錠前じょうまえ)” の例文
古い長持であったから、それで錠前じょうまえ刎切はねきれたものであろうけれど、それにしても中からそれを刎切るのは容易な力でありません。
御領地内の錠前じょうまえ金具ことごとく破損仕り、塗壁ぬりかべ剥落はくらく仕り候云々という、ドイツ人の管理人がよこした滑稽な手紙を読み上げた。
イオーヌィチ (新字新仮名) / アントン・チェーホフ(著)
しおしおと、智深は禅床ぜんしょうへ引き退がった。もう人の耳こすりや潮笑にも、めったには怒らないぞと、顔に錠前じょうまえをかけたような無口に変った。
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
瓦斯の火が済むと、マッチの箱をふところへ入れて、入口へ往って障子しょうじを開け、それから懸金かけがねになった錠前じょうまえに指をかけた。錠前は氷のように冷たかった。
黄灯 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
小林君は、鉄ごうしのとびらの外がわの錠前じょうまえの穴をしらべて、それに合うふとさの針金をえらびだし、ヤットコを片手に、針金ざいくをはじめました。
超人ニコラ (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
二年前ある人の使つかい帝国ていこくホテルへ行った時は錠前じょうまえ直しと間違まちがえられた事がある。ケットをかぶって、鎌倉かまくらの大仏を見物した時は車屋から親方と云われた。
坊っちゃん (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
寅吉は深川に住んで、おもて向きは鋳掛いか錠前じょうまえ直しと市中を呼びあるいているが、博奕ばくちも打つ、空巣あきす狙いもやる。
半七捕物帳:40 異人の首 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
金庫の錠前じょうまえがギイギイって音を立てるのが聞こえるんだ。夕方だろう、それが……。まるで青蛙あおがえるが鳴くみたいさ。
にんじん (新字新仮名) / ジュール・ルナール(著)
錠前じょうまえも鍵も向こうがわにあるのだ。どうしたら、錠前や鍵に手がとどくだろうか。それを心配しながら、検事の命令で、警官の一人が、力いっぱい戸をおした。
超人間X号 (新字新仮名) / 海野十三(著)
黒革くろかわ張りに錠前じょうまえ角当ての金具が光って、定紋のあったとおぼしき皮の表衣おもてはけずってあるが、まず千石どころのお家重代のものであろう。女はこれへ眼をつけた。
つづれ烏羽玉 (新字新仮名) / 林不忘(著)
ガロフォリ、マチア、リカルド、錠前じょうまえのかかったスープなべ、むち、ヴィタリス老人ろうじん、あの気のどくな善良ぜんりょうな親方。わたしをこじきの親分へすことをきらったために、死んだ人。
そうして長い論判の末にとうとう寺僧は鍵を持って中央の壇に昇ることになった。数世紀間使用せられなかった鍵が、さびた錠前じょうまえに触れる物音は、二人の全身に身震いを起こさせた。
古寺巡礼 (新字新仮名) / 和辻哲郎(著)
王女は部屋々々の戸へ一つびとかぎをかけてまわりました。それから一ばんしまいに、入口の門へも錠前じょうまえおろしました。そして、それだけの鍵をみんな持って、ウイリイと一しょにお城を立ちました。
黄金鳥 (新字新仮名) / 鈴木三重吉(著)
「へえ、……錠前じょうまえ……。」
花のき村と盗人たち (新字新仮名) / 新美南吉(著)
出口は錠前じょうまえ、窓は鉄格子、半刻はんときあまりも押したり探ったりしているうち、隅の床板に、指が一本入るくらいな穴を見つけた。
鳴門秘帖:01 上方の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
そこを渡って、木戸の錠前じょうまえを外からあけにかかった時に、お雪ちゃんがまたなんとなく陰惨な気分に打たれました。
大菩薩峠:38 農奴の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
勝手元の引戸ひきどに、家の割には、たいへん頑丈がんじょうで大きい錠前じょうまえが、かかっていた。わしは、懐中ふところを探って、一つの鍵をとり出すと、鍵孔かぎあなにさしこんで、ぐッとねじった。
夜泣き鉄骨 (新字新仮名) / 海野十三(著)
老人は燭台をおくと、またポケットから鍵束かぎたばをとり出して、その黒い長い箱の錠前じょうまえをはずした。そして、燭台をかざしながら、そのふたをソロソロとひらいて行った。
悪霊物語 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
世の中もこんな気になればらくなものだ。分別ふんべつ錠前じょうまえけて、執着しゅうじゃく栓張しんばりをはずす。どうともせよと、湯泉のなかで、湯泉と同化してしまう。流れるものほど生きるに苦は入らぬ。
草枕 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
政雄は錠前じょうまえをそのままにしてある雨戸をがたびしと開けて、物に追われるように土間へ入るなり、あわただしくあとをびしりと閉めた。そこには商売用の雑貨あらものを並べた台が左右にあった。
女の怪異 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
「ちょッ。この鞄には、鍵が二箇もぶら下っているのに、肝腎かんじん錠前じょうまえがついていないじゃないか。見かけによらず、とんだインチキものだ。ええッ、腹が立つ!」
鞄らしくない鞄 (新字新仮名) / 海野十三(著)
少くとも女中の知っている限りでは、土蔵のは時候の変り目のほかは殆ど開かれたことがなく、戸前にはいつも開かずの部屋の様に重々しい錠前じょうまえが掛っていたのだから。
悪霊 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
「あれなる石壁に、鉄鎖てつぐさりをもって、物々しい錠前じょうまえをかけてある門が見えるが、あれは何だ?」
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
繩目が何だ。錠前じょうまえが何だ。そんなものは僕にとって、全く無意味であることを、君は知らないのか
魔術師 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
当時の慣わし、半裸にして、二十ぺんの棒打ちを背に食らわせ、その顔に刺青いれずみする。また、護送となっては、鉄貼かねばりの板のかせが首にはめられ、その錠前じょうまえに封印がほどこされた。
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
ガチャン! という錠前じょうまえをはずす音。ガラガラとおもい鉄のけるひびき——。
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
いつものように、錠前じょうまえをおろしてきた。窓には鉄ごうしがはめてあるし、壁はコンクリートだ。いくら怪物でも、あの書庫はやぶれないだろう。……いや、おまえのおもいすごしだよ。
妖星人R (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
どこへいったのかと思うと馬糧小屋まぐさごやだ。馬糧をぬすみにはいる泥棒どろぼうはないから、そこだけは錠前じょうまえもなく、ギイとくとなんなくかれをむかえいれてくれた。そしてまたソーッとめておく。
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
祖先伝来の丹塗にぬりの長持ながもちや、紋章もんしょうの様な錠前じょうまえのついたいかめしい箪笥たんすや、虫の食った鎧櫃よろいびつや、不用の書物をつめた本箱や、そのほか様々のがらくた道具を、滅茶苦茶めちゃくちゃに置き並べ積重ねた。
(新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
と言うと、龍平の両手は、ガチリ、ガチリ、と大きな錠前じょうまえにふれておりましたが、その時、土蔵の横の網窓に、うッすらと中から不可解な光線がゆらめいていたのを二人とも知りません。
江戸三国志 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
ふりかえってみると、中から揺すぶる板戸の錠前じょうまえがガタガタとおどっていた。
鳴門秘帖:06 鳴門の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
錠前じょうまえこわして、ぽんと、ふたをあけた。
牢獄の花嫁 (新字新仮名) / 吉川英治(著)