辛夷こぶし)” の例文
手に辛夷こぶしの花を持っているが、ふっくらとした頬はそのはなびらよりも白く、走って来たために激しくあえいでいる唇にも血気ちのけがなかった。
春いくたび (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
村落むら處々ところ/″\にはまだすこしたけたやうなしろ辛夷こぶしが、にはかにぽつとひらいてあをそらにほか/\とうかんでたけこずゑしてた。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
その寺に近いところに、小さい二階家があって、重兵衛はその入口の木戸をあけてはいった。庭には白い辛夷こぶしの花が咲いていた。
半七捕物帳:50 正雪の絵馬 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
二本の燭はこれも一隅が映っている白い包みを左右から護って、枯れた辛夷こぶしの梢越しに、晴れやかに碧い大空でゆらめいているように見えた。
祖母のために (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
同じく北國で田打櫻と呼ばれてゐる辛夷こぶしの花も氣持のいゝ花である。木蓮に似てゐるがそれよりずつと小さく、木蓮の佛臭なく、色は白である。
花二三 (旧字旧仮名) / 若山牧水(著)
今をさかりの花蘇枋はなすおう粉米桜こごめざくら連翹れんぎょう金雀枝えにしだ辛夷こぶしや白木蓮の枝々を透してキラキラ朝日がかがやきそめてきていた。
小説 円朝 (新字新仮名) / 正岡容(著)
紫を辛夷こぶしはなびらに洗う雨重なりて、花はようやく茶にちかかるえんに、す髪の帯を隠して、動かせば背に陽炎かげろうが立つ。
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
何時いつの間に花が咲いて散ったのか、天気になって見ると林の間にある山桜も、辛夷こぶしも青々とした広葉になっていた。
カインの末裔 (新字新仮名) / 有島武郎(著)
その庭にある、巨大な辛夷こぶしの木が私の目的なのである。果して辛夷の梢には、既に点点と蕾が白く綻んでいる。
落日の光景 (新字新仮名) / 外村繁(著)
庭にはまきかやあいだに、木蘭もくれんが花を開いている。木蘭はなぜか日の当る南へ折角せっかくの花を向けないらしい。が、辛夷こぶしは似ている癖に、きっと南へ花を向けている。
保吉の手帳から (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
もくれんは辛夷こぶしの類なり。花白きあり紫なるあれど、玉蘭といへば白き方をさすなるべし。散りぎははおもしろからねど、今や咲かんとする時のさまいと心地よく見ゆ。
花のいろ/\ (新字旧仮名) / 幸田露伴(著)
夏に先立つて、村の會堂の廣場には辛夷こぶしの木に眞白い花が咲く。まだ會堂に閉されてゐて、その花の咲いてゐる間、よくその木のまはりで村の子供たちが日曜日など愉しさうに遊んでゐる。
四葉の苜蓿 (旧字旧仮名) / 堀辰雄(著)
山の雪はおおかた消え欝々うつうつたる緑が峰に谷に陽に輝きながら萌えるようになった。辛夷こぶし、卯の花がに見え山桜の花が咲くようになった。うぐいすの声、駒鳥こまどりの声がやぶの中から聞こえて来る。
八ヶ嶽の魔神 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
近頃はもう姿を見たり声を聴いたりする折も少ないだろうから、話ばかりが伝わればこれくらいの変化は免れないのであろう。いつも川の端に多くいる鳥で、辛夷こぶしの花の咲く頃に啼くといっている。
立ちならぶ辛夷こぶしの莟行く如し
五百句 (新字旧仮名) / 高浜虚子(著)
黄鳥うぐひす辛夷こぶしに触れぬ。
海豹と雲 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
袖垣そでがき辛夷こぶしを添わせて、松苔まつごけ葉蘭はらんの影に畳む上に、切り立ての手拭てぬぐいが春風にらつくような所に住んで見たい。——藤尾はあの家を貰うとか聞いた。
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
庭先に激しい物音がしたので、なにごとかと出て見ると、三十尺も高く伸びていた辛夷こぶしの木が倒れたのであった。
春いくたび (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
これもまだ小学校にいた時分、彼は一人母につれられて、谷中やなかの墓地へ墓参りに行った。墓地の松や生垣いけがきの中には、辛夷こぶしの花が白らんでいる、天気のい日曜のひる過ぎだった。
お律と子等と (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
「いまのが辛夷こぶしの花かなあ?」僕はうつけたように答えた。
大和路・信濃路 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
辛夷こぶしこそ深山みやまきさき
海豹と雲 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
鯉はおどる。はすを吹く、芝生はしだいに青くなる、辛夷こぶしちた。謎の女はそんな事に頓着とんじゃくはない。日となく夜となく欽吾の幽霊で苦しめられている。
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
杉の樹立こだちのなかに辛夷こぶしの木があるばかりで、はじめはいかにも作らなすぎるお庭だと思ったが、お居間の前にある噴き井をみつけてから、ようやくその趣きの深さというものが
日本婦道記:桃の井戸 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
水をかすめて去来する岩燕いわつばめを眺めていると、あるいは山峡やまかい辛夷こぶしの下に、みつって飛びも出来ないあぶ羽音はおとを聞いていると、何とも云いようのない寂しさが突然彼を襲う事があった。
素戔嗚尊 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
「あれは辛夷こぶしの花だで。」
辛夷の花 (新字旧仮名) / 堀辰雄(著)
霧雨きりさめ朝明あさけ辛夷こぶし
海豹と雲 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
「あれは辛夷こぶしの花だで。」
大和路・信濃路 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
辛夷こぶしの花の包である。
春いくたび (新字新仮名) / 山本周五郎(著)