苦衷くちゅう)” の例文
家人かじんのようすにいくばくか不快ふかいいだいた使いの人らも、お政の苦衷くちゅうには同情どうじょうしたものか、こころよく飲食いんしょくして早そうにった。
告げ人 (新字新仮名) / 伊藤左千夫(著)
賊の娘の文代は、明智に味方し、実の親を捕縛させた苦衷くちゅうをめで、いずれは無罪放免ときまっていても、一応未決監みけつかんに収容せられた。
魔術師 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
一通りの話をきき、万吉の苦衷くちゅうのある所に、鴻山もとくとうなずいて、次には、自分がここへ来るまでの経路を、かざり気なく物語った。
鳴門秘帖:02 江戸の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
なるほど、このていたらくでは襖をとざして人目を避けなければならぬ筈であると、はじめて先生の苦衷くちゅうのほどを察した。
不審庵 (新字新仮名) / 太宰治(著)
君の苦衷くちゅうも察しているよ。わしだって、何も唐沢が憎くって、やるのじゃないんだ。つい、意地でね。妙な意地でね。
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
駒井としてそこに若干の苦衷くちゅうが存するものらしいことを、田山白雲も最初から感じていました。
大菩薩峠:34 白雲の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
天下のめに一身を犠牲ぎせいにしたるその苦衷くちゅう苦節くせつりょうして、一点の非難ひなんさしはさむものなかるべし。
真にしかり、真に然り、君の苦衷くちゅう察するにあまりあり。君のごときこころざしを抱いて、世に出でし最初の秋をかくさびしく暮らすを思へば、われらは不平など言ひてはをられぬはずに候。
田舎教師 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
矢張板挟みの苦衷くちゅうを訴えて婉曲えんきょくに拒否する風を装ったが、その後も頻々と求援の使者が来るに及び、遂に仮面をかなぐり捨てゝ、決然として一向宗徒に加担する態度を明かにした。
吾人は水野の失敗をとがめずして、むしろ彼の苦衷くちゅうりょうするの禁ずるあたはざるを覚う。
吉田松陰 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)
国許のめかけの愛に溺れて、病気と称して参覲を怠る殿様、公儀の思惑を測り、めいの奥方の悲歎を察し、絵図面を隠して、殿の参府を促そうとした、大垣伊右衛門の苦衷くちゅうは、善悪はともかく
「さ、そこが私事と公法。わしの苦衷くちゅうもその間にあるよ。この二石……」
丹下左膳:01 乾雲坤竜の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
藤六は苦衷くちゅうを訴えるように云った。
足軽奉公 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
まして当代の人格者はなわ老先生の指導を直々じきじきにうけた門人ならば、なおさら、そう考えるのが当りまえでしょう。加山殿の苦衷くちゅうもお察しする
牢獄の花嫁 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
瑠璃子は、青年の火のような憤怒ふんぬも、美奈子の苦衷くちゅうも、何も分らないように、平然と云った。
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
彼の述懐に曰く、「春浅み野中の清水氷りて底の心を汲む人ぞなき」。吾人ごじんは今日においても、彼が苦衷くちゅうを了せずんばあらず。しこうして当時その苦衷を了せられずして、遂に非命に死す。
吉田松陰 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)
と、彼は妻の苦衷くちゅうをさまざまに考えてみた。——然し、そう思い惑うよりも、妻の希望のぞみに向って、まっしぐらに進むべき自分の重荷をすぐ感じた。
死んだ千鳥 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
君武内の苦衷くちゅうを見ずや。
吉田松陰 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)
その初志をつらぬかねば、そちが養家を出た苦衷くちゅうも、何の意味もなくなってしまうであろう。何事も、かえりみずに行け。そしてよい師に就くことが肝腎かんじん
山浦清麿 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
妹に苦衷くちゅうを打ち明けてどこかへ姿でもかくしてもらおうか、愚痴に迷ったこともあるかしれないが、つい適当な機会もなく過して来たものだった。
新書太閤記:06 第六分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「そういわれてみると、老公のきょうまでのご生涯には、われわれ臣下が、ことばにもいえないご苦衷くちゅうがあったようだ」
梅里先生行状記 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
いかなる苦衷くちゅうを歯の根に噛みたもうとも、自我私情を排して、民と国土の為に、お尽しあらねばならぬお体でござります
新編忠臣蔵 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「かくさぬがいい。しかし、義平太の苦衷くちゅうはうれしい。察しられる。すまぬのう……各〻おのおのに、かような思いをさせて」
大岡越前 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
また粛公には、呉侯に対して皇叔がこのように苦衷くちゅうしておられる仔細を、何とぞよろしきように、お伝え給われ。よも、呉侯とて、お怒りはなさるまい
三国志:08 望蜀の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
それがしの苦衷くちゅうも少しはお酌みとりくだされい。曹操の恩に甘えるくらいなら何でこんな忍苦をしておりましょう。
三国志:05 臣道の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
英雄の苦衷くちゅうは実にここにある。では、彼の欲していたものは何かといえば、破壊でなく、建設にある。彼の理想している組織と文化を築くことにあった。
新書太閤記:05 第五分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
とか、みな女どものせいにして、一時のがれをいって来たが、もうその口実こうじつも尽き果てて、弱りぬいている次第だが——と、又右衛門は、苦衷くちゅうをもらして
新書太閤記:02 第二分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
かえり見れば爾来二十一年、その間の苦節苦衷くちゅう、死生の外の艱難悪闘はことばにも絶えている。五体のうちなお四肢の揃っているのは、ふしぎな程である。
黒田如水 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
もし、内匠頭の舎弟の大学頭だいがくのかみの家名再興の事がかなった時には、それは浅野家再興の第一の入庫金となるものであったが、内蔵助の苦衷くちゅうは酬われなかった。
新編忠臣蔵 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
深い因縁というものか、ゆうべ千蛾が万太郎に苦衷くちゅうを打ち明けてすがった言葉は、彼の遺言ゆいごんとなったわけです。
江戸三国志 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「では、弟の孔明とは、反対なお考えだな。なるほどご苦衷くちゅうだろう。——ともあれ大事一決の議は、明日、それがしが君前に伺った後にする。今日は帰り給え」
三国志:07 赤壁の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
宮方でありながら、宮方の秘を幕府へ密告した苦衷くちゅうの人、吉田定房の真意は、どこにあったのだろうか。
私本太平記:03 みなかみ帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
いや、大庭どのばかりか、そういう苦衷くちゅうは、渋谷庄司重国どの辺りでも、同じ思いを抱いておられよう。
源頼朝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
さすれば、その儀について、この輝高てるたかがお召をうけるは必定ひつじょうである。その時、お上のおたずねに対して、そちたちの願望、足かけ十年の苦衷くちゅう、つぶさに申し上げる所存。
鳴門秘帖:02 江戸の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
実に、そうした苦衷くちゅうまねばならぬ程、魏にくらべて、蜀には事実良将が少なかったのである。
三国志:11 五丈原の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
無茶はいうが、城太郎にも、武蔵の苦衷くちゅうの半分ぐらいは、なんとなく分っているらしいのである。
宮本武蔵:05 風の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
それと、義母はは義妹いもうとたちに対する父の苦衷くちゅうもある。もっと、大きな理由には、目代の山木判官とは、当然、不和になり、ひいては何かと、うるさい風聞うわさが京都へ伝わるであろう。
源頼朝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
この苦衷くちゅうを抱いて、彼はいま、何処へすすんで使いしようというのか。ただ彼としては、秀吉こそ自分の胸を知ってくれる者として、なお一道の明るさは心に失っていなかった。
新書太閤記:05 第五分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
主人の苦衷くちゅうも事情も、よくわきまえている半右衛門ではあったが、さすがに顔色をかえて
新書太閤記:06 第六分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「ここ数日が、大事な山、何かとご苦衷くちゅうのほど、陰ながらお察しいたしておりまする」
源頼朝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
知らぬな。そう野暮に、棘立とげだつものじゃない。俺の聞きたいという一言は、いつぞやの返答。——どうしても、嫌か。——千坂兵部殿の苦衷くちゅうを買って、吉良家へ行ってやる気はないか
無宿人国記 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
信長には、近代人的な知識もあるとともに、信念のみでは押しきれない難しい政治面の苦衷くちゅうも充分味わっているので、光秀の才分は、よく彼をめる秀吉以上熟知じゅくちしているはずだった。
新書太閤記:05 第五分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
富貴、栄達——そんなものに義を変えるくらいなら、なんでこんな苦衷くちゅうに忍ぼう。
三国志:05 臣道の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
しかし御僧からその主家の苦衷くちゅうをよく伝えたら、宗治とても、己れの一死が、城中五千のいのちに代り、かつ毛利家の滅亡を救うものとなして、よろこんで自決するに違いないと思われるが
新書太閤記:08 第八分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
その後、犬千代どのに会って、とくとご苦衷くちゅうのところを、伝えておきました。
新書太閤記:02 第二分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
しかし、なにを申すも敗軍の孤将、ほかに善処する道も思案もなかったが、いまご辺の申されたように、義に生きられるものならば、どんな苦衷くちゅうや恥を忍ぼうとも、それに越したことはないが
三国志:05 臣道の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
わしの苦衷くちゅうを語り、かつはまた、そちの信念を以て、いま信長公に弓を引くなどということが、いかに無謀むぼうきょに過ぎないか、また毛利家の強大な形容のみを見て、それに依存することの到底
黒田如水 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
彼の苦衷くちゅうはべつとして、それは恨む。
私本太平記:01 あしかが帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
苦衷くちゅう。もっともなことだ」
三国志:06 孔明の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)