渋面じゅうめん)” の例文
旧字:澁面
人間も渋紙で物を包んで水の浸入に備えたり、渋面じゅうめんをして他人との交渉を避けたりする。甘味はその反対に積極的対他性を表わしている。
「いき」の構造 (新字新仮名) / 九鬼周造(著)
それを聞くと河野は永い間黙っていましたが、段々渋面じゅうめんを作りながら、果ては泣かぬばかりの表情になって、こんな風に始めるのでした。
湖畔亭事件 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
渋面じゅうめんをつくった呂宋兵衛るそんべえと、にがりきった菊池半助きくちはんすけとが、片輪かたわ死骸しがいになった味方みかたのなかに立ってぼんやりと朝の光を見ていた。
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
と、田毎たごと大尉は、くわえていた紙巻煙草をぽんと灰皿の中になげこむと、当惑とうわく顔で名刺の表をみつめた。前には当番兵が、渋面じゅうめんをつくって、起立している。
空中漂流一週間 (新字新仮名) / 海野十三(著)
全体ぜんたい誰に頼まれた訳でもなく、誰めてくれる訳でもなく、何を苦しんで斯様こんなことをするのか、と内々愚痴ぐちをこぼしつゝ、必要に迫られては渋面じゅうめん作って朝々通う。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
上りにりて無言の行を続けると言った肥満の与力は、渋面じゅうめんを作って口をつぐんで歩きましたが、それにひきかえて能登守が今度はいろいろの話をやり出しました。
ジェイムズ・ミリガンれいの白いとんがった歯をむき出して、にこにこしながらはいって来た。ところがわたしの顔を見ると、微笑びしょうがものすごい渋面じゅうめんになった。
彼は身動きもせず、眼を見開き、口を開け、のどの奥で息をしながら、恐怖のために釘付くぎづけにされる。そのふくれた大きな顔にはしわが寄って、痛ましい奇怪な渋面じゅうめんになる。
「女が悪いんだ。女の方から持掛もちかけたんだ、」とU氏は渋面じゅうめんを作って苦々にがにがしい微笑を唇辺くちもとに寄せつつ
三十年前の島田沼南 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)
一座ことごとく白け渡りさすが聡明の甚五衛門もただ渋面じゅうめんを作るばかり、どうすることも出来なかった。
蔦葛木曽棧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
人目につく高い処へ父が現れるだけでもきまりが悪いのに、その父が女の泣く真似まねをして何んともいえない渋面じゅうめんを作って悩むのだから、子として全く私はやり切れなかった。
めでたき風景 (新字新仮名) / 小出楢重(著)
このとき、ジョヴァンニは彼女を見て、非常に暗い渋面じゅうめんを作ったので、ベアトリーチェは吐息をついてふるえたが、男の優しい心を信じているので、彼女は更に気を取り直した。
犬も桃太郎の渋面じゅうめんを見ると、口惜くやしそうにいつもうなったものである。
桃太郎 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
渋面じゅうめんと悪徳でくまなくすき返されたように見え、赤茶けた眉と眉とのあいだに、強情ごうじょうな、おうへいな、ほとんど乱暴な表情できざまれているふたすじの深いしわは、よく動く口が歯をむき出すのと
連珠屋は渋面じゅうめんを作りながら、信造を賞讚した。
青服の男 (新字新仮名) / 甲賀三郎(著)
照彦様はまだ渋面じゅうめん作っていたが
苦心の学友 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
きのう今日は、あんなに酒の上を悔やんで神妙ぶッて見せながら——と、すこぶる腹がたって来て、どうにもたまらないらしい渋面じゅうめんだった。
私本太平記:07 千早帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
さすがの悪人も、とうとう観念したのか、今にも泣きだしそうな渋面じゅうめんをつくって、ものをいう元気もなく目をふせています。
妖怪博士 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
クリストフは椅子いすの上でいらだちながら、渋面じゅうめんをしていた。コーンはその様子に気づいた。
「さあ」と蔵人は渋面じゅうめんを作り、「特効薬は目付からない。大黄だいおう皁莢さいかち白牽子はくけんし鬱金うこん黄蓮おうれん呉茱ごすの六種、細抹にして早旦そうたんに飲む。今のところではこんなものだ。だがそのうち目付かるだろう。 ...
神州纐纈城 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
借金返えしも渋面じゅうめんつくって、さっさと返えしてはきょくが無い。『人生は厳粛也、芸術は快活也。』真面目まじめに計算しましょう。笑顔えがおで払いましょう。其為にこそ私共は生れて来、生きて来たのです。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
田宮は一盃ぐいとやりながら、わざとらしい渋面じゅうめんをつくって見せた。
奇怪な再会 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
おどけ者の筋肉質の顔つきは、こっけいな当惑の渋面じゅうめんになった。
「ナニ総監の……」警部は渋面じゅうめんを作った。
省線電車の射撃手 (新字新仮名) / 海野十三(著)
茶袋はその形をおかしがって渋面じゅうめんを作り
大菩薩峠:10 市中騒動の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
不気味な沈黙が続く間に、岡田の全身が二度ほど、びっくりする程烈しく痙攣けいれんした。が、やがて彼の笑い顔が、徐々じょじょに、みじめな渋面じゅうめんに変って行った。
吸血鬼 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
秀吉が礼を厚うして迎えに来るのを待って来てやるのであったに——と、右近もほろ苦い顔して悔いているようだし、瀬兵衛も頗る渋面じゅうめんをつくっていた。
新書太閤記:08 第八分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「さようで」といったが早引忠三、渋面じゅうめんを作ったものである。
剣侠受難 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
忠作は渋面じゅうめんをつくって後ろを見返り
明智は訳の分らぬことを云って、不甲斐ふがいなくも渋面じゅうめんを作った。口惜くやしさに今にも泣き出そうとする子供の表情だ。
猟奇の果 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
又右衛門は、そう考えて、いつまでも渋面じゅうめんと無言を守っていた。けれど藤吉郎は、帰るふうもなく坐っていた。
新書太閤記:02 第二分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「それ、その笑いがいけません」山津主は渋面じゅうめんを作り
蔦葛木曽棧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
ひとり勝家は大広間いっぱいに眼を放って、「困ったもの」とつぶやきたいような渋面じゅうめんをつくっていた。
新書太閤記:08 第八分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
白髯の老請負師は、女中の渋面じゅうめんには取合わず、落ちつきはらって、一枚の名刺をさし出しながら
妖虫 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
渋面じゅうめんを作って信玄が云った。
神州纐纈城 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
「そうじゃ、時折、眠りにつくまえ療治してもろうておるが、老人気短か者で、よう渋面じゅうめんを作る」
梅里先生行状記 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
坊さんは渋面じゅうめんを作って、気違いに取合っている暇はないといわぬばかりであった。
一寸法師 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
と老師は渋面じゅうめんを作り
蔦葛木曽棧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
潤ちゃんと呼ばれた若者は、やっぱり渋面じゅうめんを作ったまま、沈んだ調子で答える。
黒蜥蜴 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
けれど我慢のならない渋面じゅうめんをたれよりも濃く持っているのもその石権だった。
梅里先生行状記 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
流石の頑固がんこ親爺が、今にも泣き出し相な渋面じゅうめんを作って、手を振り振り叫んだ。
吸血鬼 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
と、小役人たちは、彼の渋面じゅうめんを慰め顔にさえずった。
牢獄の花嫁 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
女が渋面じゅうめんを作りながら膝をさすっているので、男は心配そうに訊ねた。
悪魔の紋章 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
何しても、この朝の勝家の渋面じゅうめんといったらない。
新書太閤記:08 第八分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
雷蔵は半泣きの渋面じゅうめんを作って云った。
地獄風景 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)