一先ひとまず)” の例文
かくこの場合面と向って愚図愚図云合おうよりは勢を示して一先ひとまず外へ出た上、何とか適宜の処置を取ろうと思い定めたのである。
夏すがた (新字新仮名) / 永井荷風(著)
りよは小笠原邸の原田夫婦が一先ひとまず引き取ることになった。病身な未亡人は願済ねがいずみの上で、里方桜井須磨右衛門の家で保養することになった。
護持院原の敵討 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
又盗すまれてはと、箪笥にしもうて錠を卸ろすや、今度は提革包さげかばんの始末。これは妻の寝静まった後ならではと一先ひとまず素知らぬ顔で床に入った。
酒中日記 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
而して一先ひとまず村へ帰って人々の助けを借りて、再び池の中を捜索したけれど、その苦心のいもなく、とうとう死骸を見付ることが出来なかった。
稚子ヶ淵 (新字新仮名) / 小川未明(著)
一先ひとまず旅籠屋はたごやに落着かせまして、折角出て来たものですから、一日位見物しておいでなさいと、つい申して了いました。
蒲団 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
私はこれで一先ひとまず居士追懐談の筆をめようと思う。私は今でもなお、居士の新らしいむくろの前で母堂の言われた言葉を思い出すたびに、深い考に沈むのである。
子規居士と余 (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
やがてはまた、今夜の闇討が縁となって、その方どもが摩利の御教みおしえに帰依し奉る時も参るであろう。じゃによってその時が参るまでは、一先ひとまずこの場を退散致したがい。
邪宗門 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
紀の内意により度々後藤象次郎へあやまり出、何分対薩州止訳に相成、一先ひとまず五代之申条に任せ候処、今日紀の官長、後藤へ罷越、重々誤入候趣申に付、許し遣し候。
何がさて、その当時の事であるから、一同ただ驚き怪しんで只管いたずらに妖怪変化の所為しわざと恐れ、お部屋様も遂にこのやしき居堪いたたまれず、浅草並木辺の実家へ一先ひとまずお引移りという始末。
池袋の怪 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
されば我まげをば切取って、これにて胸をば晴し、其の方は一先ひとまずこゝを立退たちのいて、相川新五兵衞方へ密々みつ/\に万事相談致せ、此の刀はさきつ頃藤村屋新兵衞方にて買わんと思い
あの日お嬢様とお別れすると、私は家へ一先ひとまず帰えり扮装室へ這入りました。
西班牙の恋 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
一先ひとまず本人の意志を聞いて見て……」
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
わたくしははしくと共にすぐさま門をで、遠く千住せんじゅなり亀井戸なり、足の向く方へ行って見るつもりで、一先ひとまず電車で雷門かみなりもんまでくと
濹東綺譚 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
相談も漸く熟したので僕は一先ひとまず故郷くにに帰り、親族にたくしてあった山林田畑をことごとく売り飛ばし、その資金で新開墾地を北海道に作ろうと、十日間位のつもりで国に帰ったのが
牛肉と馬鈴薯 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
「おお、大儀。大儀。それで予の腹も一先ひとまず癒えたと申すものじゃ。が、とてもの事に、その方どもは、予が車を警護かたがた、そこな老耄おいぼれを引き立て、堀川の屋形やかたまで参ってくれい。」
邪宗門 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
一年半ほど諸国を遍歴へめぐり、九州までまいったが、少しも刀の手掛りもなく、少々気になることが有って、一先ひとまず江戸へ立帰って、芝の上屋敷へまいって聞けば、親父はお暇になったとの事
われわれは一先ひとまず土間へ下した書物の包をば、よいしょと覚えず声を掛けて畳の方へと引摺ひきずり上げるまで番頭はだまって知らぬ顔をしている。
梅雨晴 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
主人 (なだめるように)まあ、あなたなどは御年若おとしわかなのですから、一先ひとまず御父様おとうさまの御国へお帰りなさい。いくらあなたがさわいで見たところが、とても黒ん坊の王様にはかないはしません。
三つの宝 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
一先ひとまず拝借! 一先拝借して自分の急場を救った上で、そのうちに母から取返すとも、自分で工夫して金を作るとも、何とでもして取った百円を再び革包に入れ、そのまま人知れず先方に届ける。
酒中日記 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
わたしは一先ひとまず当人を親里へ逃して置いて、芸者家へは当人から病気になったから、二、三日帰れないという手紙を出させ、陰に廻って、そっと東京へ呼戻よびもどして
あぢさゐ (新字新仮名) / 永井荷風(著)
父は洋服に着換る為め、一先ひとまず屋敷へ這入る。田崎は伝通院前でんずういんまえ生薬屋きぐすりや硫黄いおう烟硝えんしょうを買いに行く。残りのものは一升樽いっしょうだるを茶碗飲みにして、準備の出来るのを待って居る騒ぎ。
(新字新仮名) / 永井荷風(著)
一同は一先ひとまず種彦を二階へ案内するや否や、茶を持運ぶ女中の立去るをおそしと、左右から不安な顔を差伸さしのばすのであった。種彦は脇差を傍に扇を使いながら少し身をくつろがせ
散柳窓夕栄 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
今更懐中の金子を道にて行き候とも、人殺の罪は免れぬ処と、夜中やちゅうまんじりとも致さず案じわずらひ候末、とにかく一先ひとまず何地いずちへなり姿を隠し、様子をうかがひ候上、覚悟相定め申べしと存じ
榎物語 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
雪をさいわい今夜の中にどうかして居処をつきつけたいと、手も足も凍ってしまうまでその辺をうろついていましたが、かたきの行衛がわからないので、一先ひとまず石原の二階へ立戻り、翌日からは毎日毎夜
あぢさゐ (新字新仮名) / 永井荷風(著)
多年稼いでいた下谷のお化横町ばけよこちょうから一先ひとまず小石川餌差町えさしまち辺の親元へ立退く。
夏すがた (新字新仮名) / 永井荷風(著)
追放同様の身と相なり候にり、一先ひとまず国許くにもと立退たちのきたきかんがえなれば、四、五日厄介になりたき趣を頼み候処、心好く承知致しくれ候故、ゆっくり疲労を休め、しまの衣服、合羽かっぱなど買求め候得そうらえども
榎物語 (新字新仮名) / 永井荷風(著)