匕首あひくちを持つてやがる。切尖を除けるはずみに、鼠坂を逆落さかおとしだ」
平次は落着拂つてその下を見ると、底の方へ押込むやうに入れてあるのは、一振ひとふり匕首あひくち、拔いて見ると、思ひの外の凄い道具です。
お樂はすつかり氣が變つて源助の言ふ事を聞かなかつたので、前から抱き寄せるやうにして、隱し持つた匕首あひくちで一と突きにしたのです。
「それはもういゝ。が、一つだけ、小三郎が踊り舞臺の後ろの樂屋へ、匕首あひくちを忘れて來たと言つてるが、それを師匠は見なかつたのか」
間違ひもなく鋭い匕首あひくちで一とゑぐりにされ、曲者は匕首を水の中に捨てて、ふなばたの裏から、半弓の矢を取出し、皆んなに見せたのでせう。
「變でせう、親分、——勘六ほどの惡黨が、人を殺した現場に、ノツソリ血だらけな匕首あひくちを持つて立つてゐる筈はないぢやありませんか」
傷口は喉笛のどぶえから右耳の下へなゝめに割いた凄まじいもので、得物は匕首あひくちか脇差か、肉のハゼて居るところを見ると、相當刄の厚いものらしく
お前が匕首あひくちで突いたのは、忠義な下女のお常だ。振袖の下へ鎖帷子くさりかたびらを着せて置いたので、力任ちからまかせでした匕首も、五分とは斬らなかつたよ
平次は龍の口から取つた匕首あひくちのこみを其穴にはめると、匕首は丁度床に植ゑたやうに、物凄い刄先を上にしてピタリとちます。
輕捷けいせふで素早くて、手に了へない上に、何處に隱し持つて居たか、細いきりのやうな匕首あひくちが、相手の急所を狙つて縱横に飛ぶのです。
主人の久兵衞は、匕首あひくちらしいもので、のどをゑぐられてこと切れ、その側に内儀のお篠は氣をうしなつたまゝ、縛られてゐるではありませんか。
「町内の油蟲あぶらむし——釣鐘つりがねの勘六が、血だらけの匕首あひくちを持つて、ぼんやり立つてゐるところを、多勢の人に見られてしまつたんで」
「例へばだよ八、——そいつは自害でなくて殺しで、死んでから、下手人げしゆにんが死體に匕首あひくちを握らせたとお前は言ふつもりだらう」
右の大動脈を切つて、それはひどい血でしたが、死骸の右手には、血だらけの匕首あひくちを持つて居り、自害と見られないこともなかつたのです。
それに、わざ/\自分が忘れて行つた匕首あひくちで、そんなことをする馬鹿もないでせう。その上、猪之松が上州から來たのはお秀の世話ですよ。
外へ出て少し歩くと、鼻の先は直ぐ新場橋、ほりの水は汚れて、匕首あひくちの一本や二本呑んだところで容易に搜しやうはありません。
危機きき一髮のところへ、平次得意の投げ錢が飛びました。二の腕の關節くわんせつ永樂錢えいらくせんに打たれて、思はず匕首あひくちを取落したところへ、飛込んだ平次。
「それにしちや、匕首あひくちのないのが變ぢやありませんか。曲者は鞘だけ捨てて、血染の刄物を持つて逃げたことになりますが」
あわてて抱き起しましたが、最早虫の息もなく、匕首あひくちか何にかで喉笛を一とゑぐりされて、聲も立てずに死んだことでせう。
「下男の爲吉ですよ。裏門の外で、土手つ腹をゑぐられて、匕首あひくちは、爲吉本人の物だから、だらしが無いぢやありませんか」
これは人に切られたものとわかり、よく突つ込んで訊くと、右太吉との嫉妬しつとの爭ひから、匕首あひくちで斬られた傷とわかりました。
「ハツハツ、むきになりやがつたな。まア宜い、匕首あひくちの鞘は暮までに搜すとして、矢張り元柳橋のお幾のところへ行かうか」
が、便所の草履ざうりをはいて細工をしたり、匕首あひくちを聟の部屋の花瓶くわびんに入れるやうなことは、品吉でなければ出來ない藝當です。
三好屋の隱居を殺したのも、植惣の主人を刺したのも、同じ匕首あひくちらしく、唯一と突で急所を誤らなかつたのは、何と言つても恐ろしい手際です。
「もう一つ、匕首あひくちは誰の品か、判らなきや、何處から出たか搜してくれ、これは下つ引を二三人歩かせたら、判るだらう」
わざと自分の匕首あひくちで爺やを刺したのは金之丞の喰へないところで、錢形平次の智惠の底の底まで見破みやぶつたつもりの細工さ。
「足跡や雨戸の氣のきかない細工を見ると、下手人は間違ひもなく家の中のものだが、娘ののどに突つ立つてゐる匕首あひくちは、誰も見たことのない品だ」
「何んだつて匕首あひくちなんかで殺しなすつたんです。不都合があるなら無禮討ちにしたつて構はない相手ぢやありませんか」
成程さう言へば血潮は刄形に附いて居て、自分で自分の着物で匕首あひくちを拭かなければ、こんな型が付く道理はありません。
音松は空家の奧の六疊の押入に首を突つ込み、床板をはがしたまゝ背中から匕首あひくちを突つ立てられてこと切れて居たのです。
「ところで、八。お前も飛んだ命拾ひをしたかも知れないよ。萬七親分の繩目は、俺がどうにでもしてやるが、有太郎の匕首あひくちは防ぎやうがないぜ」
傷は右首筋、匕首あひくちか何んかで、廻しながらザクリと切つたもの、返り血を受けないために、恐らくは後ろから手を廻して刄物を引いたものでせう。
主人廣田利右衞門の寢間の用箪笥だんすが開いて、中を掻き廻した上、時計が無くなつてゐるし、仕事場では弟子の爲三郎といふのが、匕首あひくちで正面から胸を