胚胎はいたい)” の例文
ごく大雑把ざっぱに云うと、攘夷論の強硬派である斉昭を抑えることによって、幕府の開国策がすでにこのとき胚胎はいたいしていたといえよう。
新潮記 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
当時政治は薩長土の武力によりて翻弄ほんろうせられ、国民の思想は統一を欠き、国家の危機を胚胎はいたいするのおそれがあり、旁々かたがた小野君との黙契もっけいもあり
東洋学人を懐う (新字新仮名) / 大隈重信(著)
彼らの擅権せんけんようやくあらわになったのは天平に入ってからであるが、その種子は既に根づよくこの時代に胚胎はいたいしていたのであった。
大和古寺風物誌 (新字新仮名) / 亀井勝一郎(著)
バイロンの「マンフレッド」に胚胎はいたいしたという青木が処女作の劇詩は、その煙草屋の二階で書いたものであることも分って来た。
桜の実の熟する時 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
学者と素人しろうととの意思の疎通せざる第一の素因は既にここに胚胎はいたいす。学者は科学を成立さする必要上、自然界に或る秩序方則の存在を予想す。
自然現象の予報 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
小説を芸術として考えようとしたところに、小説の堕落が胚胎はいたいしていたという説を耳にした事がありますが、自分もそれを支持して居ります。
芸術ぎらい (新字新仮名) / 太宰治(著)
「いや、四十を越してからだけれど、動機は遠く青年時代に胚胎はいたいしている。熊野君、これは立志伝に持って来いの材料だよ」
ガラマサどん (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
革命の原因は実にこの説に胚胎はいたいして居るのであるが、今日ではもはや、この説の理論上の欠点は十分に認識せられ、君主国においてはもちろん
事実、愛之助が猟奇の果てに、ついにあの大罪を犯すに至った、心理的異常は、已にこの時に胚胎はいたいしていたのかも知れぬ。
猟奇の果 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
人間の心のなかに暗い思想や死をねがう気持を胚胎はいたいさせるものだ。私はそうした事実をこれまでに幾度となく認めて来た。
学者社会には既に西洋文明の胚胎はいたいするものあり、今日の進歩偶然に非ずとの事実を、世界万国の人に示すに足る可し。
蘭学事始再版序 (新字旧仮名) / 福沢諭吉(著)
すべて飛鳥白鳳期に胚胎はいたいせられたものの進展成熟であり、例えば夢殿の救世観世音くせかんぜおん像に見るようなあの言語道断な、真剣な魂の初発性は見られない。
美の日本的源泉 (新字新仮名) / 高村光太郎(著)
わたしたちの恋は六七歳のころふたりでよく遊んだおよめさんごっこの他愛ない遊びに胚胎はいたいしているのでございます。
おしどり (新字新仮名) / 新美南吉(著)
肉と霊とを峻別しゅんべつるものの如く考えて、その一方に偏倚へんいするのを最上の生活と決めこむような禁慾主義の義務律法はそこに胚胎はいたいされるのではないか。
惜みなく愛は奪う (新字新仮名) / 有島武郎(著)
従って、それから胚胎はいたいして来る僕たちの結婚にも熱が無くなって来たのだ。ただ、念々に憧れて来たのは、あの男と女の底に潜んでいる不断の韻脈だ。
生々流転 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
かくして、精神は太古の物質中に存するを知れば、無生的物質の中に精神の胚胎はいたいすることが分かりましょう。
通俗講義 霊魂不滅論 (新字新仮名) / 井上円了(著)
現代のあらゆる社会的加害は、ポーランドの分割より胚胎はいたいする。ポーランドの分割は一つの定理であり、それより現代のあらゆる政治的罪悪が導き出される。
その不朽の名畫晩餐式はこゝに胚胎はいたいせしなり。その戀人の尼寺の垣内かきぬちに隱れて、生涯相見ざりしは、わがフラミニアに於ける情と古今同揆どうきなりとやいはまし。
如何に不愉快のうちに胚胎はいたいし、如何に不愉快のうちに組織せられ、如何に不愉快のうちに講述せられて、最後に如何に不愉快のうちに出版せられたるかを思へば
『文学論』序 (新字旧仮名) / 夏目漱石(著)
しかし、それらは、大きな原因の一部であって、結局は日本人の生活、文明が科学的に幼稚であり原始的であるというところに一切の原因は胚胎はいたいしているのである。
十年ぶりに読んでいるうちにはしなく思い起こした事がある。それはこの小説の胚胎はいたいせられた一せきの事。
小説 不如帰  (新字新仮名) / 徳冨蘆花(著)
シューベルトの優しく美しき音楽は、この小児の如き心根に胚胎はいたいしたのである。春のの如く、聴く者の心を和めずにおかないのも、また所以ゆえありと言うべきである。
楽聖物語 (新字新仮名) / 野村胡堂野村あらえびす(著)
そうです——感じるに敏なお蝶がひとりでサッと顔色をかえた胸のうちのとおり、これは、ヒョッとすると、二官の不機嫌な原因がこれに、胚胎はいたいしていたのかも知れません。
江戸三国志 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
しかして彼が従来の歌劇オペラを捨て、其の芸術綜合の信念と目的とを表現したる初めての獅子吼ししく『タンホイゼル』は、実にこの惨憺たる悲境に於て、彼の頭脳に胚胎はいたいしたりし者なる也。
閑天地 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
活動写真、飲食店、諸君がいつも誘惑ゆうわくを受けるのはこれである。娯楽には友達が必要である、諸君はこのために活動の友達や飲食の友達ができる。不良気分がここから胚胎はいたいする。
ああ玉杯に花うけて (新字新仮名) / 佐藤紅緑(著)
後世一茶いっさの俗語を用いたる、あるいはこれらの句より胚胎はいたいし来たれるにはあらざるか。
俳人蕪村 (新字新仮名) / 正岡子規(著)
此等は抑〻そも/\何に胚胎はいたいしてゐるのであらうか、又そも何を語つてゐるのだらうか。たゞ其の驍勇げうゆう慓悍へうかんをしのぶためのみならば、然程さほどにはなるまいでは無いか。考へどころは十二分にある。
平将門 (新字旧仮名) / 幸田露伴(著)
おそらくそれへの嫌悪から私のそうした憎悪も胚胎はいたいしたのかもしれないのである。
冬の蠅 (新字新仮名) / 梶井基次郎(著)
二葉亭の東方問題の抱負は西郷の征韓論あたりから胚胎はいたいしたらしい。
二葉亭四迷の一生 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)
小説を芸術として考えようとしたところに、小説の堕落が胚胎はいたいしていたという説を耳にした事がありますが、自分もそれを支持して居ります。
風の便り (新字新仮名) / 太宰治(著)
この精神は多くの夢想の人の胸に宿った。後の平田篤胤、および平田派諸門人が次第に実行を思う心はまずそこに胚胎はいたいした。
夜明け前:04 第二部下 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
しかしもともと相対性理論の存在を必要とするに至った根原は、畢竟ひっきょう時に関する従来の考えの曖昧あいまいさに胚胎はいたいしているのではないかと考えられる。
ルクレチウスと科学 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
その私徳の元素は夫婦の間に胚胎はいたいすること明々白々、我輩のえて保証する所のものなれば、男女両性の関係は立国の大本、禍福の起源として更に争うべからず。
日本男子論 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
本来を云うと、犬と云うのも記号で、心を石だと云うのも一種の象徴でありますから、第三段になって正式にあらわれるのはすでに前から胚胎はいたいしておったものであります。
創作家の態度 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
然れども人の最大なる得意の時代は、やがてまた最大の失意を胚胎はいたいし来るの時代たるなからむや。物は圧せられざれば乃ち膨脹す。膨脹は稀薄となり、稀薄は弛怠したいとなり無力となる。
閑天地 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
鉛の沼、白い山全体がほのかな桔梗ききょう色の燐光を放っていますので、霊性で作った風光のような気がいたします。先生は、この湖に胚胎はいたいする伝説によってはたから一生苛めつけられなさった。
生々流転 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
しかもこれは大独断の言であって、その直覚の誤謬ごびゅう胚胎はいたいしたものである。
現代の婦人に告ぐ (新字新仮名) / 大隈重信(著)
後世一茶いっさの俗語を用ゐたる、あるいはこれらの句より胚胎はいたいし来れるには非るか。薬喰の句は蕪村集中の最俗なる者、一読に堪へずといへども、一茶は殊にこの辺より悟入したるかの感なきに非ず。
俳人蕪村 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
有閑マダムの称も、その辺に胚胎はいたいしている。
求婚三銃士 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
西の勝利者、ないし征服者の不平不満は、朝鮮問題を待つまでもなく、早くも東北戦争以後の社会に胚胎はいたいしていた。
夜明け前:04 第二部下 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
故に今かりに古人の言に従って孝を百行の本とするも、その孝徳を発生せしむるの根本は、夫婦の徳心に胚胎はいたいするものといわざるを得ず。男女の関係は人生に至大しだい至重しちょうの事なり。
日本男子論 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
これ等は皆御三の不人情から胚胎はいたいした不都合である。
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
天然に胚胎はいたいし、物理を格致かくちし、人道を訓誨くんかいし、身世しんせい営求えいきゅうするの業にして、真実無妄、細大備具せざるは無く、人として学ばざるべからざるの要務なれば、これを天真の学というて可ならんか。
慶応義塾の記 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
それが三人の女の児を先立てたことに胚胎はいたいしたことを思い出した。
新生 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
岸本の心の毒は実にその孤独に胚胎はいたいした。
新生 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)