熟々つくづく)” の例文
思想の宣伝でっ付けてやるのだと予々かねがね言って居て、随分自分も御説教を聞かされたものだ。夫でも虐待には熟々つくづくやり切れぬと見えて
監獄部屋 (新字新仮名) / 羽志主水(著)
若い芸妓たちは「姐さんの時代ののんきな話を聴いていると、私たちきょう日の働き方が熟々つくづくがつがつにおもえて、いやんなっちゃう」
老妓抄 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
「ですから私も熟々つくづく厭になって了ったんです。あの時とっくに別れる筈だったんです。でもやっぱりそうも行かないもんですからね」
あらくれ (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
古来の優れた芸術形式を熟々つくづく視るに、まず心があって、そこに形が生まれ出たものであることがわかる。心あっての形である。
愛陶語録 (新字新仮名) / 北大路魯山人(著)
荷札チエツキ扱ひにして来た、重さうな旅行鞄を、信吾が手伝つて、頭の禿げた松蔵に背負しよはしてる間に、静子は熟々つくづく其容子を見てゐた。
鳥影 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
今こそ苦笑いも出るけれど、……実際だ、腹のぐうぐう鳴った時は、我ながら人間が求める糧は、なぜこう浅間しい物だろうと熟々つくづく思った。
沼夫人 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
彼女は自分が充分に栄誉栄華をする資格に生まれてきたと念うと、熟々つくづく今の生涯が嫌になる、彼女は一日もそれを思い煩わぬ日とてはなかった。
頸飾り (新字新仮名) / ギ・ド・モーパッサン(著)
熟々つくづく見ると、やはり模倣ということに重きを置く結果、どうもその自分とことなった物、あるいは世間と異ったものは可笑しく見えるのであります。
模倣と独立 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
而して熟々つくづくと穏かな容貌かおつきが慕わしうなり、又自分も到底この先生のようではないけれど、やはり帰趨きすうなき、漂浪児であるという寂しいかんじになった。
牧師の着物を被た或詩人は、かつて彼の村に遊びに来て、路に竜胆の花をみ、熟々つくづく見て、青空の一片が落っこちたのだなあ、と趣味ある言を吐いた。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
銀子は熟々つくづくと梅子のかほ打ちまもり居たりしが「梅子さん、貴嬢あなたはほんとに御憔悴おやつれなすツたのねエ、如何どうかなすつて——」
火の柱 (新字旧仮名) / 木下尚江(著)
由無よしなき者の目には触れけるよ、と貫一はいと苦く心跼こころくぐまりつつ、物言ふも憂き唇を閉ぢて、唯月に打向へるを、女は此方こなたより熟々つくづく見透みすかして目も放たず。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
で、自分の理想からいえば、不埒な不埒な人間となって、銭を取りは取ったが、どうも自分ながら情ない、愛想の尽きた下らない人間だと熟々つくづく自覚する。
予が半生の懺悔 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
かくいう某も実はその残念におもう一人で、京の女にはさのみも驚かなんだが、紅葉だけは何故ああした美しい色に出ぬのかと、熟々つくづくいやになってしまった。
残されたる江戸 (新字新仮名) / 柴田流星(著)
山添は目をそばめて熟々つくづくと拝見いたすところ、右の方のふぐり玉が、軍鶏の卵ほどの大きさになって股間にのさばりかえっているのに、先ずこれはと仰天した。
玉取物語 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
彼女は熟々つくづく持彦の顔を見ながら、半ば恍惚こうこつとした半ばは感銘ただならぬふうに、あきれたようにいった。
花桐 (新字新仮名) / 室生犀星(著)
奥様は熟々つくづくれて、顔に手を当てておいでなさいました——まあ、どんな御心地おこころもちがその時奥様の御胸の中を往たり来たりしたものか、私には量りかねましたのです。
旧主人 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
余は熟々つくづくと考えたが実に奇妙だ、何うして消えたのか到底想像する事も出来ぬ、併し明日にもなれば現われて来るかも知れぬ、ナニ現われて来ずとも少しも構いはせぬ
幽霊塔 (新字新仮名) / 黒岩涙香(著)
熟々つくづく彼方かなたを見れば
有明集 (旧字旧仮名) / 蒲原有明(著)
印度洋のかの不可思議ふかしぎな色をして千劫せんごう万劫まんごうむ時もなくゆらめくなぞの様な水面すいめん熟々つくづくと見て居れば、引き入れられる様で、吾れ知らず飛び込みたくなる。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
その時、私は鳥籠の前に立って、熟々つくづくと鳥を見詰て考えた。もうこの鳥が来てから三年になる。何時の間にやら黒い鳥が変って、胸毛は茜色に薄紅くなった。
不思議な鳥 (新字新仮名) / 小川未明(著)
その外国生活時代に熟々つくづく感じたので、辺りの純日本風景にはそぐわないとも考えたが、そんな客観的の心配は切り捨てて、思い切り純英国式の棲家を造らせ
母子叙情 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
ほとんど口へ出して云いながら、文三がまたもとの腰掛に尻餅を搗いて熟々つくづくと考込んだまま、一時間ばかりと云うものは静まり返ッていて身動きをもしなかッた。
浮雲 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
問いつつ熟々つくづく其の姿を見ると、顔は声よりも猶麗しい、姿も婀娜なよなよとして貴婦人の様子が有る、若し厳重に批評すれば其の美しさは舞楽に用ゆる天女の仮面と云う様な塩梅あんばい
幽霊塔 (新字新仮名) / 黒岩涙香(著)
屍体を巨細こさいに視た上、煤けた部分を払わせて、熟々つくづくと眺めて居た山井検事は、更に頸の部分、手拭の巻きつけてある工合や、頸に喰い込んでる有様等、詳細に観察した後、二三の質問を
越後獅子 (新字新仮名) / 羽志主水(著)
「一所に散歩をしようと思ったけれど、降りそうだから僕はもう失敬するよ、それじゃあ君、議論は議論だが実際は実際だ、よく考えて軽忽かるはずみなことをしたもうな。」と年下の友に熟々つくづく言われて
湯島詣 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
わたくしは飛石は庭をよろうているものであることを熟々つくづく感じている。
庭をつくる人 (新字新仮名) / 室生犀星(著)
やがて、旦那様は御盃を取上げて、熟々つくづく眺めながら歎息ためいきいて
旧主人 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
僕は熟々つくづく世の中の女に絶望して仕舞いました。女はじき片付けたがる。つまり打算の距離が短いんですね。
唇草 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
九十一歳になる彼の父は、若い頃は村吏そんり県官けんかんとして農政には深い趣味と経験を有って居る。其子の家に滞留中此田川のくろを歩いて、熟々つくづくと水を眺め、喟然きぜんとして「仁水じんすいなあ」と嘆じた。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
熟々つくづく視ればどこにかおもかげが似通って、水晶と陶器せととにしろ、目の大きい処などは、かれこれ同一そっくりであるけれども、英吉に似た、と云って嬉しがるような婦人おんなはないから、いささかも似ない事にした。
婦系図 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
そのうちにふと天井の木目もくめが眼に入って突然妙な事を思った※「こう見たところは水の流れたあとのようだな」、こう思うと同時にお勢の事は全く忘れてしまった、そして尚お熟々つくづくとその木目に視入って
浮雲 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
叔父は熟々つくづくと何事にか感じた様な語調で「併し秀子も可哀想な身の上だ。若し己れが死にでもすれば何の様な事に成り行くやら」余「叔父さんがお死に成さるなどと其の様な事が有りますものか、縦しや有っても秀子は私が保護しますから」
幽霊塔 (新字新仮名) / 黒岩涙香(著)
小芳はまた今更感心したように熟々つくづく云った。
婦系図 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
「いつ死のうかと逢う度毎に相談しながら、のびのびになっているうちに、ある日川の向うに心中ていの土左衛門が流れて来たのだよ。人だかりの間から熟々つくづく眺めて来て男は云ったのさ。心中ってものも、あれはざまの悪いものだ、やめようって」
老妓抄 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
「ああ、三両二分か、何でも二分というはしただけは付いてると聞いたよ。そうか、三両二分か。ふ、豪儀なもんだ、ちょっとした碁盤よりが張ってら。格子戸で、二間なら一月分の店賃たなちんだ、可恐おそろしい、豪傑な。」と熟々つくづく見ながら
湯島詣 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
「いつ死のうかと逢う度毎に相談しながら、のびのびになっているうちに、ある日川の向うに心中ていの土左衛門が流れて来たのだよ。人だかりの間から熟々つくづく眺めて来て男は云ったのさ。心中ってものも、あれはざまの悪いものだ。やめようって」
老妓抄 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)