両袖りょうそで)” の例文
旧字:兩袖
十月末の風のない朝だ。空も海も青々として、ひきしまるような海の空気は、両袖りょうそでで思わず胸をだくほどのひやっこさである。
二十四の瞳 (新字新仮名) / 壺井栄(著)
どこの百姓ひゃくしょう女房にょうぼうであろうか、櫛巻くしまきにしたほつれをなみだにぬらして、両袖りょうそでかおにあてたまま濠にむかってさめざめといているようす……
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
ばしの鉄材が蛛手くもでになって上を下へと飛びはねるので、葉子は思わずデッキのパンネルに身を退いて、両袖りょうそでで顔をおさえて物を念じるようにした。
或る女:1(前編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
復一はさすがに云いよどんだ。すると真佐子は漂渺とした白い顔に少しはじらいをふくんで、両袖りょうそでを掻き合しながら云った。
金魚撩乱 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
と、ひしと合はせた、両袖りょうそでかたしまつたが、こぼるゝ蹴出けだし柔かに、つま一靡ひとなびき落着いて、胸をらして、顔を引き
印度更紗 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
ガッチリ弓を棚に掛け、はかま両袖りょうそでをポンポンと払うと、静かに葉之助は射場を離れ、端然と殿の前へ手をつかえた。
八ヶ嶽の魔神 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
おせきは仕立ておろしの綿入の両袖りょうそでをかき合わせながら、北にむかって足早にたどって来ると、宇田川町の大通りに五、六人の男の子が駈けまわって遊んでいた。
影を踏まれた女 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
僕は改札口のところで、トンビの両袖りょうそでを重ねてしゃがみ、君を待っていたのだが、内心、気が気でなかった。君の汽車が一時間おくれると、一時間だけ君と飲む時間が少くなるわけである。
未帰還の友に (新字新仮名) / 太宰治(著)
いつか、まだ独身者であった時の百合子との散歩を僕はふと考えたものであったが、僕の後からゆっくり歩いて来ている彼女は、紙雛かみびなのように両袖りょうそでを胸に合わせて眼を細めて空を見ているではないか。
魚の序文 (新字新仮名) / 林芙美子(著)
妻は両袖りょうそでを合せるようにし、広い砂浜をふり返っていた。
蜃気楼 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
赤いてがらは腰をかけ、両袖りょうそで福紗包ふくさづつみひざの上にのせて
深川の唄 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
両袖りょうそでまくれてさすがに肉付にくづきの悪からぬ二のうでまで見ゆ。
貧乏 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
両袖りょうそでゆきを引っ張って見せる。
坑夫 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
もすそたたみにつくばかり、細くつま引合ひきあわせた、両袖りょうそでをだらりと、もとより空蝉うつせみの殻なれば、咽喉のどもなく肩もない、えりを掛けて裏返しに下げてある、衣紋えもんうつばりの上に日の通さぬ
二世の契 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
厠へゆく時でも、かれは両袖りょうそでで顔をおおひかくすやうにしてゐたが、どうかしてその袖のあひだからちらりとれた顔をみせられた場合には、誰でもその美しいのに驚かない者はなかつた。
梟娘の話 (新字旧仮名) / 岡本綺堂(著)
両方へさばひろげた両袖りょうそでとが、ちょっと三番叟さんばそうの形に似ているなと思う途端に、むくりと、その色彩の喰み合いの中から操り人形のそれのように大桃割れに結って白い顔がもたげ上げられた。
雛妓 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
「胸騒ぎがする。」と言って、八重は両袖りょうそでで胸をおおった。
新釈諸国噺 (新字新仮名) / 太宰治(著)
美人たおやめは其の横に、机を控へて、行燈あんどうかたわらに、せなを細く、もすそをすらりと、なよやかに薄い絹の掻巻かいまきを肩から羽織はおつて、両袖りょうそでを下へ忘れた、そうの手を包んだ友染ゆうぜんで、清らかなうなじから頬杖ほおづえいて
貴婦人 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
お絹は両袖りょうそでを胸へ抱え上げてくるりと若い料理教師に背を向けながら
食魔 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
わたくしは淋しい気持に両袖りょうそでで胸を抱いて言った。
雛妓 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
夫人は両袖りょうそでを前にき合せた。
母子叙情 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)