軒並のきなみ)” の例文
旧字:軒竝
浜納屋はまなやづくりのいろは茶屋が、軒並のきなみの水引暖簾のれんに、白粉おしろいの香を競わせている中に、ここの川長かわちょうだけは、奥行のある川魚料理の門構え。
鳴門秘帖:01 上方の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
このころの東京は、見渡すところ寿司屋ばかりの食べ物横丁よこちょうかと思わせるほどの軒並のきなみであった。雨後うごたけのこどころのさわぎではない。
握り寿司の名人 (新字新仮名) / 北大路魯山人(著)
殊にお掛屋かけやの株を買って多年の心願の一端がかなってからは木剣、刺股さすまた袖搦そでがらみを玄関に飾って威儀堂々と構えて軒並のきなみの町家を下目しために見ていた。
勿論其の住民の階級職業によつて路地は種々しゆ/″\異つた体裁をなしてゐる。日本橋ぎは木原店きはらだな軒並のきなみ飲食店の行灯あんどうが出てゐる処から今だに食傷新道しよくしやうじんみちの名がついてゐる。
路地 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
けい (新聞を読みながら入ってくる)国民政府日本品の輸入販売を禁止か? 対支貿易は停止状態……今に中国に関りのある日本人は軒並のきなみ倒れてしまうでしょうね。
女の一生 (新字新仮名) / 森本薫(著)
金沢かなざわの高等学校には入ってからは、夕方の散歩に陳列棚をのぞきこむ位のものだった。九谷窯元と書いた看板が、軒並のきなみに並んでいたが、皆寺井でつくったものばかりだった。
九谷焼 (新字新仮名) / 中谷宇吉郎(著)
旦那様お通りの時分には、玉ころがしの店、女郎屋のかどなどは軒並のきなみ戸がいておりましてございましょうけれども、旅籠屋は大抵戸を閉めておりましたことと存じまする。
伊勢之巻 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
やむを得ず七兵衛は、用もありもしないしもちょうへ出て、ぶらりぶらりと軒並のきなみ掛行燈かけあんどんなどを見て行く、一廻りして中堂寺町へ出て、後ろを見ると小間物屋の姿は見えない。
飯田の町には綺羅きらを飾った沢山の人達が出盛っていた。どうやら祭礼でもあるらしく軒並のきなみに神灯が飾ってある。この土地は気候が温暖あたたかいと見えて町には雪も積もっていない。
蔦葛木曽棧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
そこで目に映じた市街の印象は、非常に特殊な珍しいものであった。すべての軒並のきなみの商店や建築物は、美術的に変った風情ふぜいで意匠され、かつ町全体としての集合美を構成していた。
猫町:散文詩風な小説 (新字新仮名) / 萩原朔太郎(著)
そうすれば××町のあたりは軒並のきなみも多少変ったろうし、賑やかにもなったろう……あの池も、この前のように、あんな沢山たくさんふなこいはいなくなったかも知れない……ひょっとすれば
あまり者 (新字新仮名) / 徳永直(著)
片側町かたかはまちなる坂町さかまち軒並のきなみとざして、何処いづこ隙洩すきも火影ひかげも見えず、旧砲兵営の外柵がいさく生茂おひしげ群松むらまつ颯々さつさつの響をして、その下道したみち小暗をぐらき空に五位鷺ごいさぎ魂切たまきる声消えて、夜色愁ふるが如く
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
蔵造りの軒並のきなみ萱葺かやぶきの屋根がそろえば、工藝の品もまた揃う。建物が吾々の足を留める所は、やがて品物にもえる個所である。旧家は物の歴史やりかを知るに何よりの手引きである。
地方の民芸 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
そう考えると信一郎はくずれかゝった勇気を振いおこして、五番町の表通と横町とを軒並のきなみに、物色して歩いた。彼は、五番町のすべてをあさった。が、何処どこにも、荘田と云う表札は、見出みいださなかった。
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
その途中に暖簾のれんが風に動いていたり、腰障子こししょうじに大きなはまぐりがかいてあったりして、多少の変化は無論あるけれども、軒並のきなみだけを遠くまで追っ掛けて行くと、一里が半秒はんセコンドで眼の中に飛び込んで来る。
坑夫 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
大小建築の軒並のきなみ屋根高低たかひくに立並び、立續き
展望 (旧字旧仮名) / 福士幸次郎(著)
勿論その住民の階級職業によって路地は種々異った体裁ていさいをなしている。日本橋際にほんばしぎわ木原店きはらだな軒並のきなみ飲食店の行燈あんどうが出ている処から今だに食傷新道しょくしょうじんみちの名がついている。
駿河台のくらぼったい旗本屋敷の長屋から移転したので、タシカ今の神田かんだキネマの辺であった。軒並のきなみの町家の中で目立った相当に大きな門構えの二階建で、間数もかなり多かったらしい。
美妙斎美妙 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)
ですが同じ血脈を継ぐ者が、沖縄には軒並のきなみに連なるのです。わずかに遠い天平の文化にその美を追う吾々は、沖縄に来て今もそれが作られ建てられているのを驚きを以て見張らないわけにゆきません。
民芸四十年 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)