襷掛たすきがけ)” の例文
幅の狭い茶色の帯をちょっきりむすびにむすんで、なけなしの髪を頸窩ぼんのくぼへ片づけてその心棒しんぼうに鉛色のかんざしを刺している。そうして襷掛たすきがけであった。
坑夫 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
今頃は定めてお登和さんが襷掛たすきがけ手拭てぬぐい頭髪あたまかぶって家の中を掃除しているだろう。お登和さんは実に働きものだよ。君の幸福おもられる
食道楽:春の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
「ああ、おすまには済まなかった。七年の間ろくろく着物を一枚着せず、いつも襷掛たすきがけけの水仕業みずしわざばかりさせていた」
うつり香 (新字新仮名) / 近松秋江(著)
折から縁に出来いできたれる若き女は、結立ゆひたて円髷まるわげ涼しげに、襷掛たすきがけの惜くも見ゆる真白の濡手ぬれてはじきつつ、座敷をのぞき、庭をうかがひ、人見付けたる会釈のゑみをつと浮べて
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
階下したへ降りて、亭主が襷掛たすきがけで弟子を相手に働いて居る方へ行つて、大きな板の上に裏打される表具を眺めたり、高い壁に添うて下張されてある絵を見せて貰つたり
死の床 (新字旧仮名) / 島崎藤村(著)
卯平うへいはむつゝりとしてそれをけた。平生へいぜいきつけたうちなので勘次かんじきま惡相わるさうすわつた。おしな不斷衣ふだんぎまゝ襷掛たすきがけ大儀相たいぎさう體躯からだうごかして勘次かんじそばへはすわらなかつた。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
それからそれ止度とめどなく想出されて、祖母が縁先に円くなって日向ぼッこをしている格構かっこう、父が眼も鼻も一つにしておおきくしゃみようとする面相かおつき、母が襷掛たすきがけで張物をしている姿などが
平凡 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
此方こっちへ参れば倉富くらとみへ出る、鎌倉道の曲り角に井桁屋米藏と云う饅頭屋があって蒸籠せいろうを積み上げて店へ邪魔になる程置き並べて、亭主はしきりに土竈へっつい焚付たきつけて居る、女房は襷掛たすきがけ
こうして襷掛たすきがけで働いているところを見ると、どうしても一個の独立したあんの主人らしくはなかった。納所なっしょとも小坊主とも云えた。
(新字新仮名) / 夏目漱石(著)
それから赤い襷掛たすきがけに紺足袋穿という風俗なりで、籾の入った箕を頭の上に載せ、風に向ってすこしずつ振い落すと、その度にしいな塵埃ほこりとの混り合った黄な煙を送る女もあった。
千曲川のスケッチ (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
色くっきりと白くして豊頬しもぶくれの愛敬のある、少しも白粉気おしろいけの無い実に透通すきとおる様な、是が本当の美人と申すので、此の娘が今襷掛たすきがけで働いて居ります、あんまり美しいから人が立停って見て居る様子。
かうして襷掛たすきがけはたらいてゐるところると、うしても一獨立どくりつしたあん主人しゆじんらしくはなかつた。納所なつしよとも小坊主こばうずともへた。
(旧字旧仮名) / 夏目漱石(著)
襷掛たすきがけで、お雪がそれを取込もうとしていると、めずらしい女の客が訪ねて来た。
家:02 (下) (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
翌日宗助が眼をますと、亜鉛張トタンばりひさしの上で寒い音がした。御米が襷掛たすきがけのまま枕元へ来て
(新字新仮名) / 夏目漱石(著)
細君は襷掛たすきがけで、この山の中に出来た南瓜かぼちゃなぞを切りながら働いていた。
千曲川のスケッチ (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
やっぱり襷掛たすきがけのままである。いつのに上がって来たものか、ちっとも気がつかなかった。
坑夫 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
翌日よくじつ宗助そうすけますと、亞鉛張とたんばりひさしうへさむおとがした。御米およね襷掛たすきがけまゝ枕元まくらもと
(旧字旧仮名) / 夏目漱石(著)