沈黙しじま)” の例文
旧字:沈默
私はその痛みの行衛ゆくえを探すかのように、片手で頭を押えたまま、黄色い光線と、黒い陰影かげ沈黙しじまを作っている部屋の中を見まわした。
ドグラ・マグラ (新字新仮名) / 夢野久作(著)
落ち着いた夜の沈黙しじまが、六甲山脈の波濤に迫るとき、生きとし生けるものすべては、始めて静けさの中に蘇えるのであった。
六甲山上の夏 (新字新仮名) / 九条武子(著)
三度みたび凄まじい掛け声が起こり続いて矢走りと弦返りの音が深夜の沈黙しじま突裂つんざいたがやはり多右衛門の笑い声が同じような調子に聞こえて来た。
日置流系図 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
このの主人野越与里のごし・より野越総江のごし・ふさえの両名は、篁の深い沈黙しじまに於てのみ夫婦喧嘩を試みる居常の習慣也と思はる。
竹藪の家 (新字旧仮名) / 坂口安吾(著)
句の表現するものは、夏の炎熱の沈黙しじまの中で、地球の廻転する時劫じこうの音を、牡丹の幻覚から聴いてるのである。
郷愁の詩人 与謝蕪村 (新字新仮名) / 萩原朔太郎(著)
それは沈黙しじまのなかを、虚空からっと見詰める眼があるような気がして、なにか由々しい怖ろしいものがぞくぞくと身のうえに襲いかかってくるような感じだった。
地虫 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
ただ時をり犬の遠吠えが束の間だけ沈黙しじまを破るのみで、酔ひしれたカレーニクはなほも自分の家をさがしながら、寝しづまつた往来を長いあひだうろつき𢌞つてゐた。
よいはこのときに及んでようやく春情を加え、桜田御門のあたり春意ますます募り、うしふち武蔵野むさしのながらの大濠おおほりに水鳥鳴く沈黙しじまをたたえて、そこから駕籠は左へ番町に曲がると
お前が睡っている時間が僕の起きている時間だったので、僕は僕ひとりの時間が始まると、夜の沈黙しじまのなかに魅せられながら、やがて朝がやって来るまでを、凝とあの部屋に坐っていた。
雲の裂け目 (新字新仮名) / 原民喜(著)
「親分。」佐平次が沈黙しじまを破った。「この犬あ今夜癇が高えようです。一つ、犯人ほしの跡を尾けさせてみようじゃございませんか。もっとも畜類のこと、当るも当らねえも感次第でやすがね。」
そのほかにも数知れない無気味な音がこの沈黙しじまのうちに響いて来ました。最後にセラピオン師の鶴嘴が棺を撃つと、棺は激しい音を立てました。彼はそれをねじ廻して、ふたを引きのけました。
その音に引き入れられて耳を澄ますと夜の沈黙しじまの中にも声はあった。
或る女:2(後編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
いくそたび君が沈黙しじまに負けぬらん物なひそと云はぬ頼みに
源氏物語:06 末摘花 (新字新仮名) / 紫式部(著)
沈黙しじまのうちに小半時もたちましたでしょうか。……
雪の宿り (新字新仮名) / 神西清(著)
これぞ御存じアリアドネ、沈黙しじまの空を眺めゐる……
はや温泉沈黙しじま——烏樟くろもじの繁み仄透ほのすも薄れ
第二邪宗門 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
荒れ果てた廊下の沈黙しじまに、わたくしは驚いた。
沈黙しじまさと偶座むかひゐは一つのこうにふた色の
海潮音 (新字旧仮名) / 上田敏(著)
うたふやうな沈黙しじまに ひたり
優しき歌 Ⅰ・Ⅱ (新字旧仮名) / 立原道造(著)
澄みわたつたる夜の沈黙しじま
時として、何故なぜとも知らずホッと洩らした溜息の引き去るあとに耳を澄ますと、朝もけた篁の懶い沈黙しじまから、筍の幽かに幽かに太る気配が聴かれたやうに思はれてしまふ。
竹藪の家 (新字旧仮名) / 坂口安吾(著)
とたんに、ヒェーッと絹を裂くような鋭い掛け声が奥の方から沈黙しじまを破って聞こえたかと思うと、シューッ空を切る矢音がして、すぐ小手返るつるの音がピシッと心地よく響き渡った。
日置流系図 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
あとはまた眠気をもよお沈黙しじまが、狭い床店の土間をのどかに込めて、本多隠岐守ほんだおきのかみ殿どのの黒板塀に沿うて軽子橋の方へ行く錠斎屋じょうさいやの金具の音が、薄れながらも手に取るように聞こえて来るばかり——。
すべての猛獣の習性として、胃の中の餌物えものが完全に消化するまで、おそらく彼はそのポーズで永遠に眠りつづけて居るのだらう。赤道直下の白昼まひる。風もなく音もない。万象ばんしようの死に絶えた沈黙しじまの時。
田舎の時計他十二篇 (新字旧仮名) / 萩原朔太郎(著)
沈黙しじまのうちに小半時もたちましたでせうか。……
雪の宿り (新字旧仮名) / 神西清(著)
ああ、耳にすずすずしき、鳴りひびく沈黙しじま声音いろね
邪宗門 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
茂りて物蔭の沈黙しじまをなす。4655
灰色の沈黙しじまに浸してしまひます
耳をひたした沈黙しじまのなかに
優しき歌 Ⅰ・Ⅱ (新字旧仮名) / 立原道造(著)
鮓は、それの醗酵はっこうするまで、静かに冷却して、暗所にらさねばならないのである。寂寞たる夏の白昼まひる。万象の死んでる沈黙しじまの中で、暗い台所の一隅に、こうした鮓がならされているのである。
郷愁の詩人 与謝蕪村 (新字新仮名) / 萩原朔太郎(著)
あな悲し、あなくらし、沈黙しじま長くひびかふ。
邪宗門 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
重おもしい沈黙しじまがあたりをめた。
息詰まるような沈黙しじまである。
蔦葛木曽棧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
などいたむ、あな薄暮くれがたきよくの色、——光の沈黙しじま
邪宗門 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
空気が動き、万象の沈黙しじまが破れた。
田舎の時計他十二篇 (新字旧仮名) / 萩原朔太郎(著)
あはれ、さはひややけき世の沈黙しじま恐怖おそれかげ
第二邪宗門 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
なべてこれこのならざる日の沈黙しじま
第二邪宗門 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
橋のもと、くら沈黙しじま
東京景物詩及其他 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)