“せんてい”のいろいろな漢字の書き方と例文
語句割合
剪定25.0%
船底20.0%
先帝10.0%
戰艇5.0%
宣帝5.0%
戦艇5.0%
撰定5.0%
泉邸5.0%
潜邸5.0%
筌蹄5.0%
船梯5.0%
選定5.0%
(注) 作品の中でふりがなが振られた語句のみを対象としているため、一般的な用法や使用頻度とは異なる場合があります。
言いかえれば作者の感情のままに自然は剪定(せんてい)されるのである。自然は自由に作者の前にひざまずく。これは決して形容ではない。客観写生の妙技である。
俳句への道 (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
浮力の加減で船底(せんてい)にハリツイていた喜三郎の屍体は、その儘(まま)連れ出されて外海(そとうみ)へ漂流する訳だ。
カンカン虫殺人事件 (新字新仮名) / 大阪圭吉(著)
先帝(せんてい)後醍醐(ごだいご)の隠岐(おき)遠流(おんる)。
私本太平記:05 世の辻の帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
彼等(かれら)は日本帝國(につぽんていこく)の爲(ため)に、今(いま)や斯(かゝ)る戰艇(せんてい)が竣成(しゆんせい)したと知(し)つたら、决(けつ)して默(もく)しては居(を)りません、必定(ひつぜう)、全力(ぜんりよく)を盡(つく)して、掠奪(りやくだつ)に着手(ちやくしゆ)しませうが、其時(そのとき)、動(うご)いては天下(てんか)無敵(むてき)の此(この)電光艇(でんくわうてい)も
かくも神變(しんぺん)不可思議(ふかしぎ)なる海底戰鬪艇(かいていせんとうてい)は、今(いま)や此(この)秘密(ひみつ)なる洞中(どうちゆう)の造船所(ざうせんじよ)に於(おい)て、櫻木海軍大佐(さくらぎかいぐんたいさ)の指揮(しき)の下(した)に、夜(よ)を日(ひ)に繼(つ)いで製造(せいざう)されつゝあるのであるが、此(この)猛烈(まうれつ)なる戰艇(せんてい)が、他日(たじつ)首尾(しゆび)よく竣工(しゆんこう)して
宣帝(せんてい)の五鳳(ごほう)二年のことだから、李陵が死んでからちょうど十八年めにあたる。李陵の子とあるだけで、名前は記されていない。
李陵 (新字新仮名) / 中島敦(著)
やがては、芦花(ろか)散る江頭(こうとう)の船べりに霜の戈(ほこ)をならべ、葭(よし)の葉かげに戦艇(せんてい)をしのばすなどの水滸(すいこ)の寨(さい)に、かの天罡地煞(てんこうちさつ)の諸星を会するにいたる先駆の第一星こそ、まさにこの人だったのである。
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
『新古今』の撰定(せんてい)を見れば少しは訳の分(わか)って居るのかと思えば自分の歌にはろくなもの無之「駒(こま)とめて袖(そで)うちはらふ」「見わたせば花も紅葉(もみじ)も」などが人にもてはやさるるくらいのものに有之候。
歌よみに与ふる書 (新字新仮名) / 正岡子規(著)
私は泉邸(せんてい)の藪(やぶ)の方へ道をとり、そして、ここでKとははぐれてしまった。
夏の花 (新字新仮名) / 原民喜(著)
すでに億計(おけ)・弘計(おけ)二王子の潜邸(せんてい)の御時にも、伊予の久米部(くめべ)に属する一官人が、大嘗の供物(くもつ)を集めに、播磨(はりま)の東隅の村まで来たという記事もある。
海上の道 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
これを考えると、自分らの実行生活が有している最後の筌蹄(せんてい)は、ただ一語、「諦め」ということに過ぎない。
小舟船梯(せんてい)の底に入り、浪と共に上下し、激して声を成す、船員驚き怒り、棍を携え、梯子に立ち、二人の船を衝き却(しりぞ)けんとす。松陰梯(はしご)に躍(おど)ってその梯に在り、金子を顧みて纜(ともづな)を攬(と)らしむ。
吉田松陰 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)
特(とく)に宅地(たくち)として選定(せんてい)するときに考慮(こうりよ)しなければならぬ弱點(じやくてん)を持(も)つてゐるのである。
地震の話 (旧字旧仮名) / 今村明恒(著)