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衣冠
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いかん
ふりがな文庫
“
衣冠
(
いかん
)” の例文
わしはあの
優雅
(
ゆうが
)
な
都
(
みやこ
)
の言葉がも一度聞きたい。あの
殿上人
(
てんじょうびと
)
の
礼容
(
れいよう
)
ただしい
衣冠
(
いかん
)
と、そして美しい
上﨟
(
じょうろう
)
の
品
(
ひん
)
のよい
装
(
よそお
)
いがも一度見たい。
俊寛
(新字新仮名)
/
倉田百三
(著)
その時に限り上下でなく
衣冠
(
いかん
)
を着け天神様のような風をする。供もそれに準じた服を着た。私の父も
風折烏帽子
(
かざおれえぼうし
)
に
布衣
(
ほい
)
で供をした。
鳴雪自叙伝
(新字新仮名)
/
内藤鳴雪
(著)
その白煙の隙から後ろの山の
翠色
(
すいしょく
)
を仰ぐのも又風情がある。後ろの山もまた整うたたたずまいである。盛装した女王の
衣冠
(
いかん
)
の
趣
(
おもむき
)
がある。
別府温泉
(新字新仮名)
/
高浜虚子
(著)
実際の力も物もない、その尊厳を、守るためだけに、無数の
雲上人
(
うんじょうびと
)
は、
衣冠
(
いかん
)
を正し、位階
勲職
(
くんしょく
)
の古制度だけをやかましく
詮議
(
せんぎ
)
していた。
新書太閤記:11 第十一分冊
(新字新仮名)
/
吉川英治
(著)
左大臣頼長を始めとして、あらゆる
殿上人
(
てんじょうびと
)
はいずれも
衣冠
(
いかん
)
を正しくして
列
(
なら
)
んでいた。岸の両側の大路小路も見物の群れで埋められていた。
玉藻の前
(新字新仮名)
/
岡本綺堂
(著)
▼ もっと見る
唐代の
衣冠
(
いかん
)
に
蹣跚
(
まんさん
)
の
履
(
くつ
)
を危うく踏んで、だらしなく腕に巻きつけた長い袖を、童子の肩に
凭
(
もた
)
した酔態は、この家の
淋
(
さび
)
しさに似ず、
春王
(
はるおう
)
の四月に
叶
(
かな
)
う楽天家である。
虞美人草
(新字新仮名)
/
夏目漱石
(著)
衣冠
(
いかん
)
布衣
(
ほい
)
を着ていなければならない
筈
(
はず
)
の大宮人達は新興の勢力に媚びて武家の着る筈の
直垂
(
ひたたれ
)
などを着て大宮人の優美な風俗を無くしてしまい、そうして遂には都らしい優美に
現代語訳 方丈記
(新字新仮名)
/
鴨長明
(著)
神職は
潔斎
(
けっさい
)
衣冠
(
いかん
)
して、
御炊上
(
おたきあ
)
げと称して
小豆飯
(
あずきめし
)
三升を炊き酒一升を添え、その者を案内として山に入り求むるに、必ず十坪ばかりの地の一本の枯草もなく掃き清めたかと思う場所がある。
山の人生
(新字新仮名)
/
柳田国男
(著)
衣冠何須挂
二
神武
一
衣冠
(
いかん
)
何
(
なん
)
ぞ
須
(
もちい
)
ん
神武
(
しんぶ
)
に
挂
(
かけ
)
ることを
礫川徜徉記
(新字旧仮名)
/
永井荷風
(著)
と、みな色を失い、彼ら
衣冠
(
いかん
)
のつつしみぶかい眸も、せつな、こぞって
御簾
(
ぎょれん
)
のうちの
御気色
(
みけしき
)
へ、思わずうごいたほどである。
私本太平記:10 風花帖
(新字新仮名)
/
吉川英治
(著)
大鬼
(
だいき
)
は
衣冠
(
いかん
)
にして騎馬、
小鬼
(
しょうき
)
数十
何
(
いず
)
れも
剣戟
(
けんげき
)
を
携
(
たずさ
)
へて従ふ。
屋
(
おく
)
に進んで大鬼
先
(
ま
)
づ
瞋
(
いか
)
つて呼ぶ、小鬼それに応じて口より火を噴き、
光熖
(
こうえん
)
屋
(
おく
)
を
照
(
てら
)
すと。
雨夜の怪談
(新字旧仮名)
/
岡本綺堂
(著)
一月の元旦といえば、
衣冠
(
いかん
)
をただして、遠く皇居を拝し、次に、祖先の
廟
(
びょう
)
にぬかずいて、父母のみたまに一年の報告をすることを例としているというはなしもある。
新書太閤記:04 第四分冊
(新字新仮名)
/
吉川英治
(著)
公卿
(
くげ
)
の
常盤井
(
ときわい
)
殿へ伺候して
拝謁
(
はいえつ
)
を願い出たら、折しも十二月の中旬というのに、垢じみた
衣冠
(
いかん
)
すらなく、夏のままな
単衣
(
ひとえ
)
に
蚊帳
(
かや
)
を上に
纒
(
まと
)
うて会ったということである。
新書太閤記:02 第二分冊
(新字新仮名)
/
吉川英治
(著)
藤房も坊で休息中に装いをあらためたか、中納言の
衣冠
(
いかん
)
をしていた。チラと正成を見、
会釈
(
えしゃく
)
だけしておくへ通ってゆく。——ほぼ正成と同年配の三十七、八とながめられた。
私本太平記:04 帝獄帖
(新字新仮名)
/
吉川英治
(著)
貴人の風格のある例の
小旋風
(
しょうせんぷう
)
柴進
(
さいしん
)
は、
衣冠
(
いかん
)
帯剣
(
たいけん
)
の身なりで、九紋龍史進と
浪子
(
ろうし
)
燕青
(
えんせい
)
のふたりを
供人
(
ともびと
)
に仕立て、大名府の
小路
(
こうじ
)
の角に、さっきから、かなり長いことたたずんでいた。
新・水滸伝
(新字新仮名)
/
吉川英治
(著)
神
(
かん
)
さびた
杉
(
すぎ
)
こだちの
御山
(
みやま
)
の、
黒髪
(
くろかみ
)
を分けたように見えるたかい
石段
(
いしだん
)
のうえから、
衣冠
(
いかん
)
の
神官
(
しんかん
)
、
緑衣
(
りょくい
)
の
伶人
(
れいじん
)
、それにつづいてあまたの
御岳行人
(
みたけぎょうにん
)
が
白衣
(
びゃくえ
)
をそろえて
粛々
(
しゅくしゅく
)
と
広前
(
ひろまえ
)
へ
降
(
お
)
りてくる。
神州天馬侠
(新字新仮名)
/
吉川英治
(著)
衣冠
(
いかん
)
にありつけない時代がここ十年も続いた結果は——いまや世はあやしげなる両面社会を当然に持つにいたり——たまたま、相馬の小次郎が遭遇したような、柳桜の綾をなす文化の都と
平の将門
(新字新仮名)
/
吉川英治
(著)
近江中将蓮浄
(
おうみのちゅうじょうれんじょう
)
、
山城守基兼
(
やましろのかみもとかね
)
、その他の文官や武官も、ぞくぞくと
衣冠
(
いかん
)
や太刀を
剥
(
は
)
がれて、西八条へ召し捕られてゆくし、また、鹿ヶ谷の俊寛も、手あらい雑兵に
縛
(
いま
)
しめられ、犬か牛のように
親鸞
(新字新仮名)
/
吉川英治
(著)
早暁の太鼓と共に、秀吉はもう
衣冠
(
いかん
)
して、姫山の社前に、朝拝していた。
新書太閤記:09 第九分冊
(新字新仮名)
/
吉川英治
(著)
匹夫
(
ひっぷ
)
みな
衣冠
(
いかん
)
して、一躍、
廟堂
(
びょうどう
)
に並列したのである。——実に、一個の董卓の
掌
(
てのひら
)
から、天下の大権は、転々と騒乱のうちにもてあそばれ、こうしてまたたちまち、四人の掌に移ったのであった。
三国志:03 群星の巻
(新字新仮名)
/
吉川英治
(著)
むかし清洲のお
濠浚
(
ほりざら
)
いや馬糞掃除をしていた御小人あがりの
匹夫
(
ひっぷ
)
が、今日、
衣冠
(
いかん
)
して得々たるかの如き前に、何で柴田修理勝家ともあろう者が下風に置かれていようぞ——そう思うのであった。
新書太閤記:08 第八分冊
(新字新仮名)
/
吉川英治
(著)
衣冠
(
いかん
)
、
官階
(
かんかい
)
の
尊貴
(
そんき
)
が、絶対に、人心のうえに大きな作用をもつその当時にあっては、秀吉なども、ただ自己の凡情を満足させるだけでなく、天下
収攬
(
しゅうらん
)
の
具
(
ぐ
)
として、ひとつの必要事にはちがいない。
新書太閤記:11 第十一分冊
(新字新仮名)
/
吉川英治
(著)
“衣冠”の意味
《名詞》
衣服と冠。
公卿が着用する正式な衣装である束帯の略装。
(出典:Wiktionary)
“衣冠”の解説
衣冠(いかん)は平安時代以降の貴族や官人の宮中での勤務服。
(出典:Wikipedia)
衣
常用漢字
小4
部首:⾐
6画
冠
常用漢字
中学
部首:⼍
9画
“衣冠”で始まる語句
衣冠束帯
衣冠制度
衣冠束帶
衣冠魚帯