蠢動しゅんどう)” の例文
私は顔があかくなった。私の眼の前には、チェリーの真白なムチムチ肥えたあらわな二の腕が、それ自身一つの生物せいぶつのように蠢動しゅんどうしていた。
ゴールデン・バット事件 (新字新仮名) / 海野十三(著)
かくのごとき眼より見れば、実際の等温線は大小無数の波状凹凸を有しこれが寸時も止まらず蠢動しゅんどうせるものと考えざるべからず。
自然現象の予報 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
世間の目一般は、天皇軍対尊氏だけにとらわれ、はや北条遺臣軍の、信濃、越後、裏日本へわたる蠢動しゅんどうなどは、消えたものと思っている。
私本太平記:10 風花帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
この複雑なる内部生命はおのれみずからの存在を完全ならしめ、かつ存在の意識を確実にせんがために、表現の道を外に求めて内に蠢動しゅんどうする。
愛と認識との出発 (新字新仮名) / 倉田百三(著)
「見ろ、極左の蠢動しゅんどうする処、弾圧の如何に加重するかを! 彼等ウルトラはこうして益々大衆から孤立してゆくのだ!」
鋳物工場 (新字新仮名) / 戸田豊子(著)
わたしは放蕩のけがれの中に蠢動しゅんどうしながら、それと同時に、己れに価するくらい純潔な娘を物色したのですからねえ。
休養は万物の旻天びんてんから要求してしかるべき権利である。この世に生息すべき義務を有して蠢動しゅんどうする者は、生息の義務を果すために休養を得ねばならぬ。
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
「人間が万物の霊長だなんて問題に、コビリつくことはもうよそう。が、全く人間も他の動物と同様に食うため、生殖するために、地上で蠢動しゅんどうしてるんだね」
海に生くる人々 (新字新仮名) / 葉山嘉樹(著)
と云うのは、この事件を機会にして、再び、彼を悩ましつづける、神経の蠢動しゅんどうが起りはじめたからだ。
人魚謎お岩殺し (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
ただ、昆虫こんちゅうや青虫など、たえず森をかじって破壊する無数の生物の、神秘な蠢動しゅんどうの音が聞えるばかりだった——決してやむことのない規則正しい死の息吹いぶきである。
氷柱つららの結ぶ崖下がけしたの穴や、それから吹溜りに蠢動しゅんどうする熊の背などが、心をそそるように眼にうかぶ……熊がどの穴からどの道を通るか、鹿はどっちからどの林へ追込むか
夜明けの辻 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
黄泥色の濁りに底うなりを立てて蠢動しゅんどうして行った。ときどき野鴨のがもの群れが羽ばたいてび立った。
石狩川 (新字新仮名) / 本庄陸男(著)
世の中には、作品の表面には、人道主義の合言葉や旗印が山の如く積まれてありながら、少しく奥を探ると、醜いエゴイズムが蠢動しゅんどうしているような作品も決して少くはない。
志賀直哉氏の作品 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
仮りにも人間の手を経て作られたワナは、さる小動物の蠢動しゅんどうによって、左様に容易たやすく改廃さるべきものではないのに、二つとも、完全に逃げおおせたのは、見えない眼前の事実。
大菩薩峠:31 勿来の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
恐ろしくんでいる場内は、霧のような濁った空気にたされて、黒く、もくもくとかたまって蠢動しゅんどうしている群衆の生温かい人いきれが、顔のお白粉を腐らせるように漂って居た。
秘密 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
そんな書物を知らずに開けて見るとバリバリと音がして幾つもの仔虫が転がり出て来てそれを見ていると体を緩やかに蠢動しゅんどうさせて居り、憎いヤツだとそれを潰すとクリーム様の汁が出る。
植物記 (新字新仮名) / 牧野富太郎(著)
彼はその厭悪えんおすべき蠢動しゅんどうのうちに、ただに現在の社会制度を掘り返すのみでなく、なお哲学をも、科学をも、法律をも、人類の思想をも、文明をも、革命をも、進歩をも、すべてを掘り返す。
目覚めた時も魂はねむり、ねむった時もその肉体は目覚めている。在るものはただ無自覚な肉慾のみ。それはあらゆる時間に目覚め、虫の如きまざる反応の蠢動しゅんどうを起す肉体であるにすぎない。
白痴 (新字新仮名) / 坂口安吾(著)
無数の黒色の旅客が、この東洋一とやらの大停車場に、うようよ、蠢動しゅんどうしていた。すべて廃残の身の上である。私には、そう思われて仕方がない。ここは東北農村の魔の門であると言われている。
座興に非ず (新字新仮名) / 太宰治(著)
からぬ噂を立て、不平不逞の浪人共、物の解らぬ直参旗本の尻押しで、ともすればわしの身に、危害を加えようとする企みもある由、——なに、彼等が、蠢動しゅんどういたせばとて、びくびくいたす程の
雪之丞変化 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
「よしよし今度こそはのがさぬぞ」堅く心に誓いながら、鼓賊の詮議に着手したが、いわゆる今日での科学的捜索それを尊ぶ彼であったから、むやみと蠢動しゅんどうするのをやめ、理詰めで行こうと決心した。
名人地獄 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
しかしこの時、彼の心中には、全く種類を異にしたある別の疑懼ぎくの念が蠢動しゅんどうしていた。しかも自分ではっきりとそれを把握することができないために、それはいっそう悩ましく感ぜられるのであった。
眠っているように思っている植物が怪獣のごとくあばれ回ったり、世界的拳闘選手けんとうせんしゅが芋虫のように蠢動しゅんどうするのを見ることもできるのである。
映画の世界像 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
昨夜からひそかに蠢動しゅんどうし、近県の無頼漢や山賊のたぐいまで狩りあつめて、さてこそ、わあっと一度に営を取囲んだものだった。
三国志:04 草莽の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
わけても、その得体の知れない蠢動しゅんどうのようなものは、四人の盲人に、はっきりと認められた。
潜航艇「鷹の城」 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
薩長共の蠢動しゅんどうが結局、徒労に終ることを冷笑する空気が圧倒的でありましたが、最後に、最悪の場合を覚悟するとして、関西の勢力が朝廷を擁し、関東と相対峙あいたいじするような形勢となると
大菩薩峠:41 椰子林の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
暗黒の中を往来し上下して、おもむろに上層と下層とを置き換え外部と内部とを交代せしむる、その広汎こうはんなる一斉の活動を、何物も止め妨ぐることはできない。それは隠れたる広大なる蠢動しゅんどうである。
果しなく鈍く蛇動だどうし、蠢動しゅんどうするばかりで、苦しさが、ぎりぎり結着の頂点まで突き上げてしまう様なことは決してないので、気を失うこともできず、もちろん痒さで死ぬなんてことも無いでしょうし
皮膚と心 (新字新仮名) / 太宰治(著)
しかし今では、この凱旗門のかかとの下に、侏儒しゅじゅどもが蠢動しゅんどうしていた。
秀吉は時を移さず、包囲中の三木城に行動を起し、援軍の佐久間勢や筒井勢をして、毛利の蠢動しゅんどう備前びぜんの境におさえさせた。
新書太閤記:05 第五分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
すべてが細かい蠢動しゅんどうになってしまうのである。薄暮の縁側の端居はしいに、たまたま眼前を過ぎる一匹の蚊が、大空を快翔かいしょうする大鵬たいほうと誤認されると同様な錯覚がはたらくのである。
映画の世界像 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
塗料の匂いその他になにかと繰り出されて、それにシュテッヘ大尉の事件を耳にした今となっては、あの不思議な力の蠢動しゅんどうがしみじみと感ぜられ、はては襲いかかってくる恐怖を
潜航艇「鷹の城」 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
これは堅田かただから石山あたりに、いまなお蠢動しゅんどうしている僧門内の、反信長勢力を駆逐くちくし、途中の諸処に構築中の木戸防寨ぼうさいなどを撃砕げきさいしてゆくものだった。
新書太閤記:04 第四分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
西といえば、さし当って、近ごろ南陽(河南省・南陽)から荊州地方に蠢動しゅんどうしている張繍ちょうしゅうがすぐ思い出される。
三国志:04 草莽の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「さればよ。信長卿もご出馬あるので、今度はおそらく、北陸の一向門徒と、上杉謙信のあやつる与党よとう蠢動しゅんどう殲滅せんめつし尽すまでは、われらも帰国相成るまい」
黒田如水 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
もちろん、これらの武士は、はやくから吉野や伊勢方面に蠢動しゅんどうしていた宮方残党からの派遣者にちがいなく
私本太平記:12 湊川帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
大いにすあらんとしていたらしく、しきりに蠢動しゅんどうしかけていたが、信玄が退いてからは、ぴたと自領の限界にすくみこんで、国境の保守に汲々きゅうきゅうとしていた。
新書太閤記:04 第四分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
どよめき立った数万すうまん大衆たいしゅうは、その時まるでホジクリだされた虫のごとく、地上にあってまッ黒に蠢動しゅんどうし、ただ囂々ごうごう、ただ喧々けんけん、なにがなにやら、さけぶこえ、わめくこえ
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
清洲から小牧山へ、信長が城を移したと見ると、北畠一族の蠢動しゅんどうが目立ってきた。
新書太閤記:03 第三分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
わらじ、ボロ靴、ゴム足袋、木靴、洋装、和装、裸装、あらゆる労働的色彩が睡眠不足な蠢動しゅんどうをしている。女は女でかたまり、男は男でかたまっている。鉄の門には、まだ朝霧がふかい。
かんかん虫は唄う (新字新仮名) / 吉川英治(著)
しかし、敗退したといえ、なお丹波境には、足利勢の蠢動しゅんどうも充分ありうるのを見こしながら、その日すぐ御座を洛中へかえすなどは、よほどなご確信のないかぎり、よくなしうることではあるまい。
私本太平記:10 風花帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
ひそかに他日をうかがう蠢動しゅんどうをちらちら見せているだけに過ぎない。
随筆 新平家 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
瞑想のおん瞼はそんな虫どもの蠢動しゅんどうも超然とておわしたことだろうか。それとも、生きとし生ける物の中でいちばん尊いものは何であるかなどを、今ぞ沁々しみじみ、お心にけておられたことでもあるか。
私本太平記:04 帝獄帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)