比良ひら)” の例文
小野篁おののたかむらの「比良ひらの山さへ」と歌った雪の朝を思って見ると、奉った祭りを神が嘉納かのうされたあかしの霜とも思われて頼もしいのであった。
源氏物語:35 若菜(下) (新字新仮名) / 紫式部(著)
所謂近江八景は「比良ひらの暮雪」のほかは、多く湖南に屬する地點を撰んで名附けてあるが、今日の如く西洋文明の利器にけがされない時代には
湖光島影:琵琶湖めぐり (旧字旧仮名) / 近松秋江(著)
するともなく比良ひらみねから三上山みかみやまにかけてなん千というたまあらわれ、それがたいまつ行列ぎょうれつのように、だんだんとこちらにかってすすんでました。
田原藤太 (新字新仮名) / 楠山正雄(著)
時に一月も二十日過ぎ、川上の比良ひらの高根、志賀の山、長良山に積っていた雪も消え、谷川の氷も溶け、水量の増した川に音を立てて流れこんでいる。
敦賀ノ津からは、陸路近江に入って、はや比良ひら比叡ひえいを望み、京の口へはもう一歩と、ほっとしたのが九月末。
私本太平記:03 みなかみ帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
比良ひらのいたゞきに雪はみえても時候は俄に春めいて來たやうぢや。をちこちで小鳥が樂しさうに囀るわ。
佐々木高綱 (旧字旧仮名) / 岡本綺堂(著)
もし伝教に自身の能力に頼るよりも、自然に頼る精神の方がすぐれていたなら、少くともここより比良ひらを越して、越前の境に根本中堂を置くべきであったと考えた。
比叡 (新字新仮名) / 横光利一(著)
「磯の埼ぎたみゆけば近江あふみ八十やそみなとたづさはに鳴く」(巻三・二七三)、「吾が船は比良ひらの湊に榜ぎてむ沖へなさかりさふけにけり」(同・二七四)がある。
万葉秀歌 (新字新仮名) / 斎藤茂吉(著)
国内の巡視に出た近江の守の一行が、方々まわって歩いて、その郡司の館のある湖にちかい村にかかったときは、ちょうど冬の初で、比良ひらの山にはもう雪のすこし見え出した頃だった。
曠野 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
この前のが多景島たけじまで、向うに見えるのが竹生島ちくぶじまだ——ずっと向うのはての山々が比良ひら比叡ひえい——それから北につづいて愛宕あたごの山から若狭わかさ越前えちぜんに通ずる——それからまた南へ眼をめぐらすと
大菩薩峠:35 胆吹の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
今や/\とぞ待ちたりける、夜半過ぐるほどに、雨風一通り過ぎて、電火の激する事ひまなし、しばらくあつて比良ひら高峯たかねの方より、焼松たいまつ二、三千がほど二行に燃えて、中に島のごとくなる物
比良ひらの山裏に朽木くちきがあります。昔から盆や片口や椀などに特色のある漆器を出しました。今は細々と仕事を続けているに過ぎませんが、昔の力を取戻したら再び名物となるでありましょう。
手仕事の日本 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
月は県知事のやうにぽかんとした顔をして空をうろついてゐた。比良ひらに雪が降つたといふ記事を新聞で見て、慌てて汽車で駈けつけてみると、山には瘡蓋かさぶたのやうな雪がちよつぴり残つてゐた。
まづ四八長等ながらの山おろし、立ちゐる浪に身をのせて、四九志賀の大湾おほわだみぎはに遊べば、五〇かち人ののすそぬらすゆきかひにおどされて、五一比良ひらの高山影うつる、深き水底みなそこ五二かづくとすれど
さざ波や比良ひら山風の海吹けば釣するあまそでかへる見ゆ (読人しらず)
歌よみに与ふる書 (新字新仮名) / 正岡子規(著)
湖水の秋の比良ひらのはつ霜 蕉
俳句への道 (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
つたえ聞いて、近郷の比良ひら焼津やいづ、そのほかの山家などから、お味方にと、山へ馳せのぼって来る郷士らも多かった。彼らにすれば、野望を賭ける「時こそ」だった。
私本太平記:04 帝獄帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
近江おおみ楽浪ささなみ比良ひら山を吹きおろして来る風が、湖水のうえに至ると、釣している漁夫の袖の翻るのが見える、という極く単純な内容であるが、張りある清潔音の連続で
万葉秀歌 (新字新仮名) / 斎藤茂吉(著)
雪の深い関ヶ原を江州ごうしゅうの方に出抜けると、平濶へいかつな野路の果てに遠く太陽をまともに受けて淡蒼うすあお朝靄あさもやの中にかすんで見える比良ひら比叡ひえいの山々が湖西に空に連らなっているのも
黒髪 (新字新仮名) / 近松秋江(著)
ささ波や比良ひら山風の海吹けば釣するあまの袖かへる見ゆ
歌よみに与ふる書 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
兎も角も先道連みちづれに成申さんとて是より彼の男と同道どうだうして行程に彼旅人は旅馴たびなれたる者と見えて此邊の名所々々知らざる處もなく此處こゝに見ゆるが比良ひらの高嶺彼處が三井寺堅田かただ石山などと案内者の如くをしふるにぞ友次郎夫婦は我知われしらず面白き事に思ひ猶樣々に此處はなに彼處かしこ
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
まだ襖も入らない三重の廊下に床几をすえて、瀬田せた比良ひら、また湖水一面の眺望を、すでにほしいままにしながら、信長はまたしても、長秀から期日の言質げんちを取ろうとするような口吻である。
黒田如水 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
やがて日が比良ひら比叡の峰つゞきに沒して遠くの山下が野も里も一樣に薄暮の底に隱れてしまふと、その人家の群つてゐる處にぽつりぽつり明星のごとき燈火が山を蔽うた夜霧を透して瞬きはじめる。
湖光島影:琵琶湖めぐり (旧字旧仮名) / 近松秋江(著)